第31話:既読、そして沈黙
美藍がメッセージを送ってから、しばらくの間、既読はつかなかった。
『お父さん、聞きたいことがあるんだけど。おばあちゃん(お父さんのお母さん)の旧姓と、兄弟がいたかどうか、知りたくて』
送信してから、美藍はスマホを片手に、リビングのソファに座り直した。
「お父さん、すぐ返ってくるかな」
「単身赴任先だと、まだ仕事中かもしれないぞ」
来人がそう言いながら、テレビのリモコンに手を伸ばした。
美藍は特に期待もせず、ノートを開き直して、今日一日で分かったことを整理し直していた。しばらくして、ふとスマホの画面に目をやると、送ったメッセージの下に、小さく「既読」の文字が表示されていた。
美藍は思わず身を乗り出した。
だが、そこから返信が来るまでには、さらに数分の間があった。
『急にどうした』
短い一文だけが、まず返ってきた瞬間、スマホが小さく震えた。美藍は少し戸惑いながら、返信を打った。
『今日、たまたま忌部っていう名前の一族が守ってた土地に行ってきて。それで、うちの家系とかも、ちょっと気になって整理してたの』
送ると、また既読がついたまま、しばらく沈黙が続いた。
来人が横から覗き込みながら、首を傾げた。
「なんか、お父さん、返信遅くない?」
「うん……。いつもは、もう少し早いんだけどな」
美藍は少し不安げに、画面を見つめ続けた。
やがて、ようやく返信が届いた。
『お母さんの旧姓は、三木だ』
一言、それだけが先に返ってきた。美藍はその文字を、じっと見つめた。
「三木……。三木……」
美藍は画面を見つめながら、口の中で繰り返し呟いた。
「えー、三木なの……」
「三木がどうしたって?」
来人が横から尋ねると、美藍は首を傾げながら答えた。
「いや、今日、磐境神明神社で聞いた地名とか、名方さんが言ってた話に、確か『三木』っていう名前が出てきてたなって……」
美藍はふと、画面の文字を見つめ直した。
「あれ、これ、『みき』なのか『みつき』なのか、LINEだと分からないな」
漢字だけでは、読み方までは判断がつかない。美藍はもう一度、正則にメッセージを送った。
『これ、なんて読むの? みき? みつき?』
すぐに既読はついたが、返事はなかなか返ってこなかった。
「お父さんに、もう一度聞かなきゃ」
美藍は少し焦れたように呟きながら、画面をじっと見つめ続けた。
しばらくして、続けて別のメッセージが届く。
『それと、あんまり深入りし過ぎるなよ』
読み方についての返事はないまま、その一文だけが先に返ってきた。
「え……。どうして?」
美藍は思わず声に出して呟いた。すぐに指を動かし、返信を打つ。
『どうして? 何か理由があるの?』
送信すると、また少しの間があった。
『……お盆休みに戻ったとき、話をしよう』
正則からの返信は、そこで途切れた。それ以上、何を送っても、既読はつくものの、返事は返ってこなかった。
美藍はスマホを置き、ノートに視線を戻した。「母(旧姓不明)」と書いていた欄を、今度は「三木(みき?)」と書き直す。
「……お父さん、何を隠してるんだろう」
これまでの数日間で積み重なってきた、数々の違和感――教授の態度、里奈の噂話、善造の証言、そして今の、この父の反応。それらが、美藍の中で、一つの大きな影として、少しずつ形を成し始めていた。
窓の外では、夏の夜が、静かに更けていった。




