第30話:家系図
「まあでも、うちのだって、辿るの面倒くさそうだけどな」
来人がそう言うと、美藍はふと思いついたように、鞄からノートとペンを取り出した。
「ちょっと待って、これ、ちゃんと書き出してみよう」
「え、今から?」
「せっかくだから、整理しときたいの」
美藍はノートの真ん中に、まず自分の名前を書き、そこから線を伸ばして両親の欄を作った。
「ねぇねぇ、お母さん」
キッチンで夕食の支度をしているみやこに、美藍は声をかけた。
「お母さんのお父さん――おじいちゃんの名前って、『正』だったよね?」
「そうよ。もう亡くなってるけどね」
みやこは手を止めずに答えた。
「おじいちゃんの弟さんもいたよね? 名前、何だっけ」
「治おじさんね。……その人も、もうだいぶ前に亡くなってるわ。子供にも恵まれなかったから、治おじさんの代で、その家系は途絶えてしまったのよね」
美藍はノートに「正」「治」と書き込み、二人を兄弟として線で結んだ。二人の名前の横に、小さく「故人」と書き添える。治の欄の先には、それ以上線を伸ばさなかった。
「じゃあ、本当に、お母さんのところで男の跡継ぎがいなかったってことなんだね」
「そういうことになるわね。だから、お父さんに婿養子に入ってもらったのよ」
「お母さんのお母さんは、河野家の出身なんだよね。名前は?」
「明美よ」
「明美さんと正さんの子供が、お母さん一人」
美藍はそう呟きながら、「正」と「明美」の間から線を引き、「みやこ」の欄を作った。
「じゃあ、お父さんの方も聞くね。お父さんは、粟飯原家の次男。長男のおじさんもいるんだよね?」
「うん。でも、あなたたちは会ったことないと思うわ。あまり付き合いがなくて」
「そうなんだ……。で、お父さんのお母さん――おばあちゃんの旧姓って、知ってる?」
「えーと……。確か……」
みやこは手を止め、考え込むように視線を彷徨わせた。
「んー……。ダメだ、忘れちゃった。お父さんに聞いてみたら?」
「そっか……。分かった、後で聞いてみる」
美藍はノートの「正則」の欄の上に、粟飯原の「父」と「母(旧姓不明)」を書き加えた。
来人が横から覗き込みながら、感心したように言った。
「うわ、結構ちゃんと形になってきたな」
「でしょ。頭の中だけじゃ、絶対こんがらがってた」
美藍は出来上がりつつある家系図を、改めて眺めた。布都家、粟飯原家――二つの家が、正則とみやこという二人を通じて、少しずつ形になっていく。
「じゃあ、後でお父さんに、旧姓とか、お父さんのお母さんに兄弟がいたかとか、色々聞いてみるね」
美藍はノートを閉じると、ふと窓の外に目をやった。すっかり日が暮れて、夜の帳が下りようとしている。
今日一日で見えてきた、忌部教授と阿波忌部氏との繋がり――それがまだ、自分自身の家系とどう繋がるのか、この時点ではまだ、はっきりとは見えていなかった。
「お父さんに、ちゃんと聞いてみないとね」
美藍は独り言のように呟くと、スマホを取り出し、父へのメッセージを打ち始めた。




