第29話:電話の向こうの声
美馬から徳島市内に戻ると、名方はまず美藍の自宅前に車を停めた。
「ほら、着いたぞ。荷物、降ろすの手伝う」
「ありがとうございます、名方さん」
里奈も後部座席から降りようとしたが、名方がそれを制した。
「里奈ちゃんはそのままでいいぞ。すぐ済むから」
「え、でも、荷物結構あるとよ」
「大丈夫だ、俺と美藍ちゃんで運べる量だ。座ってて構わない」
名方は車を降りると、トランクを開け、中に積んでいた紙袋をいくつか取り出した。
「これだけあると、さすがに一人じゃ大変だったな」
「本当に、おじいちゃんおばあちゃんの気前の良さには敵いません」
名方は苦笑しながら、美藍と一緒に玄関先まで荷物を運んでくれた。
「じゃあ、俺はこのまま里奈ちゃんを送っていくから。今日は世話になったな」
「こちらこそ、ありがとうございました! 里奈も、気をつけてね!」
美藍は後部座席の里奈に手を振った。
「うん、また明日ね」
車が走り去るのを見送ってから、美藍は両手に荷物を抱え直し、玄関の戸を開けた。
「ただいまー」
「あら、おかえり。……って、何よその荷物」
玄関先で出迎えたみやこが、美藍の両手いっぱいの紙袋を見て、目を丸くした。
「おじいちゃんとおばあちゃんの家に、ちょっと寄ってきたの。そしたら、もう色々持たされちゃって」
「まあ、粟飯原のお義母さんたちに会ってきたの?」
「うん、久しぶりに顔出せた」
美藍は袋を台所のテーブルに置きながら、経緯を簡単に説明した。半田そうめん、漬物、畑で採れたばかりの野菜――袋の中身を確認したみやこは、驚いたように声を上げた。
「こんなにたくさん……。悪いわねえ、いつも」
「私も、渡すつもりだった金露梅、逆にお返しみたいになっちゃって」
「粟飯原のお義母さんらしいわ。せっかくだから、お礼の電話しておかないと」
みやこはそう言うと、早速電話を手に取った。
「もしもし、お義母さん? いつもすみません、たくさんいただいて……」
美藍はキッチンで荷物を片付けながら、母の電話の様子を、なんとなく耳の端で聞いていた。
「はい、はい。……ええ、美藍から聞きました。トマト、本当に美味しそうで」
しばらく和やかなやり取りが続いた後、みやこはふと、受話器を手で押さえた。
「来人! ちょっと、おばあちゃんが話したいって!」
リビングでスマホをいじっていた来人が、面倒くさそうに顔を上げた。
「え、俺?」
「早く、代わってあげて」
来人は渋々立ち上がり、受話器を受け取った。
「もしもし、ばあちゃん? ……うん、久しぶり」
美藍は洗った野菜を冷蔵庫にしまいながら、弟の会話に耳を澄ませた。
「うん、大阪、元気にやってるよ。……そう、勉強も、まあそれなりに」
来人は少し照れくさそうに、キッチンの壁にもたれかかった。
「うん、今度の休みにでも、また顔出しに行くよ。……分かった、じゃあね、ばあちゃん。体に気をつけて」
通話を終えると、来人はスマホならぬ古い受話器を、母に返した。
「ばあちゃん、俺のこと、めちゃくちゃ心配してたわ」
「そりゃそうよ。あんたも美藍も、なかなか顔見せに行かないんだから」
みやこは苦笑しながら、受話器を電話台に戻すと、夕食の支度に戻っていった。
美藍はソファに座る来人の隣に腰を下ろした。
「そういえば、大阪はどう? 慣れた?」
「うーん、まあまあかな。姉貴に鍛えられてるおかげで、向こうの早口にはすぐ慣れたよ」
「はぁー? どういう意味よ、それ」
美藍が眉をひそめると、来人はにやりと笑った。
「そのままの意味。……それより、姉貴はどうなの、研究。うまくいってる?」
「それがさぁ……」
美藍は思わずため息をついた。
「教授、忌部っていうんだけど、これがなかなか手強くてね。私の説、全然認めようとしないの。それを何とか認めさせようと思って、今日も調査に行ってたんだけど」
「へえ。今日はどこ行ってたんだっけ」
「磐境神明神社っていう、美馬にある神社。……あ、そうだ」
美藍はふと思い出したように、姿勢を正した。
「今日行ったところ、実は昔、阿波忌部氏っていう一族が守ってた土地だったのよ」
「阿波忌部氏? って、まさか、教授と同じ名前?」
「そう、それ! だから、うちの教授とその一族に、何か関係があるんじゃないかって、これから調べてみようと思ってて」
来人は驚いたように目を見開いた後、呆れたように笑った。
「よその家の家系図を辿るのかよ、姉貴」
「そうなんだけどね……。まあ、そう言われると、確かに変なことしてるなって自分でも思う」
美藍は苦笑しながら、頬杖をついた。




