第26話:磐境神明神社へ
美藍のマシンガントークは、車が吉野川沿いの道を進む間、途切れることなく続いた。
魏志倭人伝の行程解釈から始まり、いつしか若杉山の水銀朱とソロモンの隠し鉱山の話に飛び、さらには「実はイスラエル大使が磐境神明神社を訪れたことがあるらしい」という、ネットで拾ってきたらしい都市伝説にまで発展していく。話の合間には、「これも繋がってるかもしれません!」という興奮した相槌が、絶え間なく挟まれた。
「……で、GHQが戦後に剣山を調査してたって話も、絶対無関係じゃないと思うんですよ! だって、もしそこにアークが本当に――」
「美藍……。もう、少し休憩しよ……」
里奈が、げっそりとした表情で、力なく口を挟んだ。
「え、まだ全然話し足りないんだけど」
「わたしがもう限界たい……。脳みそが、情報の洪水で溺れそうよ……」
後部座席にもたれかかった里奈は、すっかり疲れ切った様子で目を閉じていた。
運転席の名方も、内心でため息をついていた。
(早く着いてくれ……)
そう思いながら、名方はアクセルを踏む足に、無意識のうちに力を込めていた。妄想と仮説と都市伝説がない交ぜになった美藍の早口トークは、聞いている側の体力を確実に削っていく。それが二人分ともなれば、なおさらだった。
「あ、名方さん! 聞いてます!? さっきの話の続きなんですけど――」
「ああ、聞いてる聞いてる」
上の空で返事をしながら、名方はカーナビの残り距離の表示を、何度もちらちらと確認していた。
車は美馬市内の、見覚えのある山道へと入っていった。
「……着いたぞ」
名方が駐車場に車を停めると、車内に、束の間の静寂が訪れた。
「え」
美藍がきょとんとした顔で、窓の外を見た。
「もう着いたの? まだ話の途中なのにー!」
「いや、十分すぎるほど話しただろう、お前……」
名方はエンジンを切りながら、疲れたように呟いた。
「わたし、正直、この山道の後半、ほとんど記憶がなかとよ……」
里奈もぐったりとした様子で、シートベルトを外した。
「ええー、まだ全然序盤なのに……。だって、まだ肝心の『太刀野』の地名の話とか、レビ族の近衛兵説とか、全然できてないじゃないですか!」
「もう十分だ、美藍ちゃん。現地で、直接その目で確かめればいいだろう」
名方はそう言いながら、逃げるように車のドアを開けた。外の空気を吸い込むと、心なしか生き返ったような表情を浮かべる。
「……解放された」
「名方さん、なんか今、すごく失礼なこと言いませんでした?」
「気のせいだ」
三人は車を降り、集落の奥にひっそりと佇む神社の入り口へと向かって歩いた。木々の合間から、涼やかな風が吹き抜けていく。
やがて、古びた石造りの鳥居が見えてきた。長年の風雨に晒され、表面には苔がびっしりとこびりついている。鳥居の脇には、小さな社殿が一つ、静かに佇んでいた。
「あれ、ここが本殿?」
美藍が首を傾げると、名方は由緒書きに目を通しながら答えた。
「いや……これは、白人神社だな。麓の、里宮にあたる社らしい」
「白人神社……。しらひとじんじゃ、って読むんですか」
「ああ。そして、本当に目指す場所は、ここからさらに奥――『神明山』という場所にある、磐境神明神社らしい」
「え、まだ登るんですか」
里奈が思わず声を上げた。名方は苦笑いを浮かべながら、由緒書きの先を指し示した。
「白人神社から、約百九メートルほど、さらに山を登った先にある。……まずは、ここでお参りしてから行こう」
三人は白人神社の前で、揃って手を合わせた。短い参拝を終えると、名方が社の裏手に続く、細い山道を指し示した。
「ここからだ」
「これが、あの噂の……」
美藍は山道の入り口で足を止め、思わず息を呑んだ。
「この先に、石垣で囲まれた、特異な祠があるらしい。長方形に石垣が組まれていて、南側に三つ、北側には五つの小さな祠が並んでいるそうだ」
名方が説明すると、里奈が眉をひそめた。
「石垣に囲まれた祠……。さっきの車の中の話で疲れとるのに、まだ登るとね」
「里奈、頑張ろう! ここまで来たら、あと少しだよ!」
美藍は元気よくそう言うと、真っ先に山道を登り始めた。
「あ、そういえば、名方さん」
山道を登りながら、美藍がふと振り返った。
「ここ、本当にイスラエルの大使が来たことがあるって話、ネットで見たんですけど……」
「ああ、それは俺も聞いたことがある。ユダヤの礼拝所と同じ造りだって話が、地元の観光案内にも載ってるくらいだからな」
「え、都市伝説じゃなくて、本当に来たことがあるんですか!?」
「大使が個人的に訪れたこと自体は、事実らしい。ただ、それが何を意味するのかは、また別の話だ」
美藍の目が、興奮できらきらと輝き始めた。
「……また始まるとね」
里奈が小さくため息をつきながら、それでも足を止めることなく、山道を登り続けた。
三人は、鬱蒼とした木々に囲まれた細い山道を、一段一段、ゆっくりと登っていった。




