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第22話:若杉山へ

 図書館での話が一区切りついたところで、美藍はふと思い出したように、里奈に切り出した。


「あ、そういえば、里奈」


「何、急に」


「明日、名方さんと若杉山に行くことになったの。水銀朱の採掘遺跡があるところ」


里奈は資料から顔を上げ、興味深そうに美藍を見た。


「若杉山……。それも、教授の秘密と絡んでる話ってやつ?」


「うん。実際に現地を見てみようと思って」


里奈は少しの間、腕を組んで考え込んでいた。窓の外からは、蝉の声が変わらず賑やかに響いてくる。


「……わたしも、連れて行ってくれん?」


「え……」


美藍は思わず目を丸くした。


「里奈が? どうして?」


「ここまで話ば聞かされて、放っとくわけにもいかんとよ。それに」


里奈は少しいたずらっぽく笑った。


「わたしも、正直気になっとったし。あんたの四国説、本当にどこまで本気で信じられるもんなのか、この目で確かめてみたか」


「里奈……! いいの? 一緒に来てくれるなら、すごく心強いよ」


美藍は嬉しそうに、思わず里奈の手を握った。


「うん。それに、わたしがおった方が、畿内説寄りの視点も入るけん。あんた一人だと、四国説に偏りすぎとる自覚あるやろ?」


「うっ……。それは、まあ、否定できない」


「じゃあ、明日の朝、名方さんに車出してもらうから。里奈も一緒に乗っていこう」


「分かった。……ただし、条件があるとよ」


「条件?」


「変な黒いセダンとかに追いかけられたら、真っ先にあんたを盾にするけんね」


「ちょっ、それはひどくない!?」


美藍が思わず声を上げると、里奈はくすくすと笑った。二人のやり取りに、図書館の静けさの中で、小さな笑い声が響いた。


翌朝、名方の軽自動車は、待ち合わせ場所である大学の正門前に滑り込んできた。


年季の入った車体が、朝日を浴びてくすんだ色を見せている。あちこちに小さな傷や凹みがあり、お世辞にも綺麗とは言えない佇まいだった。


「よう、待たせたな。……ん? そちらは?」


助手席に美藍、後部座席に見知らぬ女性が座っているのに気づき、名方が怪訝そうな顔をした。


「名方さん、紹介します。同期の佐伯里奈です。今日、一緒に若杉山に行ってもらうことにしました」


「初めまして、佐伯です。熊本から来とります」


里奈は頭を下げながら、車をちらりと一瞥した。その拍子に、口元がわずかに緩む。


「……くすっ」


「ん? 何がおかしい?」


名方が首を傾げると、里奈は慌てて表情を取り繕った。


「あ、いえ……。何でもなかです。ただ、美藍から聞いとった話のイメージ通りの車やなって思って」


「イメージ通り、とは?」


「いえいえ、こちらの話です。よろしくお願いします」


里奈は誤魔化すように会釈すると、そそくさと後部座席に乗り込んだ。美藍は隣でくすくすと笑いを堪えている。


「美藍ちゃん、俺の車のこと、友達にどう説明してるんだ」


「べ、別に、悪いことは言ってませんよ! ただ、その、名方さんらしい味のある車だって……」


「もっと怪しいな、その言い方」


名方は苦笑しながら、エンジンをかけた。


「まあいい。よし、それじゃあ出発するか。若杉山まで、少し距離がある。長丁場になるぞ」


車が動き出すと、美藍は後部座席を振り返った。


「里奈、酔わない? 山道だから結構揺れるかも」


「大丈夫、慣れとる。熊本も山ばっかりやけん」


三人を乗せた軽自動車は、朝の光を浴びながら、那賀町へと続く道を走り出した。窓の外には、夏の緑濃い山々が、どこまでも広がっていた。



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