第16話:藍染工房、初めての訪問
車は吉野川沿いの道を上流へと向かい、やがて藍畑の広がる集落へと入っていった。
「もうすぐだ。この先の集落にある」
名方はハンドルを切りながら、窓の外を指し示した。両側に青々とした藍畑が続き、夏の日差しを浴びた葉が、濃い緑色に輝いている。
「わあ……。昨日、夜に見た時とはまた違う印象ですね」
美藍は窓に張り付くようにして、藍畑を眺めた。夜の闇の中でぼんやりと見えていたあの景色が、日中の光の下では、鮮やかな生命力を放っていた。
やがて車は、軒先に藍染めの暖簾を掲げた、古い木造家屋の前に停まった。
「ここだ。善造さんの工房だよ」
車を降りると、藍の匂いが強く鼻をつく。独特の、青く発酵した草のような、それでいてどこか懐かしい香りだった。
「善造さーん! 名方です、来ましたよ!」
名方が玄関先で声をかけると、しばらくして、奥から善造が姿を現した。今日は作業着姿で、両手には青黒く染まった軍手をはめている。
「おう、来たか。話は聞いとるよ、名方さんから」
善造は日に焼けた顔をほころばせながら、二人を手招きした。
「初めまして、布都美藍です。今日はよろしくお願いします」
美藍が丁寧に頭を下げると、善造は豪快に笑った。
「なんの、名方さんの頼みならいつでも構わんよ。……それより、嬢ちゃん。今日はゆっくり見ていきな。うちの藍には、ちょっとした秘密があるでな」
善造はそう言うと、踵を返し、工房の奥へと二人を案内していった。
三和土に立つと、藍の匂いがいっそう濃く漂ってくる。薄暗い土間の奥には、大きな甕がいくつも並び、そこから立ち上る独特の発酵臭が、工房全体を満たしていた。
「これが、蒅を仕込む甕だ。中で今、藍の葉が発酵しよる真っ最中でな」
善造は甕の一つを、愛おしそうに撫でた。
「昨日の夜、名方さんから電話をもらった時は驚いたわ。
「こんな若い娘さんを連れてくるとは」
「え?」
美藍が首を傾げると、善造はちらりと名方の方を見た。名方は少し気まずそうに、視線を逸らす。
「いや、何でもない。それより善造さん、例の唄を聞かせてもらえないか。美藍ちゃんに」
「唄……?」
美藍が興味を惹かれて聞き返すと、善造はゆっくりと頷いた。
「蒅作りの時に歌う、うちに代々伝わる作業唄よ。……まあ、聞いてもらった方が早いか」
善造はそう言うと、甕の前に腰を下ろし、大きな木の棒で中身をゆっくりとかき混ぜ始めた。土間に差し込む夏の光が、甕から立ち上る湯気のような発酵の気配を、ぼんやりと照らし出している。
美藍は固唾を呑んで、その様子を見守った。




