第13話:聖なる遷座ライン
ナポリタンをあらかた食べ終えた頃、美藍はフォークを置くと、ノートを取り出して再びテーブルに広げた。
「……ねえ、名方さん」
美藍の口調が、再びあの超高速のオタクモードへと切り替わる。
「今回の古文書のルート、吉野川を上って神山町、そして美馬町からつるぎ町(旧半田町・一宇村など)を経て、剣山へと至るルートになってますよね? これ、やっぱり『何か』どころの話じゃないですわ。完全に失われたアーク(聖櫃)を秘匿するための"聖なる遷座ライン"そのものです!」
「ほう、詳しく聞かせろ」
名方がニヤリと笑いながら、コーヒーカップを傾けた。
「まず、上陸地点の国府町から山へと入る最初の関門が『神山町』です。神の山、そのまんまの地名ですけど、ここには阿波忌部氏の祖神を祀る『上一宮大粟神社』や、空海が結界を張ったとされる『悲願寺』があります。つまり、外敵からアークを隠すための最初の『防衛陣地』がこの神山です」
美藍はノートのページをめくり、手描きの簡単な地図を指さした。
「そして次が『美馬町』。ここには、さっき話した旧約聖書の移動式神殿と寸法が完全一致する『磐境神明神社』があります。つまり、いきなり最高聖地の剣山にアークを持っていくんじゃなくて、まずは美馬の臨時の幕屋(神殿)に安置して、神を鎮めるための大がかりな祭祀を行った。そして最後に向かうのが『つるぎ町』……! つるぎ、つまりソロモン王の『剣』であり、アークを守る近衛兵たちの武器の象徴。このつるぎ町から剣山へ登る一宇や貞光の渓谷は、完全に外部からの侵入を拒む天然の巨大な要塞(要害)です。エルサレムを追われたユダヤの民と阿波忌部の一族は、吉野川の平野部を捨てて、この神山、美馬、つるぎ町という『三段構えの防衛結界』を構築しながら、アークを剣山の山頂地下へと運び込んだんですよ!」
「なるほど……。一見、バラバラに見える山の町や村が、アーク防衛のための防衛ラインとして機能しているわけか」
「そうなんです! しかも、つるぎ町半田には、あの有名な『半田そうめん』がありますよね? コナモノ文化の豆天玉と同じですわ! あれ、小麦粉を練って細く伸ばす技術、そして保存食としての優秀さは、中東の砂漠を旅したユダヤの民の『無発酵パン(マッツァ)』や麺類のルーツと、技術的な底流で絶対に繋がってます! 彼らはつるぎ町の過酷な山岳地帯に籠るために、あの保存食のテクノロジーを伝えたに違いありません!」
「相変わらず、豆天玉からそうめんまで、食い物と歴史を繋げるのが早いな……」
名方は苦笑しながらコーヒーを置くと、少し真顔になった。
「だがな、美藍ちゃん。そのそうめんの話は、さすがに飛躍が過ぎるんじゃないか」
「え……」
美藍の勢いが、一瞬止まった。
「防衛ラインの話は、地名と史跡が実際に一直線に並んでる分、まだ説得力がある。だが、そうめんの製法まで持ち出すのは、正直、こじつけに近い。麺を細く伸ばして乾燥させる技術なんて、世界中どこにでも独自に発生しててもおかしくないだろう」
「う……。た、確かに、それはそうかもしれませんけど……」
美藍は言葉に詰まりながらも、なおも食い下がった。
「でも、偶然が重なりすぎてる気がするんです! 地名も、神社の構造も、食べ物までも、全部がユダヤの記憶に繋がって見えるのって、逆に不自然じゃないですか?」
「不自然かどうかは、お前の主観だ。それを客観的な物証に変えるのが、研究者の仕事だろう」
名方の一言に、美藍はハッとした。それは、まるで昨日の忌部教授の言葉と、どこか重なるものがあった。
「……名方さんまで、教授みたいなこと言うんですね」
「褒め言葉として受け取っておくよ。ただし、教授は頭ごなしに否定するだけだが、俺はお前の説を面白いと思ってる。だからこそ、飛躍してるところは、ちゃんと指摘してやりたいんだ」
美藍は少し不満げに口を尖らせたが、やがて小さく頷いた。
「……分かりました。防衛ラインの話は、ちゃんと地図に起こして、もう一度整理してみます。そうめんの話は、一旦保留にしておきます」
「それでいい。せっかくの面白い仮説だ、一つでも粗があると、全部が疑わしく見られちまうからな」
名方はそう言うと、残りのコーヒーを飲み干した。窓の外では、真夏の強い日差しが、通りを白く照らしている。
「さて、腹も膨れたし、そろそろ行くか」
「はい! 藍染工房、楽しみです!」
美藍はノートを鞄にしまい込むと、伝票を持って立ち上がった名方の後を追った。
「今日はご馳走様でした、名方さん」
「気にするな、経費で落とすさ」
「え、それいいんですか」
「……冗談だ。俺の奢りだよ」
店を出ると、真夏の熱気が二人を包み込んだ。名方は伸びをしながら、車のキーを取り出す。
「よし、それじゃあ本題に向かうとするか。藍染工房まで、あと少しだ」
二人は再び車に乗り込み、吉野川上流の集落を目指して走り出した。窓の外には、青々とした山並みと、蝉時雨に包まれた夏の景色が広がっていた。
店を出て車に乗り込むと、名方はエンジンをかけながら、ふと思いついたように言った。
「そうだ。藍染工房に行く前に、ちょっと寄り道していくか」
「寄り道、ですか?」
「天石門別八倉比売神社だ。お前さんも何回も行ってるだろうが」
「あ、八倉比売さんですか。子供の頃、家族でお参りしたことありますよ。気延山の中腹にある、あの神社ですよね」
「そうだ。……卑弥呼の墓と言われる、あの五角形の磐座がある場所だよ」
美藍はシートベルトを締めながら、少し不思議そうな顔をした。
「今更、あそこに何の用があるんですか? 有名な観光地ですし、正直、目新しい発見なんてもうないと思いますけど」
「昨日今日で、色々と新しい視点を仕入れたばかりだろう。同じ場所でも、見る目が変われば、違うものが見えてくるかもしれんぞ」
名方はそう言うと、車を発進させた。
「それに、記者としての勘だが……。今、お前さんの中にある知識で改めてあの神社を見たら、案外、これまで見過ごしてたものに気づくんじゃないかと思ってな」
「……なるほど。確かに、昨日教授の研究室で見た本のタイトルとか、里奈から聞いた話とか、色々整理された今なら、違う見方ができるかもですね」
美藍は窓の外に目をやりながら、小さく頷いた。国道を外れ、車は気延山の麓へと向かう道へと入っていく。
「藍染工房の善造さんには、少し遅れる連絡を入れておくか」
名方はスマホを取り出し、片手でハンドルを握りながら手早くメッセージを打ち込んだ。
「よし。それじゃあ、まずは八倉比売さんに顔を出すとしよう」
車は緑濃い山道を登り始めた。蝉時雨がいっそう激しくなり、木々の隙間から差し込む夏の日差しが、車内にちらちらと光の模様を落としていた。




