8暗天2
「今時学校の授業だって水飲ませてくれるぞ……」
ヨルは文句を言いながらも先頭集団についていく。
五人ほどの集団はそれぞれが少し競い合うような素振りを見せながらも、誰かが飛び出すこともなく走り続けている。
時に抜かされることはあるものの、一番前を走るのは女の子だった。
光を浴びるとほんのりと紫にも見えるような黒髪を揺らして、ほとんどヨルのことなど気にしないように一定のペースを維持している。
チラリと見える横顔のレベルはかなり高い。
「うーん?」
どこかで見たことあるような顔だなとヨルは首を傾げる。
正面から見たわけでもないし、綺麗な顔してるので芸能人に似てるのかなとか考える。
ほとんどテレビも見ないので、どこかの広告とかそんなものかもしれない。
「おっ……ついたな」
すっかり日は昇り、差し込んでくる朝日が暑くてうざったい。
山を登り切るとちょうど正面に昇り始めた朝日が迎えてくれているが、眩しくてヨルは顔をしかめる。
「旗ってあれか」
赤い三角の布が先に取り付けられた金属の棒が地面に突き刺してある。
「……少ないな」
パッと数えた旗の数は、明らかに子供全体の数より少ない。
ヨルはひとまず自分の旗を確保する。
旗を取る際に、先頭を走っていた女の子とチラリと目が合ったような気がした。
「なるほどな……」
走ればいい。
割と甘いなと思っていたのだけど、そんなに甘くなかった。
遅い奴らの分の旗はない。
「……それに、これで終わりでもなさそうだな」
少し休憩がてらに、遅れて到着した子供たちをヨルは観察していた。
少ないと感じた。
体力が尽きて遅れをとった子がいたとしても後ろの子供たちも割とくらいついてきていた。
なのに最後まで来た子供の数はだいぶ減っている。
「なるほどな。争え……か」
あまり休みすぎて体が冷えても面倒だとヨルは動き出す。
槍のように長い旗は持ちにくい。
ヨルは肩に担ぐようにして山を降りていく。
「やっぱり……俺がターゲットか」
山を降りていく途中で、ヨルの目の前に体格の良い少年が立ちはだかった。
もしかしたらいくつかヨルより年上かもしれない少年はニヤニヤと笑いながら、手を差し出す。
「そいつを寄越せ」
ただ旗を持ってこいと言われた。
そこには何のルールも制約もない。
山の頂上にある旗を持ってこいと言われただけで、自分で持ってこいとも奪ってはダメだとも言われていない。
「旗を渡したらなんかくれるのか?」
少年は狡賢く立ち回ることにした。
山の頂上まで行くことはなく、旗を持ってくる奴を待ち構え、奪えばいいと考えたのだ。
賢いやり方だと思う。
ただやはりそんなふうにするということは、旗が足りていないことを最初から知っていたのではないかとヨルは感じた。
「旗を寄越すなら生かしておいてやるよ」
代わりにアーティファクトでもくれるなら旗をやってもいい。
そんなふうに考えていたのだけど、当然そんな交換するはずがない。
「それじゃあ渡せないな」
「なら死ね!」
少年も旗を渡すはずがないと最初から分かっていた。
ヨルが断るとすぐさま殴りかかってきた。
「覚醒者だな?」
手に魔力が込められていることをヨルは感じた。
少年は覚醒して魔力を扱えることを見抜く。
魔力なんて使って人を殴れば相手が死んでしまうことがあることは分かるだろうに、ためらいもなく拳を突き出してくる。
「ブヘッ!」
普通の相手だったら急に殴りかかられて反応できるはずもない。
けれども、ヨルは普通の相手じゃない。
旗を槍のように回転させ、少年の顎を殴り上げる。
予想外の衝撃に少年の頭は上を向く。
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえよ」
何をされたのか。
そんなことすら分かっていない少年の顔面をヨルが殴り飛ばす。
山の斜面を少し転がり、少年は鼻から血を流して倒れる。
「くっ……」
「おい」
起きあがろうとする少年の手を旗で払って倒す。
地面に打ちつけた頭をヨルは足で踏みつける。
「いいと思うぜ。賢く生きなきゃな」
少年のやり方を否定するつもりはない。
山にあった旗が足りない時点で、奪い合いをさせるつもりなことはヨルも想定していた。
争えと言った。
他者を蹴落とせと事前に釘を刺していた。
少年の旗を奪うという考えは、もしかしたらシノヤマたちがやらせようとしていた争いの一つなのかもしれない。
見ている大人も止めはしなかった。
無いなら奪えばいい。
頂上まで行くことなく待ち伏せする。
良い考えだ。
ただ一つだけ少年はミスを犯した。
「しかしお前はバカだな? 狙う相手を間違えた」
体格もいいし、殴りかかってくるのにためらいもない。
他の子を狙えば拳による交渉を得なくとも旗を奪えた可能性もある。
なのによりによって狙ったのが、ヨルだった。
少年以上にヨルに躊躇いなんてない。
だって悪魔なのだから。
「今後もこういうことがあるかもな……もう絡むなよ? 逆恨みされんのも面倒だし」
ヨルが足を離す。
怒りのこもった目をして顔を上げた少年が最後に見たのは、ニヤリと笑ってヨルが旗を振るところだった。
旗で思い切り少年の頭を殴りつけた。
持ち手は金属製なので、殴られると相当痛いはずだ。
「じゃあな、今から走ればまだ旗あるかもよ」
もうないだろう。
そんなことを思いつつ、気絶した少年を置き去りにヨルは山を降りていく。
「何と容赦ない……」
様子を監視していた暗天の大人が少年の容態を確認する。
死んではいない。
しかし完全にノックアウトされている。
悪魔のようだ、そう感じずにいられなかった。




