52孤独な戦い5
「やっぱり多少の歯応えがある方がいいよな!」
ボスアリが顎を開いてヨルに突っ込む。
ヨルが顎をかわすと、顎は地面を挟んで砕く。
悪魔の身ならともかく、人間の身であんなふうに挟まれたら真っ二つになると思うと、少し背中がゾクゾクする。
「おおっと!」
ヨルが走ってボスアリに接近し、飛び上がって顎をかわす。
するとボスアリはすぐに顎を上げてヨルの動きを追いかけてきた。
「……お前、奥から見てたな?」
ヨルは顎を蹴り、挟まれないように飛び退く。
あまりにもボスアリの反応が早い。
まるでヨルが飛び上がると分かっていたかのようだと感じた。
いや、分かっていたのだ、とヨルは気づいた。
奥にアリがいる気配は感じていた。
それがボスアリであるとは分かっていなかったものの、今から思えばヨルの戦いを観察していたのかもしれない。
「ただの虫じゃないってか?」
いかにも知能がなさそうな面をしているが、多少の頭はあるようだと感心してしまう。
「ならこうしてみようか?」
ヨルは目を細めて、薄く口の端を上げて笑う。
再び同じように正面から突っ込むと、ボスアリも同じように突っ込んでくるヨルを顎で殺そうとする。
「ほらよ!」
ふっとボスアリの視界からヨルの姿が消える。
飛び上がった。
そう思ったボスアリは素早く頭を上げる。
ヨルの予想通りに、ボスアリはヨルの戦い方を学習していた。
アリの上に飛んで頭に剣をぶっさすやり方はボスアリに刷り込み済みであったのだ。
「そっちじゃねえよ」
相手の戦いを学習し、先を予想して動くのは賢いことだ。
ただしヨルの方が賢いし、一度見たやり方を何回も繰り返すと思わない方がいい。
「こっちは汚れそうだから嫌だったんだけどな!」
ボスアリの背中から剣の先端が飛び出す。
ヨルはボスアリの下に潜り込んで剣を突き刺していた。
上に逃げると予想されているなら逆をついてやればいい。
ボスアリはヨルが下に行くと予想していなかったのか、全く動きを捉えることができなかった。
「まだか」
剣を伝って垂れてくるボスアリの体液に顔をしかめながら生命力を吸収しようとするが、バングルはボスアリの生命力を引っ張れない。
まだ弱りきっていないようだった。
「なら……」
ヨルは剣をしっかり掴み、剣に魔力を送り込む。
魔力が赤みを帯び、炎へと変わっていく。
剣の刃のほとんどはボスアリの中。
つまり、燃え盛る炎はボスアリの体の方を焼く。
「きたきた」
顎を鳴らすギーッというやかましい悲鳴。
少し遅れてバングルに反応があった。
生命力を吸収している時の感覚は、喩えようもない。
ヨルの手を介しているためか手から何かを吸い取っているような感覚があり、ほんのりと温かいものが手から手首のバングルに流れていくのだ。
ただ少しだけヨルの中にも流れ込んできたものが残っているような感じもある。
「あぶね!」
ボスアリは大きく頭を上げて鳴き、力なく倒れた。
ヨルは押しつぶされそうになって、ボスアリが倒れる前に慌てて下から抜け出した。
「二回分には……ならないぐらいかな?」
他にアリの気配はない。
バングルにそこそこエネルギーが溜まっている気配はあるものの、多分二回は使えないだろうなとヨルは感じていた。
「ボス倒したし終わりかな? 疲れたし、汚れた」
ヨルはため息混じりに独り言を呟いた。
ボスアリの体液のせいで服が汚れている。
水はあったから何とか洗えるかな、と考える。
それに落ち着いてみると体に疲労感も感じていた。
アリがいるなら相手してやってもいいけれど、初めからそんなに飛ばして頑張ることもない。
「帰るか」
ともかく三つのうちの一つはクリアした。
「これなら三日あればクリアできるのか?」
一日一つ、三日で三つ。
クリアできないこともない気がした。
目立ちすぎると周りはうるさいけれど、やってやれないことはない。
転がるアリの死体の間を抜けて、ヨルは洞窟を戻っていく。
一応まだアリはいないかと警戒しているも、やはりやアリがいる様子はなかった。
「戻ってこれたな」
複雑な道ではなかったので、すぐに三つの大きな扉がある部屋まで戻ってこられた。
「ここで待ち伏せでもしたら……他のやつ来るかな?」
ヨルの中の悪い気持ちが頭をもたげる。
「まあ、今はいいか」
初日から挑むような奴はヨルぐらいかもしれない。
いつ来るか分からない他の奴を待つよりも、少し休みたい気分だった。
「…………誰だ!」
ヨルが自分の部屋に通じるドアを開けようとした瞬間、ほんのわずかな殺気を感じて剣を抜いて振り返る。
「上!」
後ろには何もいなかったが、ヨルは自分の勘を疑わない。
後ろにいないのなら死角の外にどこかにいるとすぐに思考を切り替えて、上に向かって剣を振る。
響き渡る金属音。
それに手に返ってくる衝撃がヨルの勘が正しかったのだと教えてくれた。
「……よく分かったな」
ヨルの上から降ってきたのは黒い服装をした男だった。
顔にも黒い布を巻いていて、目元だけが出ている。
「……強いな」
男は強そうだ、とヨルは顔をしかめる。
剣を持った手が痺れていた。
相手は本気を出したように見えなかったのに、これほどまでに手に衝撃を感じるということは相手の実力が高いということだった。




