5誘拐事件1
「ヨル。何してるんだ?」
「ケンジ兄さん。何にもしてないよ。院長に大人しくしてろって怒られたからな」
「手すりに腰掛けてるとまた怒られるぞ?」
「落ちたって死にやしない。怒られたって死にやしない」
「でも面倒だろ? 怪我したり、怒られたりしたら」
警察に色々と話を聞かれて、ヨルは正直に答えた。
モンスターは俺が殺した。
そんなふうにちゃんと答えたのに、嘘をつくなと怒られた。
取り上げられる前にとアーティファクトのペンを食べてしまったのも失敗で、ペンで殺したといっても物がないのだから全然信じてもらえない。
だからといってモンスターの死体はちゃんと残っているし、訳がわからないといった感じだった。
結局危機は去ったし、ヨルは子供だからと解放されて家に戻ってきていた。
ヨルの家は孤児院である。
親はいない。
小さい頃にモンスターに殺されて、独りの身となってしまっているのだった。
「覚醒したのか?」
「多分、そう」
ベランダの手すりに座って夜空を眺めるヨルに声をかけてきたのはケンジ。
ヨルよりも年上の青年で、みんなから兄さんと慕われる優しい人だった。
『あなたは世界を守るプレイヤーとして覚醒しました!』
ヨルの視界の端に表示が見えている。
悪魔の契約をした時と同じく、空中に浮かぶ半透明の板に文字が書かれている。
他の人は見えずヨルにしか見えていなかった。
「小6で覚醒か。だいぶ早いな」
「ケンジ兄さんも少し前に覚醒したばかりだったね」
「ああ、働こうかとも思ってたけど……覚醒したなら覚醒者学校に行こうかな」
「まあ、兄さんの好きにすればいいさ。どうせ院長も同じこというに決まってる」
「そうだな」
ケンジは手すりにもたれかかって空を見上げる。
モンスターがいようといまいと関係なく、無数の星が美しく煌めいている。
「モンスターと戦うのは、怖くなかった?」
覚醒者として活動していくならモンスターとの戦いは避けて通れない。
ケンジは優しい性格をしていて、戦いとは無縁に過ごしてきた。
もうすでに、モンスターと戦うことを考えて不安を抱えている。
「怖かないさ。もっと怖いもんがたくさんある」
ヨルはさらりと答える。
たかがモンスターなど怖くはない。
天使、神とこれから戦う。
モンスターになんて怯えるような甘ったれた精神ではやっていくことなんてできない。
もしかしたら悪魔と戦うこともあるかもしれない。
そう考えるとモンスターなんて可愛いものだ。
「……ヨルは強いね」
「違う。人間が貧弱なだけだ。兄さんが悪いんじゃないよ」
「……ふふ、ヨルも人間じゃないか」
「俺は強いからな」
下手くそな慰めだとケンジは笑う。
それでも少しは気分は軽くなる。
貧弱なんだから、怖くてもしょうがないと思えた。
「なあ、ヨル」
「なんだ?」
「俺たちの世界……これからどうなると思う?」
「さあな。でも、どうなろうと俺が止めてやるよ。あの野郎どもの好きには……誰だ!」
「えっ!?」
変なことを聞くものだと思いながら答えようとした時、魔力を感じてヨルは振り返った。
「よく気づいたな」
広めのベランダの隅には誰もいないはずだった。
外からの光が当たらず暗がりになっていたところに男が立っていた。
「……だ、誰!?」
三十代ぐらい髭面の男はやたらと鋭い目をしている。
これまでの人生の中でも見たことないような殺気立った雰囲気をまとっていて、睨まれているだけで背中にじっとりと汗をかき始めてしまう。
「ぐっ!?」
「ヨル!」
暗がりから一瞬でヨルの前に移動してきた男は、手を伸ばして首を掴んだ。
そのまま男に持ち上げられ、ヨルは顔をしかめる。
小学生とはいえ、体格のいいヨルは決して軽くない。
それでも足がつかないほどに持ち上げられてしまった。
「この……!」
ヨルが男の腕を掴むがびくともしない。
それならばと男の腕を支えにして体をスイングする。
「くっ!」
男の横っ面に蹴りを決める。
しかしむしろ蹴ったヨルの足の方に痛みが走った。
「ふっ、こんな状況で抵抗するか。面白いガキだな」
男はわずかに目を細めて笑う。
「ヨルを放せ!」
「……お前に用はない」
「ガッ……!」
「兄さん!」
ヨルを助けようとケンジが男にかかっていく。
すると男は冷たい目をして手を振る。
振られた手から魔力が放たれて、ケンジが吹き飛ぶ。
ベランダの手すりに叩きつけられ、それでも止まらずケンジはベランダから落ちていく。
二階のベランダなので死にはしないと思うけれど、当たりどころが悪ければどうなるか分からない。
「あんた……そんなところで何を…………ヨル!」
ベランダが壊れる音、そしてヨルの叫び声で孤児院の中の人が騒ぎに気づく。
院長がベランダに立つ男を声をかけ、そして首を掴まれているヨルを見て驚く。
「チッ……行くぞ」
「行く?」
「そうだ。暗天の刃にお前はなるんだ」
「ぐふっ!」
男はヨルの腹を殴りつける。
「くそっ……」
昼間に力を使い過ぎた。
もう時間停止の能力は使えない。
こんなことが起こるならタケオなんて助けなきゃよかった。
あるいはペンがまだあれば男の目玉にも穴を空けてやったのにと痛みに歪んだ顔で男を睨む。
ただ少なくとも男はヨルを殺しはしなかった。
男の腕に爪を立てる。
魔力で保護された腕だったが、ヨルも魔力を爪に込めて突き立て、血が滲む。
「このクソ野郎……後悔……させてやるからな……」
「……早く寝ておけばいいものを」
男はもう一度ヨルの腹を殴る。
拳に魔力を込めた容赦のない二度と殴打に、ヨルは気を失ってしまった。
「その子を放せ!」
院長が男に殴りかかる。
「なに……」
「覚醒者か」
男はヨルを肩に担ぎ、院長の拳を手で掴むように受け止める。
「ああああああっ!」
「その程度では俺を止めることはできないな」
男が手を一気にひねると、院長の手首が折れる音が響き渡る。
「こいつはもらって行くぞ」
「ま、待て!」
男は軽く膝を曲げて飛び上がると二階から飛び降りる。
院長が下を覗いた時にはもう男は闇に紛れて消えて行くところだった。
「ヨルー!」
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