41小隊戦14
「ふっ!」
コウヤがサルの前に出る。
魔力を込めた拳で風を切り、顔面を狙う。
軽い手ごたえはあったが、殴りつけたのはサルの毛のみ。
コウヤの攻撃は完全に見切られて、サルは達人さながらの回避を見せつけた。
「くっ、ぐぁっ!」
お返しとばかりに突き出されたパンチはギリギリかわしたけれど、続く蹴りには反応が遅れてしまった。
顎を蹴り上げられてコウヤの体が浮く。
「コウヤ!」
ロウキがナイフを投げる。
コウヤを殴りつけようと拳を引いていたサルは、コウヤを諦めてナイフをかわした。
けれどもかわしたナイフとロウキは場所を入れ替える。
「チッ!」
ロウキが横に大きくナイフを振った。
たとえ木製でも魔力を込めればバカにはできない。
サルは体をねじりながら跳躍するなんて、体操選手が真っ青になりそうな動きでナイフをかわす。
ロウキはナイフをかわされて、サルは頬が軽く切れて怒りの表情を浮かべる。
「そんな動き、どこで覚えた?」
ヨルはサルの後ろに回り込んでいた。
野生で覚えた動きじゃない。
明らかにどこかで人の手が加わっていると感じさせる動きだった。
サルの脇腹を浅く切り裂き、ヨルは好奇心のままにサルの首に手を伸ばす。
本能的な脅威がサルに襲いかかった。
うっすらと笑い、光の入らない目をしたヨルに恐怖を感じ、サルは背中の毛を逆立てて大きく飛び退いた。
「どうした……? 俺の中に、悪魔でも見たのか?」
正面からヨルとだけ戦えば勝てるだろうとサルは思う。
だが底知れぬ何かを感じざるを得ず、サルはハァハァと浅い呼吸を繰り返す。
殺さなきゃやられる。
サルは恐怖を振り払うように叫ぶ。
「そっちの方がサルっぽくていいと思うぞ」
持っていた旗を投げ捨ててヨルに向かって走り出し、歯を剥き出して威嚇しながら両手を振り下ろす。
「今の俺よりは強そうだな」
防御した木剣がサルの爪に輪切にされてしまう。
金属製の武器ならともかく、流石に木製の武器でモンスターと戦うのはなかなか厳しい。
「ヨル!」
レオナが後ろからサルに斬りかかる。
凍えるようなレオナの冷たい魔力が込められた一撃は、サルの背中を斬り裂く。
「ふふ、俺の方が怖いみたいだな」
それでもサルは止まらない。
ヨルを狙い続け、爪で心臓を突こうとする。
笑みを浮かべるヨルに、サルは背中に強い悪寒が走るのを感じた。
しかしかわす素振りも見せないのでこのまま殺してしまおうと本能の警告を無視した。
「残念だったな」
サルの爪はヨルを貫けなかった。
一日一度、自分の身を守るシールドを出すことができる。
以前もらったアーティファクトの力をヨルは完全に自分のものとしている。
「よく顔を見せてくれ」
ヨルがサルの首を掴む。
「今よ!」
グッとサルを引き寄せて、目を覗き込むと恐怖の色が見られる。
モンスターの方が人間よりも本能的なところが強い。
ヨルが元悪魔であることが分かるのかもしれない。
サルがヨルに捕まって硬直している隙を狙って、レオナたちが一斉攻撃を仕掛ける。
「まあそれでも所詮サル……か」
飼い慣らせれば面白いかなと思ったけれど、ヨルの恐怖から逃れられないのではつまらない。
最後に抵抗ぐらい見せてくれたらちょっとは見直したのに、とため息を漏らす。
興味を攻撃を受けてカッと目を見開いたサルの首からヨルが手を離す。
サルはそのまま地面に倒れてしまう。
「なんだか……あっけなかったですね」
強かったが、想像していたより暴れっぷりは弱かった。
「そうだな」
ヨルに恐怖心を抱いていた、なんてこと誰も気づかない。
ただサルが思ったよりも弱かったのだ、と思われているのだった。
「あっ! 逃げましたよ!」
「意外と頑丈だったんだな」
少し油断した。
倒れたサルはパッと目を開けると、一目散に森に逃げ込んだ。
流石にあれで終わりではなかったらしい。
「追いかけるぞ」
試験も残り一時間ほど。
回復して襲いかかってくるとは思いにくいが、リスクは減らしておきたい。
「と、その前に……」
地面には点々と血が垂れているので追跡は難しくない。
「リスクは減らしてなきゃな」
「なに……ああああああっ!」
18組のリーダーと34組のリーダーはまだ残っている。
二人とも戦いで消耗して地面にへたり込んでいて、旗を狙っているような雰囲気はない。
けれども一時間もあれば動けるようになるだろう。
だから、ヨルは18組のリーダーの子の足首を踏みつける。
骨が折れる音が34組のリーダーの女の子にもしっかりと聞こえてきて、静かな森に叫び声が響き渡った。
「ひっ……」
「約束は約束だ。お前に手は出さないでいてやるよ」
うっすらと笑みを貼り付けたヨルの視線に、34組のリーダーの女の子は蛇に睨まれたカエルのようにすくみ上がった。
「ただしそこは動くな。少しでも動いたら……分かるな?」
34組のリーダーの女の子は壊れた人形に頷くしかなかった。
レオナは不服そうだけど、一人では何かできるわけでもないので仕方なく34組のリーダーの女の子は無視することにした。
「あれ、サルが戻ってきましたよ!」
後顧の憂いは絶ったしサルを探しに行こうと思ったら、サルの方から戻ってきた。
「旗持ってますね……」
サルの手には旗が一本。
「おっ、なんだ? それくれるのか?」
なんのつもりだ、と様子を見ていたらサルはヨルの前で膝をついた。
そして持っていた旗を差し出す。
サルの手は震えている。
これはサルの生存戦略、生き残るための道だった。
旗という貴重品を差し出すことで命乞いをしている。
「……ははっ! 面白いサルだな」
ヨルは旗を受け取り笑う。
まさかサルがそんな行動に出るとは思いもしなかった。
サルが前の組の旗をまだ持っているのではないか、ということは予想していた。
だからサルの住処を探して旗を奪うつもりだった。
しかしサルの方から旗を差し出してくるのは予想外である。
「分かった。お前の意図は汲んでやるよ。これは契約だ」
命だけは助けて欲しい。
その意図は分かった。
旗も差し出してきてくれたことだし、見逃してやることにした。
それから残りの一時間を待たずして試験の終了が告げられた。
もはやヨルたちに敵はいないのだから、しょうがなかった。




