27暗天の大きさを知る4
「他に帰りたいものはいるか? 今ならさっさと帰してやる」
一瞬生まれかけた反抗の空気が瞬く間に萎んでしまった。
「ふぅ……」
ヨルは小瓶の蓋を取ると、中身を一気に飲み込む。
「ぐぇ……まずっ」
苦くて、酸っぱくて、臭い。
霊薬も決して美味いドリンクではなかったけれど、毒薬は毒薬らしくすごく不味かった。
「もうちょっと美味しく作れないのかしらね」
ヨルやレオナを含め、何人かの子供が毒薬を飲んでいた。
つまり子供たちの中でも魔力に自信があるということなのだろう。
「ふん、まあこんなもんか」
飲んだそばから胃が熱くなる。
熱さがジワリと体全体に広がろうとするけれど、すぐさま熱は冷めていく。
ほんのりと残った熱が、そのまま体の中の魔力と混ざって消えていってしまう。
おそらくそれが毒だったのだろうとヨルは感じた。
しかし魔力が多いと魔力に飲まれて毒は消えてしまうのだ。
「効果は小さいな」
毒に対抗できるぐらいの魔力があるなら霊薬的な効果があると言われたが、魔力が増えた感じはほとんどない。
そもそも毒が通じないぐらいならそんなに効果もなかったのだろうと思った。
「ぐふっ!」
どの道飲まなきゃ死ぬ。
他の子が飲み始めると、ためらっていた子供も毒薬を飲んでいく。
しかしながらこんな試験を課すということは、当然ながら耐えられないような子が一定数いることは想定されている。
血管が紫に浮かび上がり、血を吐き出す子供が出始めた。
毒に耐えられない子はそのまま泡を吹き出して倒れ、毒に耐えられるギリギリの子は血を吐いたり苦しそうにしながら毒と戦う。
「お前は大丈夫そうだな」
「ええ、平気でした」
レオナはもちろん心配もなく、コウヤも苦しむ様子すらなくケロッとしていた。
「だが思っていたよりも多いな」
簡単なテスト。
そう思っていたのだけど、血反吐を吐く子供の数は少なくない。
真っ白な部屋だから、血はよく目立つ。
倒れて動かなくなった子供は順にどこかに引きずられていく。
「た、助けて……」
「ん?」
毒と戦う子供たちの数がかなり減ってきた。
もうすぐ終わりそうだなと思っていたヨルの服を一人の少年が掴んだ。
一年半も着ていてだいぶよれたジャージの胸部分には七十九と書いてある。
誘拐された子供の一人で、だいぶ早い段階からヨルに擦り寄ってきた少年の名前は深山拓磨。
背が低く童顔で、最初のうちに死ぬだろうと思っていたのに、意外と生き残っている面白い奴だった。
しかしヨルに擦り寄るわりに、悪魔に何かを差し出すほどに切望するようなこともこれまではなかった。
『悪魔の契約
求めるは深山拓磨を毒から助ける
代償は忠誠』
「……へぇ」
ぺこぺことするとのでこれまで余った旗を何回か渡してやったりしたが、悪魔の契約が発動したのは今回が初めてである。
誰にも見えない、ヨルだけに現れた表示を見て思わず笑顔に顔を歪ませる。
「お、お願い……」
タクマは毒の抵抗にギリギリ魔力が足りないようだ。
苦しそうにして浅い呼吸を繰り返して、充血した目からは血の涙を流している。
このまま放っておけばタクマは毒に負ける。
「助けてほしいのか?」
ヨルはタクマの肩に手を乗せる。
同い年のはずなのだけど、ヨルの方が背は遥かに高い。
「う、うん……」
「命を助ける代償は軽くないぞ?」
「なんでも……なんでもするよ……死にたく……ない!」
「なんでもする……か。その言葉、忘れるなよ?」
タクマはヨルの目を見上げる。
普段から何を考えているかよく分からない目をしているヨルだが、今はまるで深淵を覗き込んでしまっている気分になる。
手を伸ばしてはいけない。
しかし今は深淵に手を伸ばさねば死んでしまうとタクマの呼吸がさらに荒くなる。
「痛いぞ」
「ぐっ!?」
ヨルがタクマの腹を殴りつける。
毒で弱った体には、毒になりかねない衝撃。
しかしヨルの拳から放たれた魔力がタクマの体に浸透し、ギリギリの抵抗を手助けする。
「ゲホッ……う、あ?」
殴られて呼吸が止まる思いで咳き込むタクマだったが、ふと呼吸が軽くなったことに気づいた。
「今のところお前はあんまり使えなさそうだから……早く使えるようになれよ? じゃなきゃ……契約は不履行になっちまうからな?」
毒をもって毒を制す。
とんでもない毒に手を出した。
タクマはそんな思いでヨルの深淵を覗き込むのであった。




