20激しくなる戦い7
「さてと」
ヨルはもう一本旗を引き抜く。
そしてゴールドラインウルフに切り裂かれて短くなった旗も持って、計三本を手にした。
ようやく頂上に登ってきた子供もいるが、かなり体力的に消耗した様子である。
「血のにおいを嗅いでると、中がレアなステーキが食べたくなるな」
ヨルとレオナが山の縁に立って、どうなっているのか状況を見下ろす。
「へぇ……」
眼前に広がる光景にヨルは思わず声を漏らした。
お腹いっぱいのゴールドラインウルフがゲップでもしているのかと思ったが、子供たちは意外と奮闘していた。
こういう時に頼りになるのは暗天の子供たちだ。
およそ半数が逃げてしまっているが、リーダーシップのある暗天の子供を中心にしてまとまってゴールドラインウルフに対抗している。
すでに一体は倒され、さらにもう一体は姿が見えない。
口を血まみれにした二体と戦っていて、思っていたよりも頑張ってるなというのがヨルの印象だった。
ただ食い荒らされた子供の死体もそこらに転がっている。
十人は死んでいそうだ。
「ギリギリだな」
子供たちにも疲労が見える。
ゴールドラインウルフもボロボロになっているが、勝つか負けるか読めないような感じだった。
「……行かないの?」
レオナが不思議そうにヨルの横顔を眺める。
まだ一番は余裕そうだけど、できるなら早く行った方がいいのは当然である。
「人間になってさ」
「うん」
「一つ思ったことがある」
「んー……それは何?」
「人間は脆弱で、一人じゃ何もできないような奴が多い」
「うん、そうだね」
悪魔と違って人間の弱さは悪魔の時から分かっていたが、改めて人間になってみても痛感した。
「だがあいつらは集まると厄介だ。大悪魔だって暴れすぎると人間にやられてしまうこともあった」
「暴食のバカとかそうだったね」
「逆を言えば上手く人間を集めると、神にも対抗できるのかもしれない」
「……そう、かもね」
「少なくとも、俺とお前の弾除けにはなるかもしれない」
「まあ、それは便利そう」
「だから……」
ヨルは旗を握りしめるとレオナとは逆方向にスイングした。
「ふがっ!?」
そこには一人抜け出して旗を手にして戻ろうとしていた青年がいた。
ヨルの旗が顔面を直撃して後ろに転がっていく。
頭を打ちつけて気絶してしまったのでしばらくは動けない。
「あいつらを助けよう」
これで時間稼ぎはできた。
「悪魔の時から変わらない。人間ってのは困ると助けを求め、悪魔の手も取る。代償を持ってかれてるのに、助けてやると感謝する」
ヨルはこの状況を好機だと捉えていた。
別に積極的に味方作りをするつもりはなかった。
敵になるなら潰せばいい。
仲間面されて周りをうろうろされる方がめんどくさい。
ただ仲間は必要だ。
単独で神を倒せると思うほどヨルも思い上がってはいなかった。
必要なのは手足のように動いてくれてる下僕のような仲間。
普段から恩を売り込むなんてやってられない。
ここはドカンと恩を売るチャンスだ。
「そうだな……あいつにしよう」
ヨルは気絶した青年から旗を奪うと遠くに投げ捨てる。
そして戦う中にいる子供の中で一人に目をつけた。
ヨルが山を降りていき、レオナはついていく。
「ハァハァ……くそ……」
十八番の青年は危機を感じていた。
何人もの仲間たちがゴールドラインウルフによって食われてしまった。
それでも大人が助けに来るような気配はない。
何人も食い荒らして満足した一体はいなくなった。
ヨルに喉を焼かれて山を転げ落ちて少し弱ったゴールドラインウルフは、子供たちの協力で倒された。
残り二体、状況とかなり厳しいと十八番の青年は感じていた。
「……よう、十八番」
「…………六、番?」
ヨルが後ろから十八番の青年の肩を掴んだ。
十八番の青年ら驚いた顔をして振り返る。
「助けてやろうか?」
「なに?」
ヨルは笑みを浮かべる。
一人、逃げ損ねた少年がゴールドラインウルフの爪に胸を切り裂かれた。
「このままだと全滅するぞ?」
静かで落ち着いた声は、周りが騒がしいのに十八番の青年にもよく聞こえた。
実際全滅はしないと思う。
ゴールドラインウルフ一体あたり五人も食えば満足だろう。
遊びで殺すにしても全員をわざわざ殺すとも思えないし、その前にみんな逃げるはずだ。
でもヨルはわざと大袈裟に十八番の青年を揺さぶる。
全滅する。
その言葉はどこかにありながらも、考えないようにとしていたものだった。
改めて言葉に出されたことで、全滅するという可能性が十八番の青年の中に芽生えた。
「お前が望むなら……俺が助けてやってもいいぞ」
十八番の青年はまるで闇の中から話しかけられているような気分になった。
応じてはならない話を持ちかけられていると思うのだが、心に生まれた疑念と不安がヨルの甘言を頭の中でこだまさせていた。
「どうしたら……助けてくれる?」
「分かってるじゃないか?」
タダで助けてもらうなんてことはないと理解する頭があるのは良いことだ、とヨルは笑みを歪ませる。
「俺に従ってもらうぞ? 今後……俺が助けたお前の命は俺のものだ」
『悪魔の契約
求めるは高野陽を助ける
代償は忠誠』
ヨルの視界の端に表示が浮かぶ。
それは、十八番の青年が自然と悪魔の手を取ることを決めたと現したものだった。




