19激しくなる戦い6
「来いよ。犬っころ」
ゴールドラインウルフが吠える。
「……耳がピリピリするな」
ただの咆哮ではない。
魔力が込められていて、耳に違和感を感じる。
体を魔力で覆っていなければ、瞬間的に硬直してしまっていたかもしれない。
「ただ、うるせえな」
何かの効果があったのかもしれないが、ヨルとレオナには通じない。
「来ないならこっちから行くぞ!」
ヨルは旗を槍のように投げ飛ばす。
投げた後すぐさま近くにあった別の旗を手に取り、十八番と戦った時のように二本の槍をそれぞれの手に持って走り出す。
ゴールドラインウルフは飛んでくる槍をかわし、向かってくるヨルに飛びかかる。
「チッ!」
前足を振り下ろしてきて、ヨルは旗で防ごうとした。
しかし鋭い爪が旗を輪切りにしてしまう。
「くっ……舐めるなよ!」
ゴールドラインウルフが、ヨルを食おうと大きく口を開けて迫る。
ヨルは横に飛んで旗で頭を殴り飛ばす。
一瞬ぐらっとゴールドラインウルフの体が揺れるけれども、旗で殴っただけで倒すのは厳しそうな手ごたえだった。
対して殴りつけた旗の方は少し曲がってしまった。
「こちらにもいますからね」
もちろんレオナがヨルを見捨てて逃げるようなことはしない。
ヨルに迫る間に回り込んでいたレオナは、ゴールドラインウルフの脇腹に旗を突き刺す。
わずかに苦悶の声を漏らしながらも、ゴールドラインウルフは体を回転させてレオナに前足を振り下ろした。
「こうして一緒に戦うのも……久しぶりね」
飛び退いて攻撃をかわし、旗の先についた血を指で拭い取って舐める。
戦いの高揚感を覚えて、レオナは興奮を感じていた。
「最後に一緒に戦ったのは……何百年前だ?」
「さあ……クイーンが私たちを試そうとした時かしら」
ヨルとレオナは連携をとって戦う。
人の体、互いに能力は悪魔の時と比べるまでもなく、全く状況は違う。
しかし長いこと一緒にいたのだから互いにどう動くのかはなんとなく分かる。
魔力は少なくともヨルの身体能力は高い。
恐れを知らぬヨルは少しでも擦れば肉体をズタズタに引き裂くだろう爪が眼前を通り過ぎたとしても、ほんの少しの動揺もない。
あまりにもギリギリでかわすために、ゴールドラインウルフの攻撃によって巻き起こる風圧が皮膚を切り裂こうとしていると感じる。
「……やっぱり一撃、決めるしかないか」
旗で殴り飛ばしてもゴールドラインウルフにはほとんど効いていない。
突き刺してダメージを与えようにも、深く突き刺される前に反撃してくる。
ヨルは攻撃力も速度も足りていないと舌打ちしたい気分になった。
「レオナ、なんか手はないか?」
「もちろんあるよ」
「おっ、じゃあ頼む」
ゴールドラインウルフの動きも読めてきた。
今の段階で攻撃を喰らう気はしないが、ヨルにも体力ってものがある。
このまま遊び続けているとヨルたちの方が危険になってしまう。
他のゴールドラインウルフが合流してきたら、それこそ危機的な状態になってしまうので、まだ余裕があるうちに倒してしまいたかった。
だんだんと手足につけたウェイトも煩わしく感じられてきた。
「少し私のこと守って」
「分かった」
ヨルはゴールドラインウルフの目を引くように前に出る。
「ふぅ……」
レオナは長く息を吐き出す。
魔力に意識を集中させ、ゆっくりと体の中を巡らせていく。
「……なんだ?」
ゴールドラインウルフと戦うヨルは、吐き出す息が白くなることに気づいた。
別に暑い季節ではないが、山の頂上であっても寒いこともなかったのに急激に気温が下がってきた。
「あれは……」
ゴールドラインウルフの攻撃をかわしながらレオナの様子をチラリと確認する。
風もないのにフワリと広がって浮き上がるレオナの髪が、白く染まっている。
レオナの足元の地面は凍りつき、非常に冷たい魔力を放っていた。
「ヨル、いくよ!」
レオナの手から旗が浮かぶ。
透明な氷が旗を覆っていき、大きな氷のツララとなる。
「食らいなさい!」
レオナが槍を投げるように目を動かすと、ツララがゴールドラインウルフに向かって飛んでいく。
「動くな、バカタレ」
ゴールドラインウルフだってバカじゃない。
レオナの冷たい魔力を感じ取って飛んでくるツララのことを見た。
このままだったらかわされる。
そう思ったヨルはゴールドラインウルフに取り掛かった。
「止まれ……」
ヨルの奥の手を出す。
時計の針の音がして、ゴールドラインウルフの動きが止まる。
いや、今この世界で動いているのはヨルだけだった。
レオナもツララも止まっている。
これじゃあ結局ツララは当たらない。
だから、ヨルはゴールドラインウルフの目に旗をブッ刺した。
「……なに?」
時が動き出す。
レオナにもゴールドラインウルフの目に突然旗が突き刺さったように見えた。
ゴールドラインウルフも急に片目が見えなくなったばかりか、ひどい痛みを感じて怯む。
もはやツララを気にしているどころの騒ぎではなかった。
「何をしたの?」
「俺にも奥の手があるんだ」
ツララがゴールドラインウルフに突き刺さる。
大きなツララはそのままゴールドラインウルフを吹き飛ばし、山の頂上を転がっていく。
「狙うなら他のガキにしときゃよかったのにな」
レオナが放ったツララにヒビが走り、粉々に割れる。
首元にツララは深く突き刺さって、ゴールドラインウルフはひどく出血していた。
「かわいそうに……今楽にしてやるからな」
特にかわいそうとも思っていないような声色でゴールドラインウルフのことを見下ろす。
鼻に足をかけ、目に突き刺した旗を抜き取る。
「じゃあな。楽しかったぞ」
ヨルは引き抜いた旗をゴールドラインウルフの目に再び突き刺す。
一回目よりも旗は深々と突き刺さり、ゴールドラインウルフの体がブルブルと震える。
痙攣するゴールドラインウルフの力がだんだんと弱くなり、デロンと舌を出して動かなくなる。
「よし、一番取りに行くか」
血まみれの旗を肩に担ぎ、ヨルは振り返る。
命をかけた戦いをしたとも思えないようにひょうひょうとした態度であった。




