2あくまでも、元悪魔です1
小学校、クソ喰らえ。
周りにいる能天気なガキどもに囲まれると、そんな文句の一つも言いたくなる。
「おい、ヨル、帰ろうぜ!」
「ああそうだな。ここにいたら気が狂いそうだ」
かつて魔王の一柱とも呼ばれる大悪魔クイーンの寵愛を受け、魔王も目前だったと言われていた悪魔ヨルビノシュは人間になっていた。
「ただその前に……」
艶やかな黒い髪に一房だけ白い髪が混ざっている。
闇夜に浮かぶ月のようだと誰かが言ったところからヨルという人間の名前を与えられた。
小学六年生にしては背が高く、顔も周りの目を引くぐらいに整っている。
ただ悪い男の顔をしている。
それは当然、中身は悪魔だった男なのだから。
「あっ……」
女の子が手をぶつけて消しゴムを落とす。
「ほらよ」
「あれ? あ、ありがとう」
いつの間にかヨルが机の横にいて、その手には消しゴムが握られていた。
真横にヨルがいただろうか。
そんなことを思いながらも女の子は机に置かれた消しゴムのことを見る。
まるでほんの少しだけ時が止まったかのようだった。
けれども女の子はヨルの横顔に見惚れていて何も気づいていない。
いや、その場にいた誰も何が起きたのか分かっていなかった。
ヨルを除いては。
「よう、タケオ」
ヨルはバンと机に手をつく。
席に座っていた小太りの少年はビクッと体を震わせた。
「な、なんだよ、ヨル?」
まだ声変わりもしていないタケオの高い声が上擦っている。
「お前、今日の小テストでズルしたろ?」
ヨルは背を丸め、タケオの顔を覗き込む。
同じような黒い瞳なのに、ヨルの目はどこまでも深い闇のようで見つめられるとタケオは心の中まで覗かれている気持ちになった。
「な、なんの話だよ?」
タケオの目が泳ぐ。
嘘をつくならもっと堂々とすればいいのにとヨルは思う。
「おい、俺に嘘つくなよ? ガキの嘘なんて、見抜くのは簡単なんだ」
タケオの肩を掴むと、跳ね上がりそうに驚かれる。
そんなに暑くもないのに額から汗を噴き出させ、相変わらず目はどこかに行ってしまいそうなほどに泳ぎ続けている。
「ななな、何が、目的?」
こんな答え、ほとんど自白したも同然。
ヨルは悪そうにニヤリと笑った。
「アーティファクト、だろ? そいつを俺によこせよ」
ヨルはタケオの前に手を差し出す。
「そ、そんなことできないよ! この間の誕生日に買ってもらったんだ!」
「みみっちいアーティファクト一つで何言ってんだ? 一時的に記憶を上げる力でもあるんだろ?」
「うっ……」
「どうせ中学上がればテスト前に検査されんだからすぐに使えなくなるだろ。黙っててやるからさ。アーティファクトばっか使って記憶力が衰えたら大変だろ? 賢く、考えろよ?」
側から見たら同級生というより先輩と後輩のように見える。
「…………うぅ」
タケオはテストでズルをした一時的に記憶力を上げるアーティファクトを使って、問題集の内容を丸覚えして挑んだのだ。
ヨルはそのことに気づいていた。
「おい、何してる!」
「……チッ!」
あと少しでタケオが陥落する。
そんな時に邪魔者がやってきて、ヨルは盛大に舌打ちしてしまう。
「よう、ジャスティス」
「俺はセイギだよ!」
ヨルとは対照的に、背が低くツンケンとした髪の毛の少年がヨルに食ってかかる。
同年代にしては背が高く、子供とは思えない威圧感があるヨルにも怯まない珍しい気質の持ち主は八百万正義という。
正義という名前からジャスティスなんてあだ名で呼ばれたりしている。
何かとヨルに突っかかってくる奴だった。
「何の用だ?」
「またお前、人を脅してるな!」
セイギはヨルに指を突きつける。
「違う、ただの交渉だよ。俺はタダで脅したりなんかしないさ」
「何を交渉してんだ?」
「いいのか、それを聞いて?」
「なんだと?」
「こいつがしていたのは悪いことだ」
ヨルは親指でタケオを指す。
大人しく椅子に座ったままのタケオは、相変わらずひどく汗をかいている。
「俺はまだ悪いことしてないけど、俺が何しようとしていたのか聞けば悪いのはタケオになるぞ?」
「……ならタケオも先生に怒られるべきだ!」
融通がきかないガキだなと思いながらヨルはため息を漏らしてしまう。
「どうするタケオ? 俺は誰にもいうつもりはない。取引だ。黙っててやる」
ヨルはタケオの首に腕を回す。
そもそもズルなんてするから悪いのだ。
「そんなことしないで、悪魔にでも願えばいい。片目ぐらいあれば記憶力ぐらい上げてもらえるぞ?」
「そ、そんなこと……」
「今あいつが騒いだらきっと持ち物検査だ。バレるぞ? 俺が証拠消してやる」
悪魔のような甘い囁き。
むしろセイギが来たのは助けだったのかもしれない。
「…………おい、何をコソコソ話してるんだ! タケオ! お前何を……」
『緊急のお知らせです』
セイギが険しい顔をしてヨルとタケオに詰め寄った。
その時、学校中に放送が流れた。
『学区内にゲートが発生しました。校内に残っている生徒は速やかに帰宅してください。もう一度繰り返します……』
「帰れだとさ……しょうがないか」
ヨルはため息をつく。
元々強い悪魔でも今は貧弱極まりない人間の身だ。
モンスターに襲われれば一発で死んでしまうかもしれない。
「俺は死ねないからな。目的を果たすため……神どもの首を並べて……全員で笑ってやるんだよ」
ルールなんてどうでもいいし、学校の言うことを聞くようなつもりもない。
しかし今は悪魔の時には気にしたことがなかった命とやらを、何よりも優先しなきゃいけない。
子供の身であることに、苛立ちに近いもどかしさを覚えずにいられなかった。
「そのためには……アーティファクトが必要なんだけどな」
ヨルは教科書の入っていないスカスカのリュックを掴んで教室を出ていく。
タケオやセイギとの騒ぎなど、まるでなかったかのような振る舞いだった。




