第七章 魔導機関車 再起動
機関車の試運転は連日続いた。
俺は朝から晩まで運転台と整備場を行き来し
ガルドはレールの調整に明け暮れた。
カイレンは商業ギルドで初運行の貨物契約をまとめ
ティアリスは魔石への祈りを毎日繰り返した。
「クロノ・エクスプレス号」
機関車にカイレンが勝手にそう名を付けた。
「時を駆ける急行って意味ね。カッコよくない」
「カッコいいかどうかは別として名前があったほうが運用は楽だ」
俺はそう答えた。
試運転には予想外の発見が多かった。
まず
線路は思った以上に生きていた。
千年放置されたとは思えないほど
レールの摩耗は少ない。
古代の合金技術は今より優れていた可能性がある。
次に
魔石の燃料消費が小さかった。
魔石一個で
クロノ・エクスプレス号は二十里走った。
二十里というのは
俺の世界で言えば百キロ近い距離だ。
「燃料効率がいい」
俺は手帳に書きつけた。
ガルドが横から覗き込んだ。
「兄ちゃん。ワシらは魔石を結界とか灯火に使うがこんなデカい鉄を走らせる発想はなかった。古代人ってのは凄かったんじゃのう」
三日目の試運転で
俺たちは初の長距離試走を行った。
セルヴァン旧分岐駅から
夜越え山脈の入口まで。
距離およそ十二里。
所要時間四十分。
馬車なら半日かかる距離だ。
ティアリスは助手台に立ち
祈りを途切れさせないように集中していた。
カイレンは貨車に試験用の小麦袋を積み込んでいる。
ガルドはブレーキの最終調整をしている。
俺はマスコンを握り
速度計に視線を落とした。
最高速度。
時速六十キロ相当。
地味な数字に見えるかもしれない。
しかしこの世界の馬車は時速十キロも出ない。
それと比べれば六倍だ。
「出発進行」
俺は指差喚呼で確認した。
「信号 よし動力 よしブレーキ よし発車 よし」
機関車が滑るように動き出した。
山脈の入口まで線路はおおむね健全だった。
途中に二箇所
継ぎ目の劣化区間があったが
ガルドが事前に補修している。
俺は窓から外を見た。
草原が後ろへ流れる。
川が一瞬で過ぎる。
馬車では半日の景色が
四十分でほどけていく。
「気持ちいいなあ」
カイレンが助手席の窓に頬を寄せた。
「あたしさこんなにスピード出る乗り物初めて」
「これは序の口だ」
俺は微笑んだ。
「ダイヤを組んで複数本走らせればこのスピードはもっと意味を持つようになる」
山脈の入口に到着した。
俺たちは機関車を一旦停止させ
線路の状態を点検した。
ここから先は復旧されていない区間が多い。
ガルドが今後二週間で本格復旧する予定だ。
「ねえ真也」
カイレンが俺の隣にしゃがんで言った。
「あんたこっちの世界に来てから不思議そうな顔全然してないよね」
「そうか」
「不思議じゃないの家族とか故郷とか」
俺は黙ってレールを撫でた。
「不思議だ。ただ仕事してると考えなくて済む」
カイレンは少し笑った。
「分かるかも。あたしもギルドの仕事してる時だけは自分が無能じゃないって思える」
俺は彼女の横顔を見た。
二十四歳。
若くしてギルド支部長になった切れ者。
それでも
自分を無能と感じる時があるのか。
人は皆
何かを背負っているのだろう。
帰路。
セルヴァンに戻る途中
最初の異変が起きた。
突然
空気の色が変わった。
茜色の夕焼けが
歪んだ紫色に滲んだ。
機関車のメーターが揺れた。
「速度が落ちてる動力は正常なのに」
俺は窓の外を見た。
線路の脇の岩が
波打つように揺らいでいる。
「裂世」
ティアリスが小さく叫んだ。
「裂世の災厄です夕暮れに来るとは」
俺は咄嗟に判断した。
「全速力で抜ける」
「真也無理だよ」
「無理じゃない。災厄は時間の歪み。鉄路の運行下では弱まる。お前が言ったんだろうティアリス」
「はい、ですが」
「ダイヤを守れ。定時で抜ければ通れる」
俺はマスコンを最大まで進めた。
機関車は唸った。
風が車体を叩く。
窓の外の岩が歪み
山肌が斜めに割れていく。
俺は速度計を見続けた。
時速六十。
七十。
八十。
魔導機関車の限界速度を超えていた。
ティアリスの祈りが激しさを増す。
カイレンが運転台の手すりに掴まり目を見開く。
ガルドは黙って俺の隣に立っている。
歪んだ空気の中で
クロノ・エクスプレス号は光に包まれた。
魔石が眩しく輝き
車体全体が琥珀色の光を放つ。
線路の継ぎ目から光が走り
進行方向の岩盤が一瞬で形を取り戻した。
裂世の歪みが
鉄路の走行する一帯だけ
急速に収束していく。
「世界の歯車が回り直してる」
ティアリスが涙声で呟いた。
俺たちはセルヴァン側の安全圏に飛び込んだ。
機関車は緩やかに減速し
旧分岐駅のホームで停まった。
俺は運転台に座り込んだ。
汗で背中がびっしょりだ。
手が震えていた。
カイレンが俺の肩を強く叩いた。
「真也あんた最高だ」
ガルドが顎髭を撫でた。
「兄ちゃん。お前のおかげでワシは親父に顔向けできるようになったぞ」
ティアリスは膝をつき
そっと俺の手を取った。
「あなたは世界を救うかもしれません」
俺は彼女の言葉に首を振った。
「俺はただ定時運行を守っただけです」
その夜
旧分岐駅の周囲では
祝杯の炎が朝まで絶えなかった。
俺はその輪に加わらず
業務手帳を開いて
今日の運行記録を書き付けていた。
そして
気付かなかった。
街の中心部
聖典教会の支部の窓に
黒い影が立ち並んでいたことを。




