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定刻、指令員が異世界転生してダイヤで滅びゆく世界を救って終電で帰る  作者: もしものべりすと


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第六章 セルヴァンの夜行便

朝の会議は紛糾していた。


ギルド本部の大広間。

長卓を囲むのは

セルヴァンの旧家

有力商人

そしてカイレン。


俺はその端の席に座っていた。

ティアリスは俺の隣で身を縮めている。


「鉄路を使うだと気でも狂ったのかカイレン」


最初に吠えたのは旧家の老人。

白い髭を震わせて目を剥いている。


「祖父の代から鉄路は触ってはならぬと申し付けてある。あれは呪われた装置だ」


「呪われてなんかいません」


カイレンは机に身を乗り出した。


「呪いだと信じてるから何も変わらないんでしょ。あたしは試してみたい。たった一回。それで駄目なら諦める。どうですか」


老人は鼻を鳴らした。


「一回でも触れれば災いが来るわ」


俺はそこで顔を上げた。


「失礼します」


低く呟いた。


長卓の視線が一斉に俺へ向く。


「俺は外から来た者です。皆さんの常識に反論する立場ではありません。ただ一つだけ聞かせてください」


俺は手元の業務手帳を開いた。


「過去十年で夜越え山脈の南ルートで失われた隊商の数と損害の総額を教えていただけますか」


商業ギルドの記録係が即座に答えた。


「失われた隊商は四十二死亡者は百九十名損害総額は金貨換算で六万二千枚です」


長卓に沈黙が落ちた。


俺は業務手帳に淡々と数字を書き付ける。


「鉄路を使った場合の試算ですが夜越え山脈通過時間は二時間。災厄遭遇率は経験的に十分の一以下。仮に一回の往復で金貨百枚の物資を運ぶとすれば年間百往復で金貨一万枚。十年で十万枚です」


俺は紙を長卓の中央に置いた。


「呪いを恐れて失ったのは人命と金貨六万枚。鉄路を使って得られるのは金貨十万枚。差し引きで皆さんはどちらを選びますか」




旧家の老人は紙を凝視した。


商人の一人がぽつりと呟いた。


「数字で言われると返す言葉がないな」


別の商人も頷く。


「鉄路の呪いというが近年は鉄路に触れていない場所でも土地は崩れている。むしろ崩れる頻度は増している」


「我々の祖父の代の前提がそもそも正しかったのか」


長卓の空気が変わった。


カイレンが口元を綻ばせて俺の方を見る。

ティアリスは祈るように両手を握っている。


俺は何も言わなかった。


ただ業務手帳の余白に

小さくダイヤ図を引いた。




長卓の議論は一刻ほど続いた。


最後に旧家の老人が立ち上がった。


「一度だけだ。一度だけ鉄路の使用を認めよう。ただし一人でも死人が出たら廃止だ」


「ありがとうございます」


カイレンが深々と頭を下げた。


俺もそれに合わせて頭を下げた。




会議の後

俺はカイレンに連れられて旧分岐駅へ向かった。


馬車で半日。

そこに眠っているのが

あの魔導機関車だった。


「これを動かすって本気本気本気」


カイレンは三回言った。


「動かすって決めたんだろう」


「言ったよ言ったけどこんなデカいの動かす経験ない」


「それは俺もない」


俺は機関車の前で腕を組んだ。


「だから、人を集める。ドワーフの鍛冶師だったな」


「いるよ。街外れの工房にガルドってじいさんが」


「会わせてくれ」




ガルドの工房は

セルヴァンの東端にあった。


煙突から黒い煙が立ち昇り

中から鎚を打つ規則的な音が響いている。


カイレンが扉を叩いた。


「ガルド爺。お客連れてきたよ」


中から太い声が返ってきた。


「煩い仕事中じゃ」


「だから、お客なんだって」


カイレンは構わず扉を開けた。


工房の真ん中に

小柄な男が背を丸めて鎚を振っていた。


肩幅は俺の倍。

腕は丸太のよう。

顎髭は鎖のように編み込まれている。


ドワーフだった。


俺が初めて見るドワーフ。




「何の用じゃ商人女」


ガルドは振り向きもせず吠えた。


「魔導機関車を直したいんだけど」


工房の音が止まった。


ガルドはゆっくりと振り向いた。


赤い瞳が俺を射抜く。


「お前今なんと言った」


「魔導機関車を直したい」


カイレンは平然と繰り返した。


ガルドは鎚を置いた。


俺の方をじっと見た。




「兄ちゃん。お前あの機械を見たのか」


「ええ。旧分岐駅の構内に放置されている個体です。状態は思ったよりいい。主軸の錆を落としブレーキを再構成し動力源を起動できれば走らせられるはずです」


ガルドの顎髭が震えた。


「ワシの親父が一生かかって調べた機械じゃ。親父は最後まで動かせなかった。ワシも諦めて鍛冶屋になった」


俺は黙って業務手帳を開き

昨日書いた点検記録を見せた。


軌間

継ぎ目

バラスト

動力源候補

台枠歪みなし


ガルドは紙を覗き込み

やがて低く呻いた。


「お前ワシの親父の遺した手帳と同じことを書いとるぞ」


「そうですか」


「いや待て」


ガルドは奥の棚から古い革表紙の冊子を取り出した。


ページを開く。


そこには走り書きで

俺の業務手帳と同じ項目が並んでいた。


ガルドは冊子を閉じ

深く息を吐いた。


「兄ちゃん。お前は何者じゃ」


「ただの指令員ですよ」


「シレイインなぞ知らんわ」


ガルドは大笑いした。




数日後。


俺たちは旧分岐駅にいた。


機関車を取り囲んでいるのは

ティアリス

カイレン

ガルド

そしてガルドが集めた工房の弟子たち五人。


工具

潤滑油

研磨砥石

予備部品。


ガルドが手配したものはすべて揃っていた。


「では始めます」


俺は宣言した。


「指差喚呼を徹底してください。小さな確認の積み重ねが大きな事故を防ぎます」


弟子たちが顔を見合わせる。


「シサカンコ」


俺は実演した。


主軸を指差し

声に出す。


「主軸 錆あり 研磨開始 よし」


弟子の一人が真似をした。


「主軸 錆あり 研磨開始 よし」


別の弟子も続いた。


「ブレーキ機構 動作確認開始 よし」


ガルドが頷いた。


「悪くないやり方じゃ。仕事に間違いがなくなる」




三日後。


機関車の主軸が銀色に光るまで磨かれた。


ブレーキ機構は油を差され滑らかに動く。

車輪は回転試験をクリア。


残る問題は動力源だった。




胴体の結晶。


これが何なのか

俺にも分からない。


「魔石です」


ティアリスが言った。


「古代の魔石は時辰の祈りで起動します」


「祈り俺にはできない」


「私が祈ります」


ティアリスは機関車の前に膝をついた。


両手を胸に当て

古代の言葉らしき祈りを呟き始めた。


その瞬間

胴体の結晶が淡い光を放った。


ゆっくりと脈打つように光が広がる。


「動いてる」


カイレンが叫んだ。


ガルドも顔を上げた。


「親父お前が見たかった景色はこれじゃろうな」


ガルドの顎髭が震えていた。


俺は運転台に上った。




運転台の構造は

俺の知る電車運転台とよく似ていた。


マスコン。

ブレーキ弁。

速度計。

信号表示。


文字こそ古代文字だが

配置は普遍的だ。


俺は深呼吸した。


「動力よしブレーキよし信号 代用赤旗 よし」


俺はマスコンを少しだけ進めた。


機関車が低く唸った。


地響き。


巨体が動き始めた。




十メートル。

二十メートル。

五十メートル。


線路の上を

千年眠っていた鉄塊が走った。


弟子たちが声を上げた。

カイレンが飛び跳ねた。


ティアリスは祭壇の前で泣いていた。


ガルドはただ立ち尽くし

何度も鼻を啜っていた。




俺は運転台から降りた。


ガルドが大股で歩いてきて

俺の手を両手で握った。


「兄ちゃん。お前ただ者じゃないな。ワシの親父が一生憧れた時の技師そのものじゃ」


俺は照れた。


「いえ、ただの定期検査をしただけです」


「定期検査でこれが動くか馬鹿者」


ガルドは大笑いした。


俺は気恥ずかしくて目を逸らした。


その時

俺は気付かなかった。


旧分岐駅の崖の上から

黒い長衣の男たちが

こちらをじっと見下ろしていたことを。




機関車の試運転成功の噂は

その日のうちにセルヴァンの街を駆け巡った。


ギルド本部の前。

朝市の通り。

酒場のカウンター。


街のあちこちで

俺たちの名前が囁かれていた。




「鉄路嫌いだった親父が今日は鉄路の話ばっかしてるよ」


朝市の野菜売りの娘が

カイレンに耳打ちした。


「うちの工房の親方もこれで仕事が増えるって喜んでた」


別の若い職人も口を挟む。


カイレンはこういう噂を逐一拾い

俺に報告した。


「真也街の空気が変わってる」


「そうか」


「うん。あんたが現れる前は皆鉄路を呪いだって思ってた。それが今日一日で変わった」


「俺じゃない。皆が変わったんだ」


「そう言うあんたが好きだよ」


カイレンは小さく舌を出した。




俺たちはギルド本部の二階に集まっていた。


ガルド

カイレン

ティアリス

そして商業ギルドの幹部たち。


机の上には

俺が描いた今後の運行計画案。


セルヴァン

ヴァランツ

そしてさらにその先の都市群を結ぶ線。


「ねえ真也これって一週間で全線開通するの」


カイレン支部長の補佐

若い男が目を瞠った。


「無理。最低でも半年はかかる。ガルドさんが工房に追加職人を入れて弟子を二十人増やしたとしても線路の補修だけで三か月」


「半年で完成なんて十分速いっす」


「速さじゃない。正確さが大事」


俺はそう答えた。


「速くて雑な工事をすると脱線横転追突。一度の事故で全路線が止まる。半年で完成かつ事故ゼロこれが俺の理想だ」




幹部の一人が腕を組み唸った。


「商業の話で恐縮ですが事故ゼロの輸送網が成立した場合我々のギルドの収益はどれくらい伸びる試算ですか」


俺は紙に簡単な式を書いた。


「複利って言葉知ってますか」


「フクリ聞いたことはありますが意味は」


「貸金の利息にさらに利息がかかる仕組み。一年で十パーセントの利息なら二年目は元金プラス利息にさらに十パーセントが乗る」


幹部の目が一瞬で広がった。


「鉄道の収益も同じ構造です。セルヴァンとヴァランツ間で得た利益が新規路線の建設費に回り新規路線が新たな利益を生みそれがまた次の路線へ。複利的に増え続ける。五年で利益は十五倍十年で五十倍以上です」


「ご五十倍ですと」


幹部はかすれた声で繰り返した。


部下の補佐が手元で計算を始める。


「いや待ってタカギさんの数字本当に合うぞ。過去の交易データに当てはめてみたらピタリ一致する」


部屋がざわめいた。


「これは革命だ」


幹部が呟いた。


「タカギ殿。あなたがいなければ我々のギルドは十年で消えていた可能性がある」


俺は黙って業務手帳をめくった。


褒められると胸の奥がざらつく。

そんな感覚は前と同じだった。


でも

以前と違うのは

それが嬉しいざらつきだったということ。




夜遅く

カイレンが酒場に俺を連れ出した。


セルヴァンの繁華街。

古い木造の酒場。

中はガヤガヤとした人の声で満ちていた。


俺たちが入った瞬間

店中の視線が集まった。


そして

店内の客の一人が

俺を見て立ち上がった。


「あんたがタカギ殿か」


赤ら顔の中年男。

革のチョッキを着ている。


「先日夜越え山脈で奇跡を起こしたという」


「奇跡じゃないですよ」


「いや奇跡だ」


中年男は俺の前に立ち

深々と頭を下げた。


「俺は隊商の隊長をやってる。今まで山脈の南ルートで仲間を四人失った。あれは生きて帰る道じゃなかった。あんたが鉄路を動かしてくれたおかげでこれからは仲間を失わずに済む。本当にありがとう」


俺は何も言えなかった。




店内の客たちが次々に立ち上がった。


「俺は北方の塩商人だ。タカギ殿のおかげで塩の流通が早くなれば塩漬けにできなかった魚も内陸まで届けられる」


「俺は薬師だ。急患の薬の輸送が早くなれば助かる命が増える」


「タカギ殿。に乾杯」


誰かが酒杯を掲げた。


店内の全員が立ち上がり

俺に向かって杯を掲げた。


「タカギ殿。に乾杯」

「鉄路の英雄に」

「セルヴァンの未来に」


俺は固まった。


カイレンが俺の肩を肘でつついた。


「真也何か言いなよ」


「何を」


「適当でいい」


俺は仕方なく立ち上がった。


「あの……」


声が小さく出た。


「俺は俺はただの指令員です。鉄路を回しているのは皆さんです。皆さん自身です」


俺はそこで言葉を詰まらせた。


そして

何か熱いものが

胸の奥から込み上げてきた。


「皆さんのためにダイヤを引き続けます。皆さんの一日が定刻通りに動くように。それだけです。それしかできません。でもそれをやり続けます」


俺は座った。


酒場の中で

拍手が起きた。


最初は遠慮がちに。

やがて

天井の梁が震えるほどの拍手と歓声に変わった。


カイレンは目を擦っていた。


俺は卓上に視線を落とした。


杯の中の酒が

じわりと滲んで見えた。

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