第五章 線路は続く
セルヴァンの街は
丘陵に囲まれた商業都市だった。
石造りの家々。
朝市の喧騒。
飛び交う商人の声。
街の入口の門には
鉄の紋章が描かれていた。
歯車のような形。
しかしよく見ると
真ん中に大きな赤いバツ印が刻まれている。
「鉄路嫌いの紋章です」
ティアリスが小声で説明した。
「セルヴァンの旧家はかつての鉄道路線を呪われた遺物として扱っています。街の議会も鉄路使用を禁止しています」
「面倒だな」
俺は溜息をついた。
ここで暮らしながら鉄路を復活させるのは
かなりの抵抗があるだろう。
市場の一角で俺たちは足を止めた。
果物の山。
干し肉。
革製品。
香辛料。
匂いが渦巻いている。
そこに
ひと際大きな声が響いていた。
「だから、言ってるじゃん。今月の隊商三回連続で襲われてるって」
栗色の髪を束ねた若い女が
腰に手を当てて吠えている。
二十代前半に見えた。
「夜越え山脈の南ルートは完全に裂世の被害地帯。昼でも危ない。このままじゃ商業ギルド傾くよ」
ギルド員らしき男たちが項垂れている。
俺は思わず近づいた。
「ちょっと聞いていいか」
女がこっちを振り向いた。
「あ 誰よあんた」
「旅人だ。夜越え山脈に古い鉄路は通ってないか」
女の眉が跳ね上がった。
「は鉄路あんなの呪いの遺物だよ」
「呪いじゃない」
俺は静かに言った。
「鉄路を使えば夜越え山脈を二時間で抜けられる。裂世の災厄は鉄路の運行下では弱まる」
女は一瞬絶句した。
「あんた 何言ってんの」
「試して損はないだろう」
ティアリスが後ろから補足した。
「彼は運行を読める方です」
女は彼女の祭服を見て目を細めた。
「巫女様うーん」
しばらく俺の顔をじっと見つめてから
彼女はにっと笑った。
「あたしカイレン。商業ギルドのセルヴァン支部長。面白そうじゃん。詳しく聞かせて」
俺はカイレンと並んで歩き出した。
カイレンは早口でしゃべる。
身振り手振りが大きい。
そして頭の回転がとんでもなく速い。
「複利複利って何。そうそれ詳しく」
「分業のメリットあーそれあたしも何となく感じてた」
「待って待ってじゃあ夜間貨物を一本走らせるだけでギルドの収益がどう変わるって」
俺は紙に図を描いた。
ダイヤ図。
収益計算。
リスク評価。
カイレンは紙を覗き込み
やがてゆっくりと顔を上げた。
「ねえあんた。本気で言ってる」
「ああ」
「これさできたら歴史変わるよ。セルヴァンどころか大陸経済が変わる」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないって」
カイレンは紙を握り締めた。
「あたし 乗った。あんたに賭ける」
市場の真ん中で立ち止まったまま
俺たちは握手をした。
カイレンの手は温かかった。
俺はようやく
自分が誰かに必要とされていることを思い出した。
「ところであんた名前は」
「高架真也だ」
「タカギ・シンヤ。変な名前」
「そっちもな」
俺たちは笑った。
ティアリスがその様子を見て
小さく口元を綻ばせた。
その夜
俺たちはギルド本部の二階に泊まった。
カイレンは下で街の長老や有力商人を呼び集めている。
朝までに鉄路復活の根回しを終えるつもりらしい。
ティアリスは窓辺に座って空を見ていた。
「真也さん」
「ん」
「あなたはここに導かれてきたのかもしれません」
俺は苦笑した。
「導かれたんじゃない。落っこちただけだ」
「同じことです」
ティアリスは振り向き
静かに微笑んだ。
「世界はあなたを待っていたのです」
遠くで月が
また一つ
わずかに欠けた。
夜は静かに更けていく。
俺は業務手帳を開き
明日からの作戦を書き始めた。
一行目に書いたのは
こうだ。
セルヴァン発 夜行貨物便 設定検討開始
俺の仕事が
始まろうとしていた。




