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定刻、指令員が異世界転生してダイヤで滅びゆく世界を救って終電で帰る  作者: もしものべりすと


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第三章 失われた線路

翌朝。


俺たちは廃駅の片隅で焚き火を囲んでいた。


火の番をするのはティアリス。

俺は彼女が広げた古い羊皮紙を覗き込んでいた。




羊皮紙には複雑な図が描かれていた。


縦軸に文字。

横軸に目盛り。

斜めに走る無数の線。


線には色がついている。

緑。


俺は息を止めた。




「これは」


「始原のダイヤと呼ばれているものの断片です」


ティアリスが囁いた。


「千年前。アル=ディアグラ王国は大陸全土に鉄路を敷き全ての列車をこの図で運行管理していました。時刻が揃うことで世界の歯車が回っていたのです。しかし王国は滅び鉄路は止まりダイヤを読める者は誰もいなくなりました」


俺は羊皮紙の線を指でなぞった。


これは

俺たちが毎日描いている図だ。


縦軸が駅。

横軸が時刻。

斜めの線は列車。


赤は急行。

青は普通。

緑はおそらく貨物。




「読めるのですか」


ティアリスが問いかけた。


俺は思わず頷いていた。


「読める。これは俺の仕事だ」


ティアリスの瞳が震えた。


「あなたは」


彼女は両手で口を覆い

涙を浮かべた。


「神の使いですか」


俺は焦った。


「いや 違う。俺はただの指令員だ」


シレイイン。


ティアリスはその言葉を口の中で繰り返した。




廃駅の柱の影から物音がした。


俺は反射的にティアリスを背後に庇った。


現れたのは

黒い長衣を纏った男だった。


腰に細身の剣を提げている。


「巫女候補ティアリスを引き渡せ」


低い声。


「貴様 何者だ」


男は剣を抜いた。


「聖典教会異端審問団 第七位カスティラに連なる者だ」


ティアリスが小さく息を呑んだ。




俺は丸腰だった。


しかし業務手帳と鉛筆は持っている。

それと

頭の中のダイヤがある。


廃駅の構造を一瞬で見回した。


崩れた柱。

傾いたホーム。

転がる枕木。


どこを退路に使うか。

どこに敵を誘導するか。


頭の中で図が引かれた。




「ティアリス。俺の合図で右に走れ」


俺は小声で言った。


「合図は指差喚呼だ」


「し し」


「短く言う。ただそれだけだ」


審問官の男が一歩前に出た。


「観念しろ」


「右 よし」


俺は柱を指差し

声に出した。


ティアリスは弾かれたように右へ走った。

俺はその逆

左へ駆け

枕木を蹴り上げて男の目に向ける。


男が怯んだ瞬間

俺はティアリスを追って廃駅から飛び出した。




森の中まで逃げた。


ティアリスは膝に手をついて荒い息を吐いた。

俺も汗だくだった。


「あの男 生きてますよ」


「殺すつもりはなかった」


「いえ、逆です。あなたを殺すために追ってきます」


俺は深呼吸した。


逃げ続けても意味はない。

拠点がいる。

味方がいる。


俺の頭の中でダイヤが組まれた。


最寄りの安全駅。

そこまでのルート。

時間。




「ティアリス。近くに人の住む町はあるか」


「セルヴァンの街。歩いて二日です」


「行こう」


「でも、あなたを巻き込んで」


俺は彼女の頭にそっと手を置いた。


「歯車にだって役割はある。それに俺はもうここにいるしかないんだ」


ティアリスは黙って頷いた。


俺たちは森を歩き出した。




森の中は静かだった。


しかし

普通の森ではなかった。


木々の幹に

古代文字のような模様が浮かんでいる。

地面の苔は

青ではなく薄い紫色。

頭上を時折

半透明の蝶のような生物が舞う。


俺は息を呑んだ。


「真也さん。驚いていますね」


ティアリスが微笑んだ。


「これが普通の景色なのか」


「リアスト森の特徴です。裂世の災厄が及んでいない地域では古代の魔素が残っており動植物に独特の特徴が現れます」




俺は手帳に走り書きした。


魔素

動植物への影響

地域差

古代と現代の境界


ティアリスが俺の手元を覗き込んだ。


「真也さん。あなたはいつも手帳に書きますね」


「習慣だ」


「何のために」


俺は手帳を閉じた。


「俺たちの仕事は記録の積み重ねだ。今日書き留めた一行が十年後の事故防止につながる。知識は皆で共有するもの。記録は皆で残すもの。それが俺たちの作法」


ティアリスは深く頷いた。


「素敵な作法ですね」




しばらく歩いて

俺たちは小さな川にたどり着いた。


水は澄んでいたが

やはり地球の水とは少し色が違った。

青白く透明で

中で銀の魚らしき影が泳いでいる。


ティアリスが川辺にしゃがみ

水を掬って俺に差し出した。


「飲めますか」


「飲めるのか」


「リアスト森の水は古来から安全とされています」


俺はおずおずと口をつけた。


冷たく

そして

微かに甘い。


地球の水よりずっと美味しかった。


「凄いな」


「でしょう」


ティアリスは少しだけ得意げに笑った。




俺たちは川辺で短い休憩を取った。


ティアリスがリュックから乾燥肉と乾パンを取り出した。


「これも食べられますか」


「もちろん」


俺は乾燥肉を齧った。


固いが

旨味が口の中に広がる。


「美味い」


「でしょう」


ティアリスは満足そうに微笑んだ。


俺は乾パンも齧り

飲み込んだ後で気付いた。


俺は異世界の食べ物を

当たり前のように口に入れている。


地球で生まれ育った俺が

ここで普通に食事をしている。


それが不思議に思えなかった。


仕事の延長だと思えば

食事も日常の一部だ。




「真也さん」


「ん」


「ご家族は」


俺は少しの間黙った。


「家族は」


「いない。両親は亡くなっている。俺は一人暮らしだ」


「ごめんなさい余計なことを」


「いや気にするな」


俺は乾パンの最後の一口を飲み込んだ。


「家族の代わりに仕事仲間がいる。俺たちの職場は家族みたいなものだ。夜勤のシフトで顔を合わせる回数は家族より多い」


ティアリスは静かに頷いた。




俺たちは再び歩き出した。


森の中の道は

かつての鉄路の脇道だった。


道の端に

時々

古い駅標が立っていた。


文字は擦れて読めないものが多かったが

明らかに昔は人が通り

列車が走っていた跡だった。


俺は駅標を見るたび

胸の奥が痛んだ。


ここに来ていた人たち。

ここで列車を待っていた人たち。

ここで誰かを見送っていた人たち。


千年前の光景が

浮かんでは消えた。




二日目の夕方。


俺たちは丘の上に出た。


そこから

セルヴァンの街並みが見えた。


「あと半日です」


ティアリスが微笑んだ。


「やっと着いたな」


俺は溜息をついた。


長い徒歩旅行だったが

不思議と疲れは感じなかった。


ティアリスと話していると

時間が早く過ぎた。


俺は彼女と並んで

セルヴァンの方角を見つめた。


夕日が街並みを赤く染めていた。

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