第二章 異界の終着駅
目を覚ました時
頬に当たっていたのは冷たい鉄の感触だった。
俺は身を起こした。
そこは線路の上だった。
ただし俺の知っている線路ではない。
レールは錆びている。
枕木は半分朽ちている。
ホームらしき構造物は崩れ
雑草が腰の高さまで生い茂っている。
頭上には月が三つ浮かんでいた。
一つは欠けている。
俺は呆然と立ち尽くした。
「夢か」
声に出してみる。
頬を抓ると痛い。
業務手帳がポケットに入っている。
鉛筆も差している。
夢ではない。
遠くで何かが崩れる音がした。
ゴオッと低い地響き。
俺は反射的に身構える。
音のした方を見ると
丘の向こう側で土地が陥没していた。
土砂と岩盤が崩落し
何かが消失していく。
その光景は
理屈で説明のつくものではなかった。
線路の脇に人が倒れている。
俺は駆け寄った。
銀髪の少女だった。
十七歳くらい。
白い祭服のような衣装を纏っている。
血こそ流れていないが
意識を失っている。
「おい 大丈夫か」
俺は声をかけ
脈を確認した。
ある。
弱いが
ある。
少女が薄目を開けた。
俺と目が合った瞬間
彼女の瞳が大きく見開かれた。
「あなた……」
掠れた声。
「あなたは……運行を……読める方……ですか」
意味が分からなかった。
「いや 俺は」
そう言いかけて口を噤む。
少女の視線は
俺のポケットから飛び出した業務手帳と鉛筆に向けられていた。
「その鉄筆と……記録の冊子」
少女は震える指で俺の手を指した。
「あなたはダイヤを引ける方なのですね」
ダイヤ。
俺は息を呑んだ。
なぜこの少女が
俺の仕事の言葉を知っている。
「お前 名前は」
俺は努めて冷静に尋ねた。
「ティアリス……時辰の巫女の……候補です」
時辰の巫女。
聞いたこともない肩書きだった。
遠くでまた地響きが起きる。
今度はさっきより近い。
ティアリスは身を起こそうとして崩れた。
俺は反射的に支えた。
「逃げないと駄目です。裂世の災厄が来ます」
裂世の災厄。
これも分からない言葉だ。
俺はティアリスを背負って走った。
廃線跡を抜け
半ば崩れた駅舎らしき建物の影に身を隠す。
ティアリスの体は驚くほど軽かった。
「すみません」
彼女は申し訳なさそうに俯いた。
「礼はいい。それよりここはどこだ」
「リアスト郷。大陸の南東です。かつてアル=ディアグラ王国の支線駅があった場所です」
支線駅。
俺はもう一度息を呑んだ。
この世界に
鉄道があるのか。
月のひとつが
さらに欠けた。
夜空の暗さが少し深まる。
「夜が来るたび土地が消えます。時刻が乱れて運行が止まったから」
ティアリスは小さな声で呟いた。
俺は錆びた線路に目をやった。
千年前の鉄路。
動いていない鉄路。
止まったままの運行。
頭の奥で何かが繋がりかけている。
それが何かはまだ分からなかった。




