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定刻、指令員が異世界転生してダイヤで滅びゆく世界を救って終電で帰る  作者: もしものべりすと


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第十八章 別れ

俺の体は

半分透けていた。


しかし

完全に消えるまでには

まだ少し時間がある。


世界はそれくらいの猶予を

俺に与えてくれているらしかった。




中央指令所の石板の前。


ガルドが太い腕で目を擦った。


「兄ちゃん。お前さっき出会ったばかりみたいなのに」


「数か月だなガルドさん」


「ワシにとっちゃ親父が一生かけて追っていた夢をお前は数か月で実現した」


ドワーフの鍛冶師が

俺の手を両手で握った。


ガルドの手は熱かった。

鎚を握る職人の手。

何百回も鉄と火に触れてきた手。


「兄ちゃん。お前はワシの親父が憧れた時の技師そのものじゃった」


「いえ、俺はただの」


「指令員じゃろう。ワシも今では分かる。シレイインってのは皆を動かす者じゃ。皆の心を回す歯車の中心じゃ。それはお前の仕事じゃろう」


俺は声が出なかった。




ガルドは小さな包みを差し出した。


「これワシが昨夜のうちに作っといた」


俺は包みを開いた。


中に入っていたのは

小さな鉄の歯車だった。


精緻に削り出された

手のひらに収まる大きさ。


「これは」


「ワシの親父の手帳と一緒にあった図面でな。古代王国の機関車の調速歯車じゃ。ワシが現代の技で作り直した」


ガルドは少し照れた様子で続けた。


「お前の世界に持って帰れ。ワシの形見じゃ」


俺は歯車を強く握りしめた。


冷たい鉄の感触。

俺が一番好きな感触だった。


「ガルドさん。ありがとうございます」




カイレンが俺の前に立った。


栗色の髪を後ろで束ね

頬に薄く煤が付いている。


「真也」


「ああ」


「あんたに会えてよかった」


カイレンの声は珍しく震えていた。


「あたしさずっと自分を無能だって思ってた。セルヴァンの支部長になっても本当はギルドにふさわしくないって。でもあんたが来てあたしの言葉を聞いてくれてあたしのアイデアを採用してくれた」


「お前のアイデアは優秀だった」


「だから、そう言ってくれたあんたがあたしには救いだったんだ」


カイレンは涙を堪えていた。


俺は彼女の頭にそっと手を置いた。


「カイレン。お前はこれから商業大臣補佐じゃなくて正規の商業大臣になる人材だ。鉄路網の運用はお前の采配次第で大陸経済を変える」


「もちろんあたしがやるよ」


カイレンは強がって笑った。


「あたしが大陸の歯車になる。あんたの分まで」




カイレンは小さな袋を俺に渡した。


「これセルヴァンの干し葡萄。あんた初めて街に来た時朝市で食べてたでしょ。持って帰って」


俺は袋を受け取り

小さく笑った。


「向こうの世界でも食べられるかな」


「絶対食べて」


カイレンが目元を拭った。


「あんたが食べた瞬間セルヴァンを思い出してあたしらを思い出して」


「思い出さない訳がない」


俺は答えた。




最後にティアリスが俺の前に立った。


純白の祭服。

銀の髪。

青い瞳。


最初に廃線跡で出会った時と

何も変わらない姿。


しかし

彼女の目には

変わった何かがあった。


それは

死を覚悟していた少女が

生きることを選んだ瞳の光だった。




「真也さん」


ティアリスは小さく呼んだ。


「ああ」


「私あなたに会えて本当によかったです」


「俺もだ」


「あなたは私の世界を救ってくれました」


「お前が俺を呼んだんだ」


俺は静かに答えた。


「お前と出会わなかったら俺は何も変わらなかった。歯車という言葉に傷つき続けたまま死んでいた。お前が歯車は美しいと言ってくれた。歯車があるから世界は回るんだと。あの言葉で俺は救われたんだ」




ティアリスは小さく微笑んだ。


「真也さん。私もずっと自分を器だと思っていました。神に捧げる器。役目を果たして消える器。でもあなたは私を器ではなく人として見てくれました。私はあなたに会って初めて生きたいと思いました」


俺は何も言えなかった。


ティアリスは俺の業務手帳に

そっと指を伸ばした。


「開いていいですか」


俺は無言で頷いた。




ティアリスは業務手帳のページをめくり

最後のページに

小さな絵を描いた。


駅員の絵だった。


帽子を被り

信号の旗を持ち

線路の前に立つ駅員。


笑顔だった。


「これは何だ」


「あなたです」


ティアリスは静かに答えた。


「あなたの世界でのあなたの姿。向こうに帰ってもこれを見て私たちを思い出してください」


俺は手帳を握りしめた。


胸の奥から

熱いものがこみ上げてきた。




「ティアリス」


俺は呼んだ。


「はい」


「俺泣いていいか」


「もちろんです」


俺は声を上げて泣いた。


三十一年の人生で

こんなに泣いたことはなかった。


ティアリスは俺の肩にそっと手を当てた。

カイレンが俺の背中に手を回した。

ガルドは俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。


俺は仲間に囲まれて泣いた。


歯車として生きてきた俺が

仲間と呼べる人間に出会って

そして

別れる時が来た。


俺の人生で

初めての光景だった。




俺の体が

さらに薄くなった。


世界の運行が安定し

俺の存在を世界が手放そうとしている。


「もう時間です」


ティアリスが静かに言った。


俺は涙を拭い

姿勢を正した。


「皆さん」


俺は震える声で言った。


「俺はこの世界に来てよかった」


ガルドが大きく頷いた。


「ワシらもじゃ」




俺の業務手帳のページの隅に

ティアリスが指で何かを書いた。


古代文字。


「これは私たちの言葉でありがとうという意味です」


俺は手帳を胸に押し付けた。


「俺の方こそありがとう」




光が俺を包んだ。


世界の運行が完了し

俺は完全に透明になっていく。


最後に見えたのは

三人の仲間の笑顔だった。


ガルドは鎚を高く掲げ

カイレンは両手で口元を覆い

ティアリスは胸の歯車をぎゅっと握りしめていた。


俺は彼らに向かって

最後の指差喚呼を行った。


「お前たちの未来 よし」




遠くで発車ベルが鳴った。


それは

俺の知っている音だった。


日本の駅の

発車ベル。


俺は目を閉じた。

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