第十七章 決着 歯車の誇り
中央指令所の扉が
吹き飛んだ。
煙の中から
赤と金の祭服が現れた。
カスティラ枢機卿。
俺は石板の前に立ったまま
彼を見据えた。
「歯車君」
カスティラの声は変わらず冷たい。
「貴様は確かに賢い。だがここで終わりだ。我が軍がこの指令所を制圧した。貴様の仲間は捕らえられた。始原のダイヤは我々が管理する」
俺は短く答えた。
「無理ですよ」
「何だと」
「ダイヤはもう動き出した。あなたが止められるものではない」
カスティラの顔色が変わった。
「貴様」
石板を見て
カスティラは絶句した。
銀の線が脈打ち
全大陸の駅名が次々と光を放っている。
セルヴァン発 第一便 出発確認
ヴァランツ発 第二便 出発確認
南部支線 出発確認
北方鉄道 出発確認
東部支線 出発確認
通信魔石から
各地の鉄道員の声が次々と届いていた。
「セルヴァン発車 定刻通り」
「ヴァランツ発車 定刻通り」
「南部支線 全列車運行中」
カスティラは石板を凝視し
やがて低く呻いた。
「貴様こんな短時間でこんな規模の運行を」
「ええ」
俺は穏やかに答えた。
「俺一人なら無理です。でも歯車は一人じゃない」
カスティラは怒りに任せて剣を抜いた。
「異端者殺してくれる」
俺は石板の前から動かなかった。
ガルドが煙の中から飛び出してきた。
「カスティラ。お前の相手はワシじゃ」
ドワーフの鍛冶師の鎚が
枢機卿の剣を弾いた。
カイレンが横から
カスティラに足払いをかけた。
ティアリスは祭壇から離れず
祈りを続けている。
三人がかりでも
カスティラは強かった。
彼は剣だけでなく
教会魔術を使う。
赤い炎が指令所の中を奔る。
ガルドが背中に火傷を負って崩れ落ちた。
カイレンが壁に叩きつけられた。
俺は身を屈め
石板の前で守りに入った。
カスティラがゆっくりと俺に歩み寄った。
「歯車君最後だ。お前のような道具に世界の運命を握らせるわけにはいかぬ」
俺は石板に手を当てた。
光が脈動している。
すべての歯車が回り続けている。
俺はカスティラを見上げ
静かに笑った。
「殺してください。でもダイヤは止められない」
カスティラの剣が振り下ろされた。
その瞬間。
天井の円蓋から
ティアリスの祈りに呼応した光が降り注いだ。
光はカスティラを包み
彼の動きを止めた。
「これは……」
カスティラが呻いた。
「巫女よお前の祈りでは私を縛れぬ」
「縛っているのは私ではありません」
ティアリスが静かに答えた。
「縛っているのは世界そのものです。あなたは世界の運行を乱した者。今この瞬間世界はあなたを排除している」
石板の銀の線が
カスティラの祭服を絡め取った。
枢機卿は声にならない悲鳴を上げた。
彼の体が透けていく。
裂世の災厄を意図的に加速させた者は
今度は逆に
正常化される世界の中で
存在の整合性を失った。
カスティラは光と共に消えた。
剣がカランと床に落ちた。
俺は深く息を吐いた。
石板の銀の線が
落ち着いた光を放ち続けている。
各地の通信魔石から
報告が続々と入ってくる。
「セルヴァン 第二便着発 定刻通り」
「ヴァランツ 第三便発車」
「北方鉄道 全線復旧」
俺は業務手帳に書きつけた。
『全大陸 運行正常化裂世の災厄 収束最終運転整理 完了』
ガルドが起き上がった。
カイレンも壁から滑り降りた。
ティアリスは祭壇から俺に駆け寄った。
「真也さん」
ティアリスの瞳に涙が浮かんでいた。
「やりましたね」
俺は答えた。
「俺たちがやったんだ」
石板の前で
俺たちは抱き合った。
ガルドが大笑いした。
「兄ちゃん。お前は今日から英雄じゃぞ」
カイレンが俺の肩を強く叩いた。
「あたし あんたに賭けてよかった」
ティアリスは胸の歯車を握りしめ
静かに微笑んだ。
「世界が歌っています」
しかし
俺は気付いた。
自分の体が
透けてきている。
「真也」
カイレンが息を呑んだ。
「あんた」
「ああ」
俺は冷静に答えた。
「世界の運行が戻ったから俺がここにいる理由が消えたんだ」
ガルドが顎髭を引いた。
「兄ちゃん。お前は元の世界に帰るのか」
「らしい」
ティアリスが涙を流した。
しかし
彼女は俺に微笑んだ。
「ありがとうございます真也さん」
俺は石板の前で
最後の指差喚呼を行った。
「中央指令所 運用引き継ぎ よし」
「ダイヤ管理 巫女衆へ移管 よし」
「俺の任務 完了 よし」
光が俺を包み始めた。
俺の体は
ゆっくりと
透けていく。
しかし
それまでの間に
俺は最後の景色を見た。
通信魔石が次々と
歓喜の声を運んできていた。
「アルマンディア王国全土鉄路全線運行確認」
「南方クラリス諸侯国災厄消失」
「東方サンサルバン王国土地復元の兆候」
「北方アレマンノ自由市歓喜の祝典開催」
王都の住民は最初混乱していた。
朝起きたら
昨日まで霧の海に消えていた北側の街並みが
完全に元通りになっていたからだ。
家も
道も
住民も。
全てが
昨日までの時間が嘘のように
そこに存在していた。
噂はすぐに広がった。
「あれはタカギ殿の指令所の力だ」
「ティアリス。殿の祈りが世界を呼び戻した」
「カイレン。殿の連絡網のおかげで全大陸が同時に動けた」
「ガルド殿が中央指令所の扉を開けた」
王都の中央広場に
住民たちが続々と集まった。
老人
子供
商人
兵士
神官。
全ての階層の人々が
口々に俺たち四人の名を呼んだ。
セルヴァンでは。
旧分岐駅の前に
街の住民全員が集まっていた。
機関車が出発する瞬間
彼らは祈りを込めて手を合わせた。
列車が定刻通り発車した瞬間
歓喜の声が街中に響き渡った。
「クロノ・エクスプレス号発車」
「タカギ殿。万歳」
「鉄路の英雄たちに」
セルヴァン伯ヴェルナルは
旧分岐駅の中央に立ち
列車を見送った。
「父上ご覧になっていますか」
伯爵は静かに呟いた。
「あなたの夢が今日現実になりました」
ヴァランツでも
夜越え山脈の南北の都市でも
住民たちが鉄路の前で歓声を上げていた。
中には涙を流す者
膝をついて祈る者
そして
何が起きているのか分からず
ただ呆然と立ち尽くす者もいた。
王宮では
国王が玉座から立ち上がっていた。
側近の宰相と教会の関係者
カスティラの一派は
すでに失脚していた。
国王は静かに呟いた。
「タカギ殿。は歯車と呼ばれることを恥じていた。しかし今日我々は知った。歯車とは世界を回す者の名だ。タカギ殿は歯車の中の歯車真の指令員だった」
王宮の侍従が頷いた。
「これからはシレイインという言葉が英雄の称号として残るでしょう」
各国の使節たちは
急ぎ自国に通信魔石を送った。
クラリス諸侯国の首都の鐘楼が
一斉に鳴り響いた。
サンサルバン王国の宮廷でも
鉄路復活を祝う祝典の準備が始まった。
アレマンノ自由市の議会では
緊急議会が開かれ
タカギ・シンヤを名誉市民とすることが
満場一致で可決された。
一方
聖典教会の本拠地では
混乱が広がっていた。
枢機卿カスティラの一派は失脚した。
教会は分裂し
新しい教義を模索する動きが
ゆっくりと始まろうとしていた。
中央指令所の中。
俺の体はさらに透けていた。
ティアリスが俺の手をそっと取った。
彼女の手の温もりが
俺の指先を通り抜けていく。
「真也さん」
「ああ」
「あなたが救ったのは世界だけではありません。私たち一人一人です」
俺は微笑んだ。
「俺の方こそお前たちに救われた」
ガルドが目を擦りながら言った。
「兄ちゃん。お前は今や歴史に刻まれる男じゃ」
石板の前で
俺は最後の業務記録を書き込んだ。
『全大陸 運行正常化裂世の災厄 収束歯車を侮るなタカギ・シンヤ』




