第十四章 闇夜をさまよう魂 指差喚呼
廃駅は俺たちの臨時指令所になった。
ガルドが机を組み立て
カイレンが連絡網を整え
ティアリスが祭壇に座る。
俺は中央の机に座り
業務手帳を広げた。
始原のダイヤ。
これを再構築する。
しかし
作業は容易ではなかった。
ダイヤの全体像は
俺の頭の中にしかない。
紙に起こすには時間がかかる。
そして
時間こそが俺たちにない資源だった。
王都は依然として教会軍の支配下。
裂世の災厄は加速している。
仲間は手負い。
道具は乏しい。
俺は深夜に
廃駅の外で一人になった。
線路の上に座る。
月のない夜空。
冷たい風。
俺は業務手帳を開き
日本にいた頃のメモを読み返した。
何年も前の運転整理記録。
人身事故対応の手順書。
研修生時代のノート。
深夜の指令室で作ったダイヤ。
そして
婚約者だった女に書いた手紙の下書き。
手紙。
俺は破り捨てたつもりだったが
業務手帳の裏ページに挟まれていた。
文字は薄く
インクが滲んでいる。
『君に何度言われても俺は仕事を変えられない。鉄道は俺の人生だ。鉄道がなければ俺は誰でもない。ごめん。本当にごめん』
俺は手紙を読み終え
苦笑した。
三年前の俺は
鉄道がなければ誰でもないと
信じ込んでいた。
今もそうだ。
しかし
今は違う光が
その認識に差し込んでいる。
俺は鉄道がなければ誰でもないのではない。
鉄道があるから
俺は誰かを支えられている。
その違いを
ティアリスは教えてくれた。
歯車は美しい。
歯車があるから世界が回る。
俺は線路の継ぎ目に手を当てた。
冷たい鉄の感触。
地球で何百回も触れてきた感触と同じだった。
俺は静かに呟いた。
「定刻通過 よし」
そして
気付いた。
俺は何も特別な力を持っていない。
ただ
毎日のように繰り返してきた指差喚呼。
何百回も確認した運転整理の手順。
何千回も引き直したダイヤ。
それだけだ。
しかし
それだけが
この世界を救う。
俺は廃駅に戻った。
仲間たちが俺を見て顔を上げた。
「真也」
カイレンが声をかけた。
「方針が固まった」
俺は冷静に告げた。
「中央指令所は王都の地下にある。教会軍に占拠されているが始原のダイヤの本体はそこにある。俺たちはそこを取り戻す。全大陸の鉄道員商人工房師巫女を呼び集める。全員で同時に全大陸の運行を再始動する」
ガルドが顎髭を撫でた。
「規模がデカすぎるぞ」
「それでいい」
俺は静かに答えた。
「歯車は一人じゃ何もできない。だから全員で動く。全大陸の歯車を俺がダイヤで結ぶ」
ティアリスが立ち上がった。
「私もご一緒します」
「危険だ」
「あなたが死なせないと約束したのなら私は信じます」
ティアリスは胸の歯車を握りしめた。
「巫女として祈りでダイヤを補助します。これが私の役目です」
俺は頷いた。
カイレンも前に出た。
「商業ギルドの全支部に連絡を回す。あたしの部下たちが動く」
ガルドも腕を組んだ。
「工房ギルドの幹部にも声をかけよう。ワシの一声でドワーフ全員が集まる」
俺は業務手帳の新しいページに
作戦名を書いた。
『最終運転整理』
そして
その下に
こう書いた。
『参加者 全大陸の歯車たち』
俺はそのページを仲間に見せた。
仲間たちは静かに頷いた。
外では風が強まり
廃駅の朽ちた扉がカタカタと音を立てた。
「真也」
カイレンが俺の方を見た。
「あんたさ本気で全大陸の歯車を回す気なの」
「ああ」
「四人で二百人でそれやるって本気で言ってる」
俺は深く頷いた。
「歯車は数で動くものじゃない。噛み合うかどうかで動くものだ。俺たちが正しく噛み合えば四人でも世界は回る」
カイレンは少し笑った。
「真也あんた出会った頃と顔つきが変わったよ」
「そうか」
「うん。最初の頃のあんたは何かに諦めた顔をしてた。今は違う」
俺は自分の頬に触れた。
確かに
内側から熱がこみ上げてくる感覚がある。
俺は変わったのかもしれない。
ティアリスが廃駅の窓辺に立っていた。
俺は彼女のところへ歩み寄った。
「真也さん」
「ティアリス。お前本当に来るのか」
「はい」
「危険だぞ」
ティアリスはゆっくりと首を振った。
「もう私は死ぬ運命ではないとあなたが言ってくれました。だから私は生きるために行きます。生きるために戦います」
その目の中に
俺は初めて
強い意志を見た。
廃線跡で出会った時の彼女は
死を諦めて受け入れていた少女だった。
今の彼女は
生きることを選び取った人間だった。
俺は彼女の肩にそっと手を置いた。
「ティアリス。俺はお前を守る」
「いいえ」
ティアリスは微笑んだ。
「私たちはお互いを守るのです」
俺は黙って頷いた。
ガルドが扉の脇で鎚を磨いていた。
「兄ちゃん」
「ガルドさん」
「ワシの鎚は親父から受け継いだものじゃ。百年以上ワシらの一族が振るってきた」
「立派ですね」
「立派なんて言うな」
ガルドは大笑いした。
「ただの鎚じゃ。じゃがなただの鎚が何百年もかけて何千人の命を支える鉄を打ってきた。ワシらは歯車じゃ。お前と同じ歯車じゃ」
俺は黙ってガルドの手を見た。
節くれだった指。
鉄の油が染み込んだ皮膚。
何百回打ち直しても消えない傷痕。
「ガルドさん。俺たち最後まで戦いましょう」
「おう」
俺たちはその音を背に
最後の戦いのダイヤを引き始めた。




