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乙女ゲームの主人公は悪魔契約者に乗っ取られました  作者: はねる朱色
一年生

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8/9

 近ごろのミッドミンは、休日になると街に繰り出すことが多くなった。

 理由は単純明快。ララウィンへの贈り物を見繕うためである。


「せっかくだから、私ではなくララウィンを誘えばいいのに」

「むっ……むりむりむりだよ! まだふたりきりでなんて、心の準備が……。絶対失敗して、二度と来てくれなくなっちゃう……」

「そうかな。きみはすでに大きな失敗をしているけれど、ララウィンは許してくれただろう?」


 隣で首を傾げる幼馴染のセストセールを、ミッドミンは軽く睨む。あのときの失敗を——彼女の胸に触れてしまったときのことを思い出させないでほしい。

 けれどセストセールはミッドミンの恨めしい眼差しなど意に介した様子もなく、くすくすと笑った。


「まず一歩を踏み出してみなければ、いつまで経っても異性として認識してもらえないのではないかな」

「そうは言ってもさ……」


 まったく、気軽に言ってくれるものだ。

 あのときララウィンに恥じらう様子がなかったのは、恐らく彼女が性愛に疎く、なおかつミッドミンをそういう対象として捉えていないからだろう。それはミッドミンにだってわかっている。

 けれどミッドミンの現状はと言えば、挨拶と贈り物だけで精いっぱい。仲良く楽しくお喋りできた記憶がない。こんな有様でデートに誘うなど、どう考えても時期尚早でしかないはずだ。


「せめてまず、三人とかで行かない? 僕とセスと、ララウィンで」

「ふふ。モルモが聞いたら、拗ねそうだね」

「……じゃあ、四人で」

「ミッドとララウィンとモルモの組み合わせの方がいいんじゃないかな」


 思わずミッドミンは、ぱちくりと瞬いた。

 わざわざ自分を除け者にする提案をしてくるなど、どうしたことだろうか。


「……もしかしてセス、ララウィンかモルモが苦手だったりする……?」


 不安になってそう尋ねると、今度はセストセールが瞬いた。

 続けてなされた「まさか。対等に接してくれるふたりのことを、私は気に入っているつもりだよ」という発言に、ミッドミンはホッと安堵する。


「ただ……嫌に思ったりしないかい? ほら、きみがあの調子だから、異性のなかでララウィンと一番よく話す者は、私になってしまっているだろう。これ以上、私とララウィンが仲を深めることは、きみも本意ではないはずだ」

「どうして? ふたりが仲良くなるのって、いいことだと思うけど」

「…………嘘ではなさそうだね。ミッドが幼馴染で嬉しいよ、本当に」

「えっ、なになに!? 僕も嬉しいけど、急になに!?」

「ううん、なんでも。さあ、門限になる前に、プレゼントを探してしまおう。今日も菓子屋を中心に巡るということでいいんだよね?」

「あ、うん、そう!」


 ミッドミンは通りに目を向ける。

 道行く人は、ミッドミンたちと同年代の若者が多い。国最大の魔術師養成校と騎士養成校を擁する都市だからだろう。ほとんどはどちらかの生徒であるはずだ。

 それ故か、大通りに並び建つ店は、若者向けを意識しているように見受けられる。衣類や宝飾品はとくに顕著で、最先端の流行を取り入れたものが目白押しだ。

 しかしながら、ミッドミンたちが立ち寄る場所は大抵の場合、花屋と菓子屋になる。

 ミッドミンとしても、ララウィンにかわいらしいドレスやアクセサリーを贈りたい気持ちはある。だが、さすがにそれらを贈れるほどの仲になれていないのは重々承知済みだ。

 気軽に、友人として贈れるもの。そして、気軽に受け取ってもらえるもの。そうなると必然、選択の幅は狭まってしまう。

 とはいえ、ララウィンの様子をうかがう限り、彼女は花もお菓子も好ましく思っているようだ。

 花を贈った日は、ローブや髪に刺し込んで楽しんでくれている。そしてお菓子を贈った日は、目を輝かせて喜んでくれる。聞くところによると、あまり菓子類を口にしてこなかったらしい。

 花は贔屓の店から、定期的に寮へと送り届けてもらっている。だからリサーチすべきは菓子屋だ。同じ店ばかりだといずれ飽きが来てしまうかもしれないため、新規開拓は欠かせない。見目だけでなく味も確かめないと、贈り物としては不安が残る。そういうとき、セストセールの審美眼と舌は頼りになるのだ。


「先週少し覗くだけで終わっちゃってた焼き菓子のお店、行ってみる?」

「……ああ、あそこか。うーん……」

「……なにか気になるの? 先週も、そんな感じで結局入らなかったけど」

「そうだね……気にしすぎかもしれないけれど。あの店の焼き菓子は、どれもそれなりの大きさがあっただろう? ララウィンは少食のようだから、昼食や夕食にまで影響が出てしまうのはあまり……」


 セストセールには審美眼など以外にも、こういった細やかさがある。

 大きければ大きいほど喜んでもらえるはず、と考えていたミッドミンは、目が覚める思いだった。


「そ、そっか……なるほど……。ララウィンとごはんを食べた回数なんてそんなに多くないのに、よく気づいたね」

「偶然だよ。モルモにデザートを譲っていたところを見たことがあるんだ。甘いものは好きなはずだろう? それで気になって、時折視線を向けてしまううちに、ね」

「すごいなぁ……。僕もそういう気配りができれば、ララウィンに好きになってもらえるかもなのに……」

「ふふ。私のこれは気配りというより、職業病に近いものだからね。純粋に人に好かれやすいのは、ミッドの方だよ。ララウィンとだって、もう少しまともに話せるようにさえなれば、きっとすぐ仲良くなれる」

「ううっ……耳が痛い。ひ、ひとまずいまは、話すきっかけにもなるし、お菓子探しを————ん?」


 通りの先に、人だかりができていた。

 ミッドミンとセストセールは顔を見合わせ、その集団へと近づいていく。

 すると、元気な女性の声がふたりの耳に届いた。


「さあさ、ご覧くださいな! 本日開店! 話題性間違いなしのできたてほやほや! ついでにわたくしも卒業したてほやほや! 元ベルデ魔術師養成校生徒による魔術菓子の魔術店! ほうら、一見なんの変哲もないお水が、これこの通り!」


 わあっ、と歓声があがる。

 コップに注がれていた水が空中に飛び出し、つやつやと輝く薔薇に変化したのだ。


「さささっ、これは開店祝いのサービス品! どうぞ恐れず、えいやとお口に入れてくださいませ!」


 店主と思しき女性が杖を振ると、薔薇の花弁が一枚一枚剥がれ落ち、客の口元へと向かっていく。集団の最後方にたどり着いたミッドミンとセストセールの口元にも、ほんのり色づく赤い花弁が舞い降りた。甘い香りのするそれは、飴細工であるらしい。


「……セス、一応僕が毒味するから、そのあとで——」

「防護魔術なら自信がある。多少の毒は防げるよ」


 ミッドミンの心配もなんのその。セストセールは摘まみ上げた花弁を、ひと息に食べてしまった。


「ああっ、もう……! 多少であって、完全に防げるわけじゃないってわかってるくせに……!」


 万が一、セストセールに異変が出たとき、この場で対処できるのはミッドミンだけだ。

 セストセールが王太子として幼少のみぎりより防護魔術——身を護る術を仕込まれてきたのに対し、王太子の幼馴染であるミッドミンは生物魔術——王太子を治癒するための術を仕込まれてきている。

 ミッドミンは杖を握りしめ、花弁には一切手を出さずにセストセールを見守った。

 セストセールの喉が動く。どうやら飴が口のなかからなくなったようだ。


「うん。魔力が含まれているわりに、味は悪くないね」


 満足げに頷くセストセールに、ミッドミンは詰めていた息を吐く。ひとまず即効性の毒ではなさそうだ。


「ミッド。食べないのなら、きみのぶんももらっていいかい?」

「……いいけど、異変を感じたらすぐに言ってね。遅効性の可能性だって、まだ捨てきれないんだから」

「相変わらず心配性だな、ミッドは」


 セストセールはそう言って微笑みながら、二枚目の花弁を口に運んだ。

 ——それにしても、とミッドミンは考える。

 魔術菓子だというのに、舌の肥えたセストセールが次を望むなんて珍しい。

 いわゆるおもしろグッズに近しい扱いを受ける魔術菓子は、一般的な菓子類とは立っている舞台が違う。形が変わる、色が変わるという『おもしろさ』に対する人気はあっても、『味』に対する人気はないのだ。

 その理由は単純で、魔力の混ざった飲食物は、手作業で作ったものより味が落ちるからである。

 たとえば、薬なんかがわかりやすい。風邪薬は、魔術で作ったものの方が圧倒的によく効く。飲んだ直後に快復するくらいの効き目がある。

 しかし代わりに、想像を絶するほどにマズイ。人によっては意識を飛ばすくらいマズイ。気絶するんじゃ意味がない、という理由で、魔術薬を嫌厭する者も少なくないほどのマズさだ。

 だから魔術で作った菓子が普通に食べられるというだけでも驚きで、さらにセストセールに好印象を抱かせるとなれば、天才鬼才の所業であることがわかる。魔術師の卵としては、非常に興味深い。


「ララウィンもこういうの、興味あるかな……」


 自然とミッドミンはそう呟いていた。

 くすくすとセストセールが笑う。


「本当にララウィンのことが好きなんだね」

「う……か、からかわないで。いまのは完全に無意識だった……」

「入ってみる? 飴以外にもいろいろと種類がありそうだよ」

「……魔術菓子って、贈り物としてはどう思う? 気安い男友達相手ならともかく、こういうおもしろ系って……女の子はガッカリしないかな……?」

「ララウィンは魔術が好きだから、大丈夫だと思うけど……不安なら、先に私からということで贈って、反応を見てみる? それなら失敗しても、ミッドが嫌われることにはならないよ」

「……ううん、そういうズルはよくない! 僕から贈る! 買ってくる!」

「——あ、待って、ミッド」


 ミッドミンが意気込んで踏み出した足を、セストセールが止めた。


「どうしたの? あっ、まさか具合悪い!?」

「違うよ。ほら、あそこの店の前」


 セストセールが視線を向ける先——穢れのない真っ白な頭髪を見つけて、ミッドミンは目を見開いた。

 背を向けているため顔は見えないが、ローブの裾で光るゴールドラインと、星をこぼす杖がだれであるかを語ってくれている。

 ミッドミンは思わず、魔術菓子店から離れる方向に足を動かしていた。

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