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乙女ゲームの主人公は悪魔契約者に乗っ取られました  作者: はねる朱色
一年生

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9/9

「ララウィン!」

「え——」


 振り返った彼女は、やはり思っていた通りの人物で間違いなかった。

 しかし、バイオレットの強烈な輝きがミッドミンを射貫いた瞬間、ミッドミンの心臓は大きく脈動し、口がもつれる。休日に会えた嬉しさで勢いよく名前を呼んでしまったが、そのあとに続ける言葉を考えていなかった。


「あ、え、あ…………いっ……いい天気、だね!」

「そう、ね?」


 小首を傾げる姿も愛らしい————ではなく。なにか話をしなければと思うほど、ミッドミンの頭は空回る有様だ。

 それを見かねたのだろう。あとを追ってきたセストセールが助け舟を出してくれた。


「こんにちは、ララウィン。奇遇だね」

「こんにちは。ふたりもお買い物?」

「そうだよ。休みの日はよく来るんだ。ララウィンを見かけたのは初めてで、少し驚いてしまったよ。ね、ミッド」


 セストセールに話を振られ、ミッドミンは急いで「う、うん!」と頷く。けれど、できたのはそれだけだった。

 仕方なさそうにセストセールがララウィンへと問いかける。


「ララウィンも買い物でいいのかな。差し支えなければ、なにを求めているのか聞いてもいいかい? いくつか店を紹介できる程度には、このあたりを散策しているから」

「ええと……」


 休日だというのにいつもと同じ制服姿のララウィンは、これまたいつもと同じように抱えているぬいぐるみに視線を落とした。


「ペンを……買う、というより、修理したかったの」

「ペン……ああ、いつもララウィンが使っているガラスペンかな。壊れてしまったの?」

「落とした拍子に、先が欠けてしまって……。気に入っていたのに……」


 ララウィンは落ち込んでいるようだった。悲しそうに眉尻が下がっている。


「修理したかった、ということは……できないと言われてしまったのかな?」


 ララウィンが立っていた場所は、修復店の軒先だ。

 看板には『魔術』の文字も刻まれているため、恐らく店主は魔術師だろう。大抵の物品は直せそうなものだが、ララウィンは小さく首肯した。


「もともと魔術がかけられているペンだったの。インクの補充が必要なくて、とても便利で……。でも、壊れた拍子に魔力が拗れてしまって、一流の魔術師でも元通りにはできないくらい、ひどい状態になってしまってるみたい。軽率に捨てるのも危ないから、このお店の人が引き取ってくれたわ」

「それは残念だったね……。たしか、繊細な銀の装飾が入っていて、とても質の良さそうな品だったよね。もしかして、入学祝いとかの贈り物だった?」


 ぴく、とララウィンの瞼が震えた——ような気がした。ミッドミンの見間違いかもしれないが。

 ララウィンは静かに答える。


「……ううん、元から家にあったの。もしかしたら、お父様のものだったのかもしれないけれど……なにも言われないから使い続けていたら、こんなことに」

「壊したことを知られたら、お父上に怒られたりする?」

「それはないと思う。でも、代わりのものは探さないと。わたし、ペンはその一本しか持っていなかったから」

「それなら、文具店に案内するよ。魔術道具も一緒に取り扱っている、いい店を知っているんだ。ね、ミッド」


 再び話を振られた。ミッドミンは頷き、今度こそ助け船を無駄にしないよう、なんとか口を動かす。


「あっ、あそこだよね! もちろん! お、同じものがあるかもしれないしね!」


 ミッドミンは努めて明るく言ったつもりだった。

 しかしララウィンは、表情をさらに陰らせてしまう。


「えっ、あっ、えっ、ごご、ごめん! 僕のせい!? どうしよう、セス!」

「落ち着いて、ミッド。ごめんね、ララウィン。余計な申し出だったかな」

「ううん、わたしこそごめんなさい。ふたりが謝るようなことじゃないの。ただ……」


 言いよどむように、ララウィンが一度口を閉ざす。けれど、さほど間をあけずに話を続けた。


「……その、よすぎるお店はちょっと……。実はわたし、あまり持ち合わせがなくて、修理なら安く済むかもと期待していたくらいだから……。同じものがあった場合も、ええと……」


 思わずミッドミンは口を手で覆う。

 ララウィンは公爵令嬢だ。けれど複雑な身の上の事情は、ミッドミンも噂で知っていたというのに。まさか魔術道具で多少値が張るとはいえ、ペン一本すら買うのをためらう程度の金銭しか持たせてもらえていないとは思わなかったのだ。完全に配慮が足りなかった。失態である。


「申し訳ない。言いにくいことを答えさせてしまったね」

「いいの。隠しているわけでもないし、ただ気を遣わせたくなかっただけだから。謝ったり気にしたりしないでいてくれたら、そっちの方が嬉しい」

「……ララウィンは強いね」

「そう? ありがとう」


 微笑んだララウィンは、健気でいじらしく、そして儚げに見えた。


「贈るよ!」


 気づけばミッドミンはそう叫んでいた。


「プレゼントさせて! まったく同じものとはいかないかもしれないけど、できる限り近いものを探すから!」

「え……ううん、あの、本当に気にしないで。わたし、お返しもできないし」

「お返しなんていいよ! ほらっ……ま、前のお詫びだと思って!」

「前の? ……もしかして、操作魔術の最初の実技のことを言ってる? あのときの話はもう済んでるし、それに加えてお菓子もお花もたくさん贈ってくれてるじゃない。さすがに、そこまでしてもらうのはよくないと思う」

「でもっ————」

「ミッド。ララウィンが困ってる。それ以上は押しつけになってしまうよ」


 セストセールに言われて、ミッドミンは唇を噛む。

 その表情を見たララウィンが、ミッドミンを見上げてかわいらしく笑った。


「ありがとう、ミッド。その気持ちだけで嬉しい」


 ミッドミンの心臓がほんの一瞬、動きを止める。

 きっと彼女はかわいさだけで僕を殺せる。大真面目にミッドミンはそう思った。

 けれど死ぬ前に、もっとなにかララウィンにしてあげたい。いつもの贈り物だけではまだ足りない。

 ララウィンの笑顔を直視するにはまだ耐性が足りず、ミッドミンは己のつま先を見つめながら口を開いた。


「……じゃ、じゃあせめて、案内だけはさせてくれる……? 学生御用達の、手ごろなお店も知ってるから……」

「うん、それなら。お願いします」

「やった!! ——あっ」


 ついガッツポーズをして喜んでしまったミッドミンの耳に、セストセールの忍び笑いが入ってくる。

 けれどそんなこと気にしてはいられない。うまくお喋りもできないのだから、店案内くらいは完璧にこなしてみせないと。

 ——本気でそう意気込んでいたのに。


「本当に本当にごめんなさい! もうララウィンは僕を殺してしまった方が身のためだと思う!」


 またしてもミッドミンは、ララウィンに跪いて謝罪することになっていた。

 途中までは完璧に振る舞えていたのだ。

 店までの案内も迷うことなく最短ルートで連れて行くことができたし、ドアも紳士らしく先に開けてララウィンを通すことができた。

 そこまではよかったのだ。よかったのに。

 周囲の物より若干値が張るもののララウィンに似合いのガラスペンを見つけ、少しばかりテンションが上がり、「ねえ、これすごくいいんじゃない?」と自分の立ち位置もララウィンの立ち位置も気にせず迂闊に手を伸ばした結果。

 横を歩いていたララウィンの胸に、手が触れてしまったのである。


「お、お店の迷惑になるから……」

「とりあえず、一度外に出ようか」


 セストセールに腕を引かれ、ミッドミンはよろよろと店外へ向かう。うしろをついてくるララウィンの顔は見ることができない。

 客や通行人の妨げにならない道の端に移動したミッドミンは、再び膝をついて深く頭を下げる。


「誓って……誓ってわざとじゃないんだ……! でも、一度ならず僕は二度も同じことを……! こうなったら三度目がないとも限らないから、どうかその前に————」


 言っているうちにぼろぼろと涙が出てきて言葉が詰まる。泣きたいのはきっとララウィンの方だろうに、なんて様だろう。


「あの、前もそうだったけど、わたしそこまで気にしてないわよ。事故なのはわかっているから。よくあることでしょう? あの程度を気にしていたら、人混みなんて歩けなくなるもの。だから、泣かないで……?」


 ミッドミンの歪んだ視界に、ララウィンの膝が入り込む。さらに、なんということだろう。ぬいぐるみを地面に置いたララウィンがハンカチを取り出し、ミッドミンの目元を拭ってくれたのだ。

 あまりの優しさと寛大さに、ミッドミンはさらに泣けてきてしまった。


「ふふ。ハンカチ一枚では足りなくなってしまいそうだね」

「セス……」


 助けを求めるように、ララウィンがセストセールの名前を呼ぶ。

 ミッドミンもどうにか涙を止めようと必死になるが、いまいちうまくいっていない。


「せっ……せっかく友達になってくれたのに……僕、ララウィンに迷惑ばっかりかけて……。と、友達やめるっ……!」

「え……!?」


 ララウィンがハンカチを落とした。

 ひらり、とミッドミンの足先に着地した真っ白なハンカチ。反射的にミッドミンはそれを拾おうとしたが、その手はララウィンの両手に包み込まれた。


「それはやだ……! どうしたら自分を責めないようになる? 責めなくなるなら、友達でいてくれるなら、胸も体もいくらでも触っていいから!」

「…………ええぇ!?」


 思わず視線をあげてしまうと、ちょうどララウィンの胸が目に入った。ローブの隙間から見える緩やかな曲線は、触れずとも認識するだけでミッドミンの体温を急上昇させる。

 ララウィンがぎゅっと握りしめてくれている手を、いますぐに引き抜きたくなった。手汗でひどいことになっている予感がする。


「そん、なっ、そ……ううう……セス!」


 焦りでなにも答えられず、今度はミッドミンがセストセールに助けを求める。

 セストセールもびっくりしたように目を丸めていたが、ミッドミンの視線を受けて頷いた。


「それはよくないよ、ララウィン。きちんと罰を与えてもらった方が、ミッドは気が晴れるタイプだから」

「罰……」


 やんわりと窘められたララウィンは、考え込むように視線をぬいぐるみへと向ける。それから、控えめにミッドミンを見つめてきた。


「罰なら……胸、触る?」

「な、なななんで!?」


 思わず、跪いたまま一歩下がる、のような変に器用な動きをしてしまった。

 彼女、危うすぎる。ミッドミンが惚れているから勘違いしているとか、そんな次元じゃない。いっそ、わざとそう振る舞っている小悪魔であってくれた方が救いがあるくらいだ。

 そんなミッドミンの混乱を察しているのかいないのか、ララウィンはかわいらしく小首を傾げた。


「だってミッド、わたしに触れるのを嫌がるじゃない。嫌なことが罰じゃないの?」

「嫌がってるわけじゃ……いや、これを否定するのもおかしな話になるんだけど……!」

「もっと違う罰にしたらどうかな」


 セストセールの声が降ってくる。いまのミッドミンには、まるで天からの恵みの雨のようだった。


「たとえば、少し高価な物を買ってもらうとか。さっきミッドが指し示そうとしていたペン、ララウィンも気になっていたよね? 離れたところからでも目を惹かれていたように見えたよ」


 そうだったのか、とミッドミンは瞬く。

 エスコートなど諸々必死だったせいで、ララウィンの様子をきちんと見るなんてできていなかったかもしれない。


「……でも、あれは少し高価どころじゃ」

「魔術がかかっているものと比べれば十分安価だよ。ミッドの小遣いでも買える範囲だ。毎日の小さな贈り物を続けることもできるはず。だよね、ミッド」


 セストセールに言われ、ミッドミンは全力で頷く。

 ララウィンはぬいぐるみを見下ろし、そのあとセスを見上げ、それからおずおずとミッドミンを見つめてきた。


「本当にそれでいいの……? わたしが受け取ったら、本当にミッドミンの気は晴れる? 友達でいてくれる?」

「む、むしろララウィンはそんなことで許してくれるの……? まだ呆れないでいてくれるなんて…………僕、いますぐ買ってくる!!」


 立ち上がったミッドミンは再び店内に入り、ガラスペンとインク、ついでにペンケースとレターセットも引っ掴んで店員に差し出した。

 贈り物用のラッピングもしてもらい、震える手で慎重に包みを抱え、早足でララウィンのもとへ戻る。

 緊張で足がもつれそうだ。しかし転んで、その拍子にまたララウィンの体に触るようなことがあってはならない。ミッドミンは大きく深呼吸をしてから、店の扉を開いた。


「あ……ミッド」


 振り返ったララウィンの表情も、どこか緊張しているように見えた。


「あ、えと……か、買って、きました……」


 だめだ。深呼吸したのに、ちっとも緊張が抜けていない。

 やはり手は震えていて、渡すときくらい格好つけたいという願いも叶いそうになかった。

 それでもミッドミンは手を震わせながら包みを差し出し、声を震わせながらララウィンに告げる。


「ゆ、許してくれてありがとう。友達でいたいって思ってくれて、ありがとう。い、いつか……ううん、ララウィンならすぐに、自分で魔術道具のガラスペンを作れるようになれると思うから。だから、それまでの繋ぎとしてでいいから……使ってくれたら嬉しいです……!」


 ミッドミンは、予想していた。お詫びの品であれ、ララウィンはお礼を言って、あのかわいらしい笑顔を自分に向けてくれると。ララウィンはそういう子で、嬉しいときは嬉しいと口にして、相手の目を見て笑顔を向ける子だから。

 しかし予想に反して、包みを受け取ったララウィンは、笑顔にはならなかった。

 リボンを解いて包みを開け、ララウィンはほかの中身に言及することもなく、真っ先にガラスペンを取り出す。

 掲げられたバイオレットのガラスペンは、日の光を受けキラキラとしている。そして、食い入るようにペンをじっと見上げるララウィンの瞳は、それ以上にキラキラとしている。

 薄紅色に頬を染め、目を輝かせ、ミッドミンのこともセストセールのことも忘れてしまったかのようにガラスペンだけを眺めているララウィン。

 一目惚れをして恋に落ちていたはずのミッドミンは、その表情でまた恋に落ちてしまったのだった。

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