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乙女ゲームの主人公は悪魔契約者に乗っ取られました  作者: はねる朱色
一年生

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7/9

「ひとまず籠絡作戦はうまく軌道に乗っていると言ってもいいだろう」


 夕食も入浴も済ませた夜。自室のベッドに腰かけた青年姿のムードがそう切り出した。

 ララウィンはベッドの上で膝を抱えたまま耳を傾ける。


「この学校で会うべき人間には会った——はずだ。ほかにも攻略対象者がいる可能性は否定できないが……まあ、それを考え始めるとキリがない。まずは四人に集中すべきだ。幸い四人とも程度の差こそあれ、お前との仲を深めることに前向きであるように見える」


 ララウィンは同意を示すように頷く。

 セストセールとは毎日話すし、ミッドミンは毎日贈り物をくれる。オルカルは用事がなければあまり話しかけてはこないが、成績が落ちない限り嫌われることはないだろう。ジージャは本日の別れ際、手が空いている日は魔術を教えると約束してくれた。

 籠絡にはまだ遠いかもしれないが、友人の枠にはうまく収まれているはずだ。


「ただ、ここで過ごすにつれて、問題点も明確になってきた」


 これにもララウィンは頷く。

 自覚は大いにあった。


「……わたしたち、魔術の練習より先に、我慢の練習をしておくべきだった」

「……まったくだ」


 ララウィンとムードは、そろってため息をつく。


「我ながら、まだひとりも殺していないどころか怪我すら負わせていないことが奇跡にしか思えない」

「止めてくれたセスやオルカルのおかげよね。……わたしたちを殺すかもしれない人間に助けられるっていうのも、かなり間抜けだけど」

「とにかく、ここには魔術の才を持った人間が多い。多すぎる。屋敷と同じように証拠隠滅ができるとは考えない方がいい。…………それは、わかっているんだが」


 脱力したようにムードが背中からベッドに倒れた。

 ララウィンは四つん這いになって移動し、ムードの顔をのぞき込む。ついでに形のいい額へと人さし指を突き立てた。


「ムードが殺そうって思わなければいいと思う」

「オレのせいにするつもりか」

「わたしだけの感情なら、絶対我慢できてたもの。昔のわたしは、とってもいい子だったんだから」

「ばーか。昔のお前は力がなかったから、周囲に迎合してただけだろう。力があれば殺しもためらわずにやれるタイプだ。オレが保証してやる」

「昔のわたしを知らないくせに」

「昔のお前がオレと似てたから選ばれたんだよ。もちろん、いまのお前もオレと似てるがな」

「そうだとしても、あの殺意は絶対にムードのせい。賭けてもいいわよ」


 夜闇すら飲み込みそうな黒い瞳が、不服そうにララウィンを見上げる。ララウィンも負けじと見つめ返した。

 しばし硬直状態に陥ったが、やがてムードが舌打ちをする。


「かわいげがない」

「こんなにかわいいのに?」

「好感度を稼ぐなら、もっと従順で貞淑な女になるべきだ」

「その価値観って古いと思う」

「……いずれにせよ、苛立ちを表に出さない淑やかさは身に着けるべきだろう」


 これには反論できず、ララウィンはムードから顔を逸らし、四つん這いから腰を落ち着けた。

 ムードは寝ころんだまま手を伸ばす。指先がララウィンの真っ白な髪に触れ、そのまま手持ち無沙汰そうに弄り始めたので、ララウィンもお返しにムードの前髪を三つ編みにすることにした。


「どうすればお淑やかに……我慢強くなれると思う?」

「我慢すればいい」

「ねえ、最悪な回答しないで」

「知っていればオレが実践してる」

「それはそうだろうけど……」

「実際、そうするしかないだろ。お前の言う通り殺意がオレ由来のものであったとしたら、お前がオレの殺意以上の冷静さで抑え込むべきだ。お前の冷静さの方が大きければ、オレの感情もそっちに引っ張られる。つまり、お前ががんばればいい」

「本当に最悪」


 ララウィンはできあがった三つ編みを放る。ムードの額にぶつかる前に、跡もつかぬままするりと解けてしまって、腹立たしい限りだ。


「失敗したらみんなから嫌われるんだから、ムードもがんばるべきなのに」

「お前が先に殺意を抱いたときは、オレががんばって冷静でいてやる。それで文句はないだろう」

「……あるもん」


 ララウィンは頬を膨らませる。ムードはそれを意外そうに見上げた。


「なんだ」

「ムードに言ったって、どうせ『お前ががんばれ』しか言ってくれないから言わない」


 口を動かしながら、ララウィンはブランケットのなかに潜り込んだ。

 ムードに背を向ける形で目を閉じるが、ムードの動きはベッドの沈み具合で把握できる。枕の横あたりにムードが手をついたのがわかった。


「あの茶髪に子どもっぽいと言われるのを嫌がっていたくせに、お前のその子どもっぽさはいつまで経っても変わらないな」


 ブランケットがずらされ、むに、と頬を摘ままれる。ララウィンは眉間にしわを寄せて無言の抵抗をしてみせるも、ムードは気にせず、柔らかさを堪能するように何度もむにむにと続けられてしまう。


「お前の感情は汲みとれても、考えまでは汲みとれない。悪魔のオレに察しろなんて無茶は言うなよ? 文句があるなら、ちゃんと言っておけ。どうせそれにオレがムカついたとしても、オレはララウィンに頼らざるを得ないし、離れられないんだから」


 頬を摘まむ悪戯な指とは違い、ムードの口調はとても穏やかで、まるで寝物語を紡ぐ父親のようだった。

 ララウィンは時折、ムードが悪魔だということを忘れそうになる。微睡みを揺蕩う心地よさと安心感で包み込んでくれて——もしかすると、これが籠絡されるってことなのかな、と考えてしまうほどだ。

 どれだけ拗ねても怒っても、こうされるとどうにも口が緩んでしまう。


「……セスたちと仲良くなるの、わたしに任せすぎ。時々、話の内容とか受け答えとか距離感とか、間違ってないのか不安になる」


 目を開けたララウィンがぽつぽつと話し始めると、ムードの指は頬を摘まむのではなく、頭を撫でる方に動きを変化させた。


「それは仕方ないだろう。実際に会話をするのはララウィンだ。いちいちオレが返事の仕方まで指示するなんて無理に決まってる」

「わかってるもん。わかってるけど……でも、なんかこう……具体的な攻略法とか教えてほしい」

「無茶言ってるって自分でもわかってるだろ」

「……だから言わなかったのに」


 優しく頭を撫でられると、ますます子どもに近づいた気分になる。ララウィンの口はもう止まらなかった。


「四人同時に好感度稼ぎって、本当にうまくいくのかな……。ハーレムルートみたいな展開に持っていくってことでしょ? だれかの好感度があがったら、だれかの好感度は下がりそうというか……人間の感情って、もっと複雑だと思う。わたしだったらやだもん、好きな人がほかの人の好感度稼ぎしてるのなんて……」

「ふむ……」


 ムードが黙ってしまった。ちらりと視線を向けるも、目は合わない。ララウィンを無視しているというより、考え事にふけってしまっているようだ。

 その間もララウィンの頭は撫でられ続け、徐々に眠気がララウィンを襲い始める。


「……わかった。もう少し明確な方針を決めよう」


 ムードがそう言ったとき、ララウィンの耳は辛うじて機能していたが、目はもう一日の稼働を終えてしまっていた。


「差し当たって優先すべきは王太子だ。あいつは聖剣を扱える魔力と血筋を持っている。ほか三人はあくまでも取り巻き。拗れそうなら王太子以外切り捨ててもいい。癪だが……本当に癪ではあるが、オレたちが一番好ましく思っているのも王太子だ。なにも問題はないだろう」


 並べられていく言葉たちが、単なる文字の羅列としか捉えられない。

 意味を飲み込めぬまま、夢心地に頷いたララウィンを咎める声はなく、ただひたすらに優しい指先だけが、この夜最後にララウィンが覚えていた記憶だった。

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