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乙女ゲームの主人公は悪魔契約者に乗っ取られました  作者: はねる朱色
一年生

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 ミッドミンはそれから毎日、花かお菓子を手渡してくれるようになった。しかし、会話はまだまだといったところだろう。

 今日も今日とて、挨拶とともに一輪の花を渡され、「今日もいい天気だね!」だけ告げて逃げるように離れてしまった。

 移動教室の最中、ローブの胸元に魔術で花を括りつけながら、ララウィンはモルモに問いかける。


「わたしもなにかお返しをした方がいいと思う?」

「思わないかなー。むしろララウィンは、もっと貢がせていいと思うよ。ミッド、悪い人じゃないけど、あのまどろっこしさに付き合わされるのは御免だもん。ミッドを狙ってた子たちも、あれ見て諦めモードに入りつつあるしね」

「……ミッドを狙ってた?」


 ララウィンが首を傾げると、モルモは軽くあたりを見渡す。

 そして声のボリュームを一段落としてから、話を続けた。


「王太子の幼馴染で、高位貴族で、魔術の才能あり。もちろん入試上位だったんだから頭もいいとくれば、そりゃあ女の子はみんな狙うでしょ。王太子殿下よりもハードル低いし?」

「もしかして、モルモも狙ってるの……?」


 その場合、モルモとララウィンはライバルということになる。さすがに狙ってた男の子を横から掻っ攫われたら、モルモもララウィンを友達とは思ってくれなくなるだろう。

 けれどそんな不安を吹き飛ばすように、モルモはけらけらと笑った。


「だーから、あれに付き合わされるのは御免だって言ったじゃん! それに、あたしは学業に集中したいの! 興味はあるけど、恋愛は後回し! ……そもそも、近くにセスがいると、ほかの男子はみんな霞んで見えるっていうか。あのカッコよさはズルいよねー。友達になれただけ、超ラッキーだよ」

「……セス、ほかの人から見てもカッコいいんだ」

「……えっ」


 モルモの目がキラキラと輝いた。

 ——しまった。余計なことを言ってしまったかもしれない。


「えーっ、えーっ! なに、ララウィンってば意外とメンクイ!?」

「ち、違う! 違うから!」

「なによもーっ! 言ってくれたら協力したのに! ——あ、でもそしたらミッドが……ま、いっか」

「ほ、本当に違うの! 一般論として人気あるのかなって気になっただけ!」

「へー? ふーん? まあいいけどさー。我が学年で一番人気なのは間違いな————お?」


 にやにや笑っていたモルモの顔が歪んだ。視線はちょうど通りがかった中庭に向いている。


「ごめん、ララウィン。ちょっと時間ちょーだい」


 そう言ってモルモが歩を進めた先は、男女十人ほどが入り混じる集団だ。彼らはこちらに背を向ける形だが、その隙間から向こう側で対峙するように立つ二人組が見えた。


「つまらないお言葉ですわね」

「つまらないお顔ですものね」

「この貧民風情が……!」


 淡々とした声がふたつと、激昂した声がひとつ。

 それだけで、状況は読めた。「ふうん」とララウィンは集団の外側で足を止める。

 淡々としている二人組は、同じクラスの双子姉妹だ。名前はパダプーダ・クリアと、パダパエ・クリア。どちらがパダプーダでどちらがパダパエかは、いまだララウィンにも見分けがついていない。

 金髪、水色の瞳で、外見はまったく似ていないが、モルモの遠い親戚であるらしい。

 だからこそだろう。足を止めたララウィンとは異なり、モルモはそのまま集団に突っ込んでいった。


「うちとケンカしたいなら、あたしが買ってあげよっか?」

「お前は……」


 双子姉妹を背に仁王立ちしたモルモは、集団のなかで一番目立つ男を睨む。

 庇われた双子は驚いた様子も申し訳なさそうな様子もなく、人形のような顔でモルモの背中を眺めている。

 彼女たちはいつもそう。表情が変わらず、しかし口から出る言葉はなかなか苛烈なので、ララウィンとはまた違う意味でクラスで浮いているのだ。

 他クラスの生徒からしても、彼女たちは少し異質に見えるのだろう。絡まれやすいというか、悪感情を抱かれやすいタイプだ。

 標的を双子からモルモへと変えた男子生徒は、しばし考え込むような間をあけたあと、「ふん」と鼻で嗤った。


「ああ、パーティーで見た顔だ。なら、俺がだれかもわかっているだろう? 伯爵家の六女ごときが随分強気だな」


 ララウィンはそっと、男の顔が見える位置に移動する。

 なんだか、わたしも見覚えがあるような——と思った瞬間、『あれ、お前の親戚じゃなかったか?』とムードが答えを出してくれた。

 言われてみれば、いとこかはとこか、そのあたりの長男坊だった気がする。名前は覚えていない。同じ学校に入学していることも知らなかった。本家当主である父の生誕パーティーで遠目に見たことがあるだけの、会話すらしたことがない相手だ。

 モルモの目がララウィンにちらりと向けられたが——気遣われたのだろうか? ララウィンが首を横に振ると男へと視線が戻り、モルモは逆に鼻で嗤い返した。


「ゴールドラインってだけで王族にまで昇りつめた平民の実例、知らないの? まだ卵だとしても、この国の魔術師が爵位だけにこだわるなんて滑稽すぎ。——ああ、そっか。実例って言っても、100年も前の話だもんね。たった100年さかのぼっただけの歴史だとしても、ノーラインでノータリンな頭じゃ覚えらんないか」

「俺はホワイトラインだ!」

「やだ、ごっめーん! ノーラインばっかり従えてるから、てっきりあなたも仲間なのかと!」


 モルモの舌が絶好調で回っている。

 ローブ裾に引かれたホワイトラインは、中の下クラスの証。ブラックライン——黒のローブに黒のラインはあってないも同然なのでノーラインと呼ばれることもあるが、それは最下層クラスの証だ。

 中の下も誇るべきことではないが、最下層と一緒くたにされるのは堪えるだろう。見るからにプライドが高そうな男だ。

 案の定、男は杖を振りかぶった。魔術行使の気配はなし。中の下程度の実力しかないからか、物理攻撃を選んだらしい。

 ララウィンがひょいと杖を振れば、軽くいなせる程度の攻撃。物理攻撃を選択するわりに、どうやら大した筋肉を持っているわけでもないようだ。


「武力行使なら、わたしが相手になるけど」

「貴様……ララウィン……!!」


 ララウィンとは違い、彼は親戚の顔と名前をきちんと把握していたようだ。

 小声で「一族の恥さらしが」と吐き捨てられ——すぐさま『この状況においての恥知らずはどっちだか』というムードのツッコミが入る。とっさに頬の内側を噛まなければ、吹き出していたかもしれない。

 男はララウィンを射殺しそうなほどの目で睨む。しかし数秒も経たぬうちに心境が変化したのか、にやりと口角をあげた。


「よく貴様の立場で相手になるなどと言えたな。俺はお前の父親じゃなく、母親側の親戚だぞ? ここでのことを報告すればどうなるかくらい、その勉強だけしかできない頭でも理解できるよな? まともな食事も睡眠も期待するだけ無駄だ。長期休みに入れば地獄が待っていると思え」

『殺そう』


 ——異議なし。

 ムードの心とララウィンの心が、ぴたりと一致した。

 モルモがぎょっとした顔でこちらを見る。男は魔力の高まりも感じ取れていないのか、「——なんてな。冗談だよ、冗談。だから……お前の言葉も冗談だろ? ララウィン」だとか、にやにや笑いながら無駄口を叩いている。

 その不快な声を、呼吸ごと封じ込めてしまおう。操作魔術で、気道をきゅっと締めるだけ。大きい物を細やかに動かすことはまだ慣れないが、人間の気道くらいならまったく問題ない。


「カッ————」


 男の声が、おもしろい詰まり方をする。目が見開かれている。

 あとはこれを維持するだけ。ああ、人間って、なんてあっけない——、


「がぺぇッ!?」


 ぐるりん、と。男の体が一回転して吹っ飛んだ。

 目標が狙いから逸れ、操作魔術が途切れる。


『チッ! じわじわ殺すつもりだったというのに余計な邪魔を……! たったの一秒じゃ、後悔と恐怖を刻み込むことすら——』


 ムードの巨大な苛立ちに感化されるも、戻ってきたララウィンの理性が警鐘を鳴らす。頭が痛い。

 顔をしかめつつ視線を横にやると、男が地面に伸びていた。中庭の木に激突したらしい。


「実力のない人間が吠える様は、これほど愚かしく見えるものなんですね」


 さらに視線を動かす。ララウィンの背後に、杖を掲げる男子生徒が立っていた。

 ローブの裾にゴールドライン。ネクタイは赤。色素の薄いグレーの瞳には黒髪がかかり、暗い影をまとって見える。細身の長身はクラス内でも目立つが、だれかが近くにいることは少ない。

 学年次席のオルカル・グルム——攻略対象者と思われる人物だ。

 杖を下ろした彼は、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。それと入れ替わるように、取り巻き集団が伸びている男のもとへと慌てて駆け寄っていった。


「邪魔されちゃった。自分でやり返せたのに」


 オルカルとララウィンは、それなりに親しくやれている。だから、ララウィンを助けようとして魔術を使ったのだろう。けれど、ララウィンはあえて感謝を告げず、拗ねるように唇を尖らせた。

 ララウィンの前まで来たオルカルは、柔らかく目を細めてララウィンを見下ろす。


「いけませんよ。あなたは主席なんです。荒事で評価を下げるなんてもったいないでしょう」

「あなただって次席でしょう。なのに——」

「僕はいいんです」

「どうして」

「あえて言うなら、冷静でしたから」

「…………わたしだって、冷静だったもの」


 やろうとしていたことは、バレてしまっただろうか。殺意が収まったこともあり、ララウィンは少し後悔する。攻略対象者の目につく可能性がある場所でやるべきではなかった。


「散りなさい! もう授業が始まります! 関係者以外は行きなさい!」


 しかも教師まで来てしまった。いよいよ最悪だ。どこから見られていたのだろう。


「あいつが悪いんです、先生!」


 モルモが伸びている男を指さしたが、教師は厳しい顔を崩さぬまま「それはわかっています」と告げた。


「そのうえで、モルモ・ハーティ、パダプーダ・クリア、パダパエ・クリア。あなたたちは余計なケンカを買う必要はありませんでした」

「……はい。ごめんなさい……」


 モルモがしょんぼりと肩を落とす。双子は表情をぴくりとも動かさずに「申し訳ございませんでした」と謝った。


「ララウィン・アートブレス、オルカル・グルム」


 当然、教師の矛先はララウィンたちにも向けられる。意識せずともララウィンの背筋が伸びた。


「つい、思わず、うっかり魔術を使ってしまうことは、この学校の生徒であればだれにだって経験があるでしょう。しかし、感情に振り回され魔力コントロールができないような未熟さは恥ずべきことです。ましてや、あなたがたは主席と次席。ほかの生徒の模範となるべき立場であることを自覚しなさい」

「はい。以後、気をつけます」

「…………はい」


 きっちりと返事をしたオルカルに比べると、ララウィンの返事は『渋々』という感情が漏れ出ていたことだろう。

 だからなのか、教師も感情を隠さぬ様子で「はあ」とため息をついた。


「全員、反省文代わりに魔力と感情の因果関係についてのレポート提出を命じます。よろしいですね」

「えーっ!? よろしくないです!」


 真っ先に反論したのはモルモだ。


「あいつがあたしの家族をバカにしたから! あいつのせいなのに! 職権乱用! 横暴だ!」とうるさく喚き、教師の眉間により深いしわを刻みつけている。


「あちらにはさらに重い罰を下しますから」

「退学ですか!」

「違います」

「なんで! 先生のいじわるぅー!」


 モルモの叫びを無視して、教師はまだ倒れたままの男の方へ行ってしまった。

 取り巻き集団たちを「ほら、彼は医務室に連れて行きますから、あなたたちも授業に行きなさい!」と蹴散らす背中に向けて、モルモがべーっと舌を出す。


「ひどいよね、退学でも足りないくらいなのに! うちの子だけじゃなくてララウィンにまで最低なこと言って————っていうか」


 つり上がっていた眉が垂れ下がる。それまでの勢いをなくしたモルモは、控えめに、あざとく、ララウィンの袖を摘まんだ。


「あたしを助けるために割って入ってくれたのに……怒られちゃったし、レポートなんて書かないといけなくなっちゃったし……ごめんね」

「ううん。わたしこそ、わたしの親戚がごめんなさい」

「うえーん。ララウィン、優しいよぉ~!」


 泣きマネをしながら、モルモは両腕を広げた。恐らく、ララウィンに抱きつこうとしたのだろう。

 しかしその動きを止めるかのように、冷たい声が降ってきた。


「ええ、本当に。優しすぎますよ」


 陰ったグレーの瞳が、モルモを見下ろしている。そしてその冷ややかな目と声は、双子姉妹にも向けられた。


「相手を言いくるめられる頭脳も力もない分際で、トラブルを起こさないでいただけますか。クラス全体の総評に関わります。我々の足を引っ張らないでいただきたい」

「んな……!?」


 モルモがわなわなと肩を震わせる。


「一番ケガさせるようなやり方でトラブルを大きくしといて、なにその言い方ー! 感謝もしたくなくなるんですけど!」

「していただかなくて結構。ララウィンが関わっていなければ、立ち止まることもなく放っておいた事案です」

「オルカル……」


 わたしのために首を突っ込んでくれた——ララウィンにとって、嬉しい言葉ではある。しかし当然、ララウィン以外からは反感を買う言葉だ。双子姉妹も黙っていられなくなったようで、口を開く。


「ララウィンに気に入られようと必死ですわね」

「媚を売りたいのであれば、ララウィンの周囲にも気を配った方がよろしいですわよ」

「けれど現状、周囲からどのように呼ばれているかご存じ?」

「成績以外に取り柄のない陰気な男」

「取り柄がないどころか人を苛立たせてくるばかりの陰気な男」

「目障りな前髪を切って差しあげれば、少しは明るくなるのかしら」


 左右から交互に責め立てられても、オルカルが意に介した様子はない。


「ララウィンだけを優遇するのは当然でしょう。魔術師は実力主義であるべきです。同学年であるあなたがたと僕は、はっきりと順位づけされている。僕の言動に不満があるのなら、僕より上に立てばいい話だと思いますが」

「絶対立てるわけないとか思いながら言ってるでしょ! そうやって見下すのってよくない! 最低! 性悪! 根暗ぼっち! どうせ立てませんよごめんなさいね! ——行こ、ララウィン!」


 モルモがララウィンの腕を引っ張る。そのままずんずんと進み、恐らく授業に向かおうとしているのだろうが——ララウィンはちらりと背後を見る。

 当然というかなんというか、同じクラスの双子とオルカルも、向かう先は同じだ。三人とも無言でララウィンたちについてきている。

 少し気まずい……なんて思っていると、オルカルと目が合った。

 わずかに目を見開いたのち、彼は目元を緩ませる。グレーの瞳は、前髪の隙間から日差しを受けたときだけ、煌めいて見えるのだ。

 モルモも双子もオルカルを嫌っているようだが、ララウィンには丁寧に接してくれる彼を嫌いにはなれない。それに、このメンバー内でララウィンが一番優先すべきなのは、攻略対象者と思しきオルカルだ。

 だから、きちんと伝えておいた方がいいだろう。

 ララウィンは心を込めて、「オルカル」と彼の名前を呼んだ。


「ありがとう——庇ってくれて」


 オルカルが来てくれなければ、籠絡作戦どころではなくなり、目的を果たせなくなるところだった。それもあって、本心から感謝を言うことができた。

 オルカルの口元がほころぶ。なにかを言おうとしたようだった。

 しかし。


「もー! そうやってララウィンが甘やかすから!」


 モルモの大きな声により、オルカルの言葉がララウィンに届くことはなかった。

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