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乙女ゲームの主人公は悪魔契約者に乗っ取られました  作者: はねる朱色
一年生

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「作業手順は以上となります。それでは、四人組を作ってください」


 教師のかけ声で、教室が一気にざわめきを取り戻す。

 ララウィンの隣に座っていたモルモもその流れに則り、口を開いた。


「操作魔術かー。ムードちゃんがいるし……ララウィン、もしかしてもうできちゃったりする?」

「大きい物は難しいけど、これくらいなら」

「さっすが! じゃあ、同じグループになろうね。ララウィンの出来に便乗させてもらいまーす」


 甘えるようにララウィンの腕に抱きついてきたモルモを一瞥してから、ララウィンはデスクの上へと視線を移す。

 四つ足の、牛か山羊かよくわからない動物を模した人形。大きさは人の頭くらいだろうか。

 今回の授業は、操作魔術の初歩の初歩。人形に細かい動きをさせるのはまだひとりでは難しいだろうということで、四人で協力して人形を歩かせましょう、とのことだ。

 ひとりにつき人形の足一本を操作、という話だったが、正直なところ、すでにララウィンはひとりで四本の足をそれぞれ自在に動かすことができる。なんだったら、頭と尻尾部分をつけ足してもいいくらいだ。

 けれど、教師の指示を無視するわけにもいかない。魔術を鍛えるというより、協調性を鍛えることになりそうだな——などと考えていると、輝かしい金髪が視界に入った。


「よかったら、私たちも交ぜてもらっていいかな」

「えーっ、セスとミッドが入ってくれるなら、百人力じゃん! あたし、なにもしなくても最高評価もらえちゃうんじゃない?」

「ふふ。残念だけど、私も操作魔術は初心者だよ。あまり期待されると困ってしまうな」


 わずかに眉を下げた微笑みを見せるセストセール。その背後には、彼の親友ミッドミンもいる。

 セストセールは初日の邂逅以来、ララウィンによく話しかけてくれている。やはり顔がかわいいというのが効いているのか、好感度はかなり高いようだ。最初は籠絡作戦に不安もあったけれど、概ね順調と言えるだろう。

 ただし、全部が全部うまくいっているというわけでもない。

 ミッドミン・レーン。恐らく、彼も攻略対象者である。

 なぜ恐らくなのかというと、ムードがセストセールに殺されてから14年以上が経過し、セストセール以外の顔がムードの記憶から薄れ始めていたせいだ。

 しかも、現状のミッドミンは成長期に入ったばかりのあどけない少年。ムードが出会った17歳の青年の過去で合っているのかどうか、自信がないのだそうだ。

 とはいえ、とりあえず仲良くしておくに越したことはないだろうと、ララウィンはミッドミンとも良好なコミュニケーションをとっているつもりなのだが——如何せん、ララウィンはミッドミンに快く思われていないようなのだ。


「初心者でも真面目な人なら十分よ。よろしく、セス、ミッド」

「そう言ってもらえると、私も嬉しいよ。こちらこそよろしくね」

「ぼっ……あっ……あー……よろ、しく……」


 ほら、この通り。

 セストセールの柔らかな返答に対し、ミッドミンはララウィンと視線も合わせず、ぼそぼそと短文を口にするだけ。彼は快活でだれに対しても明るく人当たりのよい人物なのにもかかわらず、ララウィンと対面するときはいつもこうなのだ。

 クラスメイトにはもうひとり攻略対象者と思しき生徒がいるが、そちらの方——オルカル・グルムとは少しずつながらも会話を積み重ねていけているぶん、ミッドミンとの不和が際立っているように感じてしまう。


「ねえねえ、一番動かすのが難しい足って、どれだと思う?」

「どれも同じだと思うけれど……経験者のララウィンの意見はどう?」

「わたしもセスと同じ意見よ」

「それじゃあ、私が右前、ララウィンが左前、モルモが右うしろ、ミッドが左うしろでもいいかな?」

「いいけど、ほかの足の方が簡単そうだったら、あたしと場所交換してね」


 そうして、それぞれが対応する足の前へと移動する。

 ミッドミンも人形の左側、ララウィンの隣に立った。やはり、ララウィンと目を合わせることはない。


「まずは歩かせるんじゃなくて、各々好きに動かして感覚を掴んだ方がいいと思う」

「わかった」

「オッケー! がんばる!」


 ララウィンの提案に頷くふたりとは違い、ミッドミンは無言で杖を構えた。太い木の枝のような杖だ。

 ララウィンは横目で彼を見る。足一本を好き勝手に動かすだけなら、上の空でもまったく問題はない。

 ミッドミンの髪は、日本では染色だとしてもあまりお目にかかれなかった明るいオレンジ色。まるっこい瞳はブラウン。よく笑顔を浮かべているかわいい系の顔立ちで、『人好きしそう』というのが、遠目でミッドミンを見たときの第一印象だ。……まあ、その人好きしそうな顔は、いまのところララウィンに向けられたことがないわけだが。

 魔術の腕前は、クラス内でちょうど中間あたりといったところだろうか。とはいえララウィンたちのクラスは最優のゴールドクラスであるからして、総合的には優秀な部類だ。

 現にミッドミンが杖を振るたび、人形の左うしろ足は震えるように蠢いている。初めてでこれなら、褒められるべきセンスと言えるだろう。

 モルモは苦戦をしているようで、動かない足を必死の形相で睨みつけながら「うごけうごけうごけ」と呪詛を吐いている。

 そして、さすがというか、なんというか。セストセールは少しぎこちなさはあるものの、右へ左へと思った通りの動きを再現できているようだ。


「セス、本当に初めて?」

「本当だよ。ただ、魔術盾だけは幼いころから厳しく仕込まれていて……盾を動かす感覚と近しいところがあるから、そのおかげかな」

「ねえ……! 天才なおふたりは……ふんぐぐぐ……あたしに対してアドバイスとかっ……ないわけ……!?」

「モルモはまず、力を抜くところからかも。——ミッドは」


 ララウィンが名前を呼ぶと、ミッドミンの体が大袈裟なほどに跳ねた。


「もう少し動かす方向を明確にイメージするといいんじゃない? 最初は足先を右に一センチ。こんな感じで」


 ララウィンは自分の担当の足をお手本として動かしてみせる。ミッドミンはそれをきちんと見ていたはずだが、うんともすんとも言わず、続けて魔術を試す気配すらない。固まってしまっているように見える。


「ミッド? 聞いてる?」


 まさか、無視されているのではあるまいな。

 そう思ってララウィンは、杖を持っている方のミッドミンの袖を引いた。


「うわあ!?」

「えっ!?」


 突然、至近距離で放たれるミッドミンの大声。

 今度はララウィンが体を跳ねさせる番だった。そして、予期せぬ驚きのせいで、次に起こった事態に対応することができなかった。

 大声とともに振られたミッドミンの杖が、人形を吹き飛ばす。ただの操作ミスであって決して狙ったわけではないと思いたいのだが、それは勢いよくララウィンの顔面へと激突した。


「むぶっ」


 間抜けな呻き声とともにララウィンは体勢を崩す。完全な不意打ち。なにか魔術を行使しようという考えに及ぶ暇すらなかった。


「ララウィン!」


 ミッドミンがララウィンの名前を呼ぶ。わずかに腕を引かれた気がしたが、すぐさま逆に押されるような力の向きに変わった。

 ごつん、と肩甲骨のあたりを強打し、ララウィンは顔を歪める。同時に、後頭部から「みぎゃっ」とムードの声がした。


「ちょっと大丈夫!?」

「頭を打ったなら、あまり動かないように。ミッドははやくどいてあげて」


 モルモとセストセールの足音が聞こえる。ララウィンは綺麗に顔に乗ったままの人形を掴んで上体を起こした。——起こそうとした。

 重い。重くて、起き上がれない。

 ララウィンは倒れたまま、目を下に動かす。

 まず視界に入ったのは、くせのあるオレンジ色の髪。次に、耳まで真っ赤なミッドミンの顔。それがある場所は、ちょうどララウィンの胸の上だった。

 パチリ——ララウィンの目とミッドミンの目が合う。そこからのミッドミンの動きの素早さと言ったら、魔術師よりも騎士に向いているのではないかと思わされるほどであった。


「ごっ、ごごごめんなさいッ!!」


 片膝をついて深々と頭を下げるミッドミン。ララウィンはそのつむじを眺めながら、今度こそゆっくりと体を起こした。


「ララウィン、動いて大丈夫かい? 頭を打って————いない、みたいだね」


 セストセールも膝をつき、ララウィンの顔を覗き込んでくる。

 熱を持ちそうな頬から逃れるため、顔を逸らすようにして自分の頭があった場所を見ると、若干潰れ気味なムードが横たわっていた。


「すっごーい! よくあの状況で、ムードちゃんを動かしてクッションにできたね」

『……おい。お前はわかっていると思うが、お前が無意識に魔術で動かしたんじゃなく、オレが動いてやったんだからな。オレが、わざわざ、クッションになってやるために、わざわざ!』


 ララウィンは頭のなかで響く声に微笑んで、ムードを持ち上げる。

 授業中なこともあって、ムードを収納魔術でローブポケットに押し込んでいたのだが、どうやら自分から飛び出してまで庇ってくれたようだ。

 ゴミを払いつつ撫でると、『ふん』と偉そうな鼻息も聞こえた。


「あらかじめ仕込んでおいた魔術がうまく作動してくれたみたい。この子が自分で動いて助けてくれたの」

「そうなの? オート機能ってこと? そっちの方がすごい気もするけど」

「ともあれ、頭を打っていないだけでもよかったよ。ほかに痛い場所はある?」

「背中はぶつけたけど、そこまでひどくないと思う。わたしより——」


 ララウィンはミッドミンのつむじへと視線を戻す。モルモとセストセールの視線もそこに集まった。


「ええと……ミッドは怪我してない?」

「こっ……こんな僕にまで気遣いを……」


 ミッドミンの声が震えている。もしかして、泣いているのだろうか。

 さらに頭が深く下げられるが、片膝をついたままだとひどく苦しそうな体勢に見える。


「本当にごめんなさい、申し訳ありませんでした……! な、なんでもお詫びします! 本当になんでも命じてくれていいから! ご所望なら僕の命で償ったっていい!」

「え、ええぇ……」

『……ふうん。女神の介入がないなら、命をもらうという選択も悪くない。籠絡より簡単そうだ』


 ムードはなにやら乗り気だが、クラスメイトたちの目を集めてしまっている。先生も注目している。さすがに、こんななかで命の要求はできない。


「お、大事にしすぎ。べつに、痕が残るような怪我をしたとかじゃないもの。わざと転ばせたわけでもないし……」

「そ、それもだけど、そうじゃなくて……そうじゃなくって……!」

「そうじゃなくって?」


 ララウィンはしばらく言葉を待ったが、それきりミッドミンは口を閉ざしてしまう。

 代わりにモルモがララウィンの耳に顔を寄せ、そっと囁いた。


「たぶん、ララウィンの体に触っちゃったことを言ってるんだよ思うよ?」

「え…………なるほど?」


 それでミッドミンはここまで動揺しているというわけか。

 たしかに恋仲でもない女子の体を触るのはよくないが、それにしたって快く思っていないであろうララウィンに命を捧げようとまでするほどとは————いや、待てよ。もしかすると、ラッキースケベで恋愛フラグが立つタイプの攻略対象者なのかもしれない。体に触れたことで、少し好感度が上方修正されたのかもしれない。ここからぐんぐんあがっていくのかもしれない。

 好感度があがるなら、命を守ることに繋がるなら、多少体を触られたくらいどうってことない。籠絡作戦を始めた時点で、ある程度は覚悟の上だ。

 そう考えたララウィンは、「それじゃあ」と口を開いた。


「お詫びとして、わたしと仲良くしてほしい。友達になってほしい。……いつもわたしにだけ冷たいから」

「えっ……!? つ、冷たい……!?」


 ミッドミンが勢いよく顔をあげる。潤んだ目は、愕然と見開かれていた。


「うーん。まあ、ララウィンにはそう思われても仕方がないよね」


 苦笑まじりにセストセールが言うと、さらにミッドミンの目に水分が貯まる。


「そ、そんなつもりじゃ……! 違うんだよララウィン、僕はっ…………ぼ、僕はただ、緊張して……」

「緊張……?」


 人見知りということだろうか——でも、そういうタイプには見えない、と思い直す。

 ほかのクラスメイトとは、だれとだって初めましてから問題なく会話していたのだ。だから、その理由はおかしい。なにかを誤魔化そうとしているはず……なのだが、しかしかといって、ほかの理由が思いつくわけでもない。

 モヤモヤする気持ちを抱えながら考え込んでいると、ムードがその思考に割り込んできた。


『攻略が進むなら、べつになんだっていいんじゃないか?』


 ——それもそうか、と思う。

 極論、いまの時点でミッドミンがララウィンのことを嫌っていたっていいのだ。嫌うに至った理由だって関係ない。最終的に好感度があがってさえいればいいのだから。

 そして好感度をあげるには、コミュニケーションをとるしかない。ミッドミンの気持ちがどうあれ、ララウィンの行動指針は決まっている。

 ララウィンは立ち上がり、ミッドミンへと手を差し伸べた。


「それなら、緊張しなくなるまで毎日お話しましょう? それで、いつかきちんと仲良くなれたら、すごく嬉しい」


 自分でも世界最強にかわいいと思える笑顔を向けると、ミッドミンは目も口も開けたまま、煙を噴き上げそうなほど顔面を赤くする。

 ——ふふん。真正面から浴びるわたしのかわいさには勝てないでしょ。

 意地悪なつり上がり方をしそうな頬を叱咤しつつ、ミッドミンが応えてくれるのを待つ。

 待つ。

 …………待つ。


「もう、仕方がないな」


 いつまで待っても動いてくれないミッドミンに痺れを切らしたのは、ララウィンではなくセストセールだった。


「ほら、ミッド。握手」


 セストセールがミッドミンの手を取り、無理やりララウィンの手に重ねる。


「困った子だけど、信頼できる私の友人なんだ。根気よく付き合ってくれると助かるよ」

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