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入学から数週間も経てば、ある程度クラスの雰囲気というものも定まってくる。
人間関係もそうだ。グループの固定化。クラスの中心人物。一匹狼。だれがどういった立ち位置を築きつつあるのか、容易に察することができる。
学内におけるセストセールの仕事は、学ぶこと。そして、将来有望な人間が敵対派閥に取り込まれてしまわぬよう気にかけ、手綱を握っておくことだ。
「おはよう、ララウィン」
「おっ……はよう」
同学年でひときわ有能なのは、ララウィン・アートブレス。
挨拶をすると、眠そうにしていた彼女の目が、ぱっちりと丸くなる。驚かせてしまったかもしれない。
セストセールは自身の身長より少しだけ短い、宝石のあしらわれた杖をデスクに立てかけ、ララウィンの隣に着座した。
「一昨日出た課題のレポート、進んでる?」
「え……生活魔術の? それなら終わったけど……」
「もう? はやいね」
これは率直な感想、称賛だ。
やはり彼女は優秀である。ただたまたま入試の出来がよかったというだけではない。授業態度、課題の完成度、手際の良さ——どれをとってもクラスで一番。もしかすると、先輩を含めた学校内でも一番な可能性すらある。
ララウィンのことは、すでに父である国王陛下の耳にも入っているようで、『はやめに抱き込んで手放すな』という旨の手紙も受け取った。
セストセールとしては、なんでもかんでも派閥争いに紐づけることに抵抗はあるものの、しかし社交界で見かけたことのない、恐らく世間知らずであろうララウィンが政敵に利用される可能性は無視できず、こうして少しでも自分と彼女が親しく見えるよう画策しているというわけだ。
幸いにして、初日の対応がよかったのか、ララウィンはセストセールに好感を抱いてくれているらしい。
「なにか躓いているの? わたしのレポート、見る?」
ためらいなくそう言って鞄を漁る彼女を、手で制す。
気持ちはありがたいが、課題は自分でこなしてこそだ。
「参考文献に選んだものがあまりよくなかったのか、矛盾……とまではいかないけれど、どうにも納得のいかない箇所が多くてね。よければ、使った本のタイトルだけ教えてくれると嬉しいかな」
「もちろん。ダイダエル・ロックの『手料理VS魔術料理~愛情はどちらに多く隠されているのか~』と、フュビュー・エンタレストの『生活基盤は水と火にある』よ」
「……エンタレストの方はともかく、おもしろいタイトルの本を選んだんだね」
「そう? ラフな文章で読みやすいわりに、きちんと精査されていてオススメよ」
「ありがとう。あとで図書室に行ってみるよ」
「わ~、朝っぱらから勉強の話してる~!」
軽い足取りで近づいてきたのは、モルモ・ハーティ。王派閥に属するハーティ伯爵家の六女だが、入学するまでセストセールとは一度挨拶を交わした以外、接触のなかった子だ。
「ためになることなら、あたしにも教えてくーださい!」
彼女はララウィンの隣——セストセールの逆側へと腰を下ろした。「モルモは生活魔術のレポートやった?」とモルモの方へと顔を向けてしまったララウィンを、セストセールは静かに観察する。
クラスメイトの多くが、いまだララウィンとの距離を測りかねている状況だ。そんななか、こうも気安く声をかけてくる人間は貴重なのだろう。ララウィンは基本的にモルモと行動をともにしていることが多い。
ほかにララウィンと関わっているクラスメイトは、モルモの遠縁であるという双子姉妹と、入試結果でセストセールのひとつ上に君臨していた次席のオルカル・グルム。それから、セストセールの幼馴染であるミッドミン・レーンくらいだ。ほかの者とは、挨拶を交わしているところすら見たことがない。
「セス、おはよう!」
レポートの話で盛り上がっているふたりを眺めていたセストセールは、視界の外から名前を呼ばれて振り返る。
「おはよう、ミッド。今日も元気だね」
「僕は元気だけが取り柄だからね。…………えーっと、それで」
ミッドミンはセストセールの隣に腰かけながら、セストセールを挟んだ向こうで盛り上がっているララウィンとモルモへと視線を送る。ふたりはララウィンのレポートを一緒に覗き込んでいて、ミッドミンが来たことには気づいていないようだ。
ミッドミンも、元気が取り柄とはなんだったのか、「あの」「その」と非常に小さな声を出しては口を閉じるという、病弱な深窓のご令嬢のようなしおらしさを見せている。
「ミッド」
「う。いや、わ、わかってるよ。ちょっと待って」
「まさか、きみのこんな姿を見る日が来るとはね」
「……おもしろがってるでしょ」
「それこそ、まさかだよ」
そう言いつつ、セストセールは口角があがっている自覚があった。
ミッドミンがこうなっている理由はひとつ。ララウィン・アートブレスに、一目惚れしたのだ。
たしかにララウィンの容姿は、セストセールも好ましく思う。神秘的で、蠱惑的。しかし笑うと幼さとかわいらしさが表出して、その落差に心を掴まれる。
だが、あくまでも『好ましい』の範疇だ。外見だけで恋愛感情まで抱くということが、セストセールにはいまいち理解できなかった。
「……ほら、ミッド。あまりのんびりしていると、話す時間がなくなってしまうよ?」
「う、うん」
すう、はあ、と深呼吸をしたミッドは、ついに「ララウィン!」と大きな声を発した。
くるりとこちらを向いたララウィンの鮮やかな虹彩に、ミッドミンが映り込む。途端にミッドミンは頬を赤く染めて、思わずセストセールは忍び笑いをしてしまった。
一目惚れは、理解できない。
けれどだからといって、大切な幼馴染の恋路を応援しないわけではない。
ミッドミンとララウィンが交際、婚約、そして結婚という過程を踏むことができれば、セストセールの幼馴染は幸せになるし、優秀なララウィンを派閥に引き込むこともできる。セストセールにとっては、最上の結果になるのだ。
再び声を小さくして「おはよう」と伝えるミッドミンに、セストセールは心のなかで応援の言葉を送ったのだった。




