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「残念ですが、ミッドミンのもとに連れ帰ると約束していますので」
非常に冷たい声が落ちる。
すでに次の曲が始まっている最中、ダンススペースの端でオルカルは茶髪の先輩——ジージャを睨んでいた。
「へえ、殊勝なことだな。けどミッドはキミと違って、俺とララウィンのダンスを拒むほど狭量じゃないだろ?」
対して、ジージャもまたオルカルを睨むように目を細めている。
一触即発な空気を感じ取ってか、周囲はこちらを避けるような器用な動きでダンスをする始末だ。おかげで半径三メートルほどは、ぽっかりと人のいない空間ができてしまっている。
ふたりに挟まれた状態で、ララウィンはジージャを見上げた。
彼と直近で最後に会ったのは、試験結果開示の日。見舞いでララウィンの部屋まで来てくれた日だ。
あのときは別れ際、ジージャの様子が変だったが、いま見る限りではいつも通りの振る舞いになっている。やせ我慢や空元気——演技の可能性もなくはないが。
「この場で俺と交代するか、ミッドのもとに戻って俺と交代するか。それだけの違いだ。……ああ、いや、それだけという表現はよくないな。こことミッドのいる場所を無駄に往復するかどうかの違いだ。ヒールを履いて何曲も踊っているララウィンには、どっちが優しいと思う?」
否、演技の可能性はゼロかもしれない。生き生きと楽しそうにオルカルを煽る物言いは、空元気で出力できるものではないだろう。
実際、ジージャの言動に不調や嘘偽りが混ざっていれば容赦なくそれを突きそうなオルカルが、言い返すこともなく顔をしかめている。
どうやら、オルカルが押し負ける形になったらしい。
ジージャは「決まりだな」と口端をあげ、ララウィンの手を取った。
「ジージャ・キュエリアと申します。ともに楽しみましょう、お嬢さん」
芝居がかったセリフ回し。うさんくささ倍増である。
けれど、彼も攻略対象者。ここは乗せられてやった方が間違いないだろう。
ただし返事をする前に、とララウィンはオルカルへと視線を移す。
「あの、心配しないでオルカル。終わったらちゃんと、自分でミッドのところに戻るから。……もしよかったら、ミッドにもそれを伝えてもらえると嬉しいんだけど……」
「……ええ。あなたに非はありませんから、あなたの小さな願いくらい叶えますよ。本当に、業腹ではありますが」
「じゃあ、伝言係よろしくなー」
「あっ、ちょっと——」
まだダンスの誘いにイエスとまでは言っていないのに、ジージャはララウィンの手を離さないまま歩きだす。いつになく強引だ。
慌てて足を動かすと、ジージャはダンススペースの端をぐるりと辿り、クラスメイトたちからは一番遠い位置でようやくララウィンと向き合った。
「もう……結局、無駄に歩かせるんじゃない」
「ごめん、ごめん。少しでも長くいたかったってことにしといてくれ」
ちょうど次の曲が始まったため、自然と互いにステップを踏みだす。
そしてやがて、ララウィンは気づく。なんだか見られているな、と。
思えば、セストセールと踊ったときにも似た視線を感じていた。主に女子からの、刺すような視線だ。
もちろんそれらは、当然のことだと思っていたから無視していた。セストセールは王太子。そのダンス相手を務めれば嫉妬されるだろうし、セストセールを誘うためタイミングを見極めようと注視する者も多いだろう。簡単に予想できていたことだ。
だからいま似たような視線を感じていることに、申し訳ないがララウィンは驚いていた。
「もしかして……ジージャって、すっごく人気者だったりする?」
「ご存じないかもしれませんが、これでも俺は主席なんですよ、お嬢さん。ついでに、婚約者もいなければ派閥にも属していない末端貴族でございます」
笑い混じりに言われ、ララウィンもなるほどと笑ってしまう。
「とっても優良物件ね。ご存じなかったわ」
「まあそのぶん、男連中からは蛇蝎のごとく嫌われてるんだけどな。正直、会う前はセスやミッドから嫌われる覚悟もしてたんだぜ?」
「ふたりとも信じられないくらい優しいのに」
「もちろん、いまはわかってるよ」
——聞いてもいいのだろうか。
会話の裏で、ララウィンは考えを巡らせる。
あのときの『お兄ちゃん』発言。嫌な思いをさせてしまったのか、それともほかの要因がジージャを傷つけてしまったのか。
ムード以外の心なんてわからない。聞かなければ、再び同じことをしてしまうかもしれない。けれど聞くこと自体が、地雷だったとしたら。好感度ががっつり下がるどころか、二度と近づいてきてくれなくなるかもしれない。先輩後輩という立場のせいで、ただでさえほか三人より関わりづらいのを実感しているというのに。
——結局ララウィンは、わずかでも好感度が下がるかもしれない選択肢をとれなかった。
代わりに、「そうだ」といま思い出したと言わんばかりに目を細める。
「お祝い、用意したの」
「お祝い? ……あー、前言ってたやつか。ホントに気にしなくてよかったのに」
「ううん、わたしの方こそ……その、大したものじゃなくって……だから気にしないでほしいんだけど……」
ざっとジージャの全身を眺め、上着の胸ポケットに目をつける。
そして、睨むほどにそこを見つめる。
「ララウィン?」
ジージャが不思議そうに呼びかけてくるが無視。
見つめる。
見つめる。
瞬きをせず、歯を食いしばってでも見つめ続ける。
すると。
——ぽん。
軽快な破裂音とともに、ポケットに万年筆が刺さった。
「ふう……」
ララウィンは肩の力を抜き、疲れた目を数度開閉する。
ジージャは急に現れた万年筆とララウィンを交互に見ながら、呆然と呟いた。
「杖なしで……」
「ダンスしながらだと難しいわね。ちょっと時間かかっちゃった」
「創造魔術……じゃないよな、召喚魔術か? いや、まさかこれ、ララウィンのペンと同じ魔術付与を?」
「すぐにわかるなんてすごい。そう……なんだけど、でも、万年筆本体はなにも特別じゃなくて、量産されている手頃なものだから——」
「さいっこう!」
「きゃあっ!?」
ぐるんと視界が回った。足が浮いている。
とっさに手を伸ばすと、ジージャの肩を掴む形になった。
なにをされたのか理解したのは、きちんと踵が床についてからだ。
「び、びっくりした……!」
リフト——ジージャに持ち上げられたのである。
驚きすぎて、次のステップに移れない。というより、ジージャも足を止めている。
「実はさ、ララウィンが魔術付与したのを見たあと、密かに羨ましくなって自分でもやってみたんだよ。けどやっぱ、専攻外だったからかイマイチで。欲張って最初っからふたつ付与を試したのがいけなかったのか、バッキバキに折れて直せなくなるっていう……。いやあ、マジで情けない結果に終わったんだよなー、長く使ってたペンだったのに」
足は止まっているけれど、ジージャの口は非常によく動いている。
「だから、ホントにありがとな! これで来年も主席間違いなしだ!」
「よ、喜んでもらえたならよかった……」
「もう一回、持ち上げていいか?」
「もうだめ!」
「ちぇ~」
ジージャは再びララウィンの手をとり、ステップを踏み始める。
「にしても、無杖魔術か……。俺、苦手なんだよなぁ」
「わたしも苦手。なんていうか……水のなかを歩くみたいな息苦しさがあるもの」
「あー、わかる。窮屈さを取っ払おうとして力を込めすぎると、最悪暴発して死ぬし。知ってるか? 成長するほど……魔力量が多ければ多いほど、危険性は高いんだってよ」
「それ、なんの証拠もないオカルトまがいの説じゃなかった?」
「そうだな。どの国の研究者も、高名な魔術師たちも解明できていない法則だ。けど現に、赤ん坊が魔力暴走で死んだ例は極端に少ない。逆に年老いてボケた魔術師の死因九割は、魔力暴走による自滅。——だから、あんま使うなよ」
いやに真剣な眼差しが、ララウィンを貫く。
魔術師の血縁は、魔術師であることが多い。もしかすると祖父か祖母、ジージャの身内は魔力暴走で死んだのかもしれない。
死はララウィンの最も忌避するもの。であれば、その忠告は素直に受け入れるべきだろう。
神妙に頷いたララウィンを見て、ジージャは表情をぱっと明るくさせる。
「よーし、じゃあまだまだ踊り足りないことだし、次の曲もこのまま——」
「だめ!」
「わっ」
背後から腕を掴まれ、ララウィンはバランスを崩す。ジージャから体が離れた代わりに、ララウィンの背中に別の人の体が当たった。
振り返らずとも、直前に割り込んできた声で、それがだれなのかはすぐに把握できた。
「ミッド」
「おいおい。せっかく移動したってのに、こんな人の多い場所でよく見つけたな」
「リフトなんかしてたら、さすがに目につきます!」
ミッドミンの声が近いところから響いてくる。そっと視線をあげると、眉をつりあげて怒っている様子だった。
「ごめんなさい、ミッド。待たせてしまったでしょう?」
ララウィンがうかがうように小首を傾げると、ミッドミンはすぐさま表情を取り繕う。
「ううん。オルカルから聞いたよ、ララウィンのせいじゃないって。さすがに疲れてるでしょ? 一回休憩しよう。オルカルがイスの場所取りしてくれてるから」
「過保護なナイト様で困っちまうね、まったく。仕方ない。またな、ララウィン」
にこやかでうさんくさい微笑みを浮かべたジージャは、意外にもごねることなく去っていった。
ララウィンの正式パートナーであるミッドミンが相手だからだろうか。迎えに来たのがオルカルだったら、こんなにあっさり引き下がっていない気がする。
「もー……。ジージャ先輩、悪い人ではないんだけど……」
「ねえ、ミッド」
「ん? なぁに?」
ララウィンはくるりと反転し、正面からミッドミンの両手を握る。
「場所取りをしてくれているオルカルには悪いけれど……ほかの人から二回目を誘われる前に、もう一回踊らない?」
「えっ!」
飛び跳ねるような動きで驚き顔を披露したミッドミンが、だんだんと頬を染め喜色満面になっていく。
当然、この反応で断られるはずもなく、ミッドミンはどもりながらも改めてララウィンをダンスに誘ってくれた。
これで、攻略対象者全員と踊り、けれどミッドミンの顔もしっかり立て——一年の締めに相応しい、満点のダンスパーティーとなったのではないだろうか。
ムードによい土産話を持って帰れそうだ、とララウィンはステップとともに口角をあげたのだった。




