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セストセールは、ララウィンとのダンスが終わるや否や他クラスの女子に声をかけられ、あっけなく去って行ってしまった。
味方であると約束したことで、少なからず好感度はあがっているはず——というか、あがっていなければ困るのだが、「それじゃあ、またあとでね」と微笑む顔があまりにも平常通りすぎて、対応に間違いがなかったか不安になってしまう。ムードを抱きしめられないことが、心寂しい。
しかし、いつまでもセストセールを見つめているわけにはいかない。ララウィンのもとにはすぐにミッドミンが迎えに来てくれて、一旦休憩にしようとクラスの面々が固まっている場所までエスコートされた。
「姉か妹は一緒じゃないの?」
さっそくモルモと双子姉妹の片割れを見つけたが、双子のもう片方が見当たらない。
給仕から飲み物を受け取りつつララウィンが首を傾げると、モルモが呆れの表情で肩をすくめた。質問に答えてくれたのは、双子の片割れだ。
「パダパエは彼氏とバルコニーに行っております。先輩方が仰るに、そういったことをするには持ってこいのスポットとのことですわ」
げほん、げふん、とミッドミンが咳き込んだ。どうやら飲み物でむせてしまったようだ。
「大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ……。先生たちは取り締まってないの……? セス、連れ込まれたりしないよね……?」
ララウィンが背中を擦ると、ミッドミンは心配性なことを呟く。
少なくとも、ミッドミンよりは大丈夫だと思うのだ。セストセールはそんなに迂闊な人ではない。
「パダパエの彼氏さん、ふたりはもう見たの? パダパエの話だけじゃいまいちどんな人なのかわからなかったから、気になる……」
「それがさあ……もー、聞いてよ、ララウィン!」
モルモが体重をかけて抱きついてくる。とっさにミッドミンが支えてくれていなければ、ヒールのせいもあってみっともなく転げてしまっていただろう。
——まあ、支えてくれたミッドミンの手は、モルモの胸に触れていたわけだが。
「う——」
「ストップ」
ララウィンは人さし指をミッドミンの唇に当てた。効果は抜群で、声もろともにぴたりとミッドミンの動きが止まる。
すぐさま最適解をとれたのは、いままでの経験のおかげだ。
「みんなパーティーを楽しんでいるんだから、叫ぶのはだめ。いつも言ってるけど、わたし気にしてないから」
ね? とララウィンがミッドミンの唇を押すと、ミッドミンは固まったまま顔を真っ赤に染めた。ひとまず騒ぎだすことはなさそうなので、あとは復帰するまで放っておいていいだろう。
「それで、モルモはなにを聞いてほしいの?」
「魔性の女ぁ……」
「モルモ?」
「あっ、うん。なんかこのあとに言い出すと魔性の女対決みたいになるけど……パダパエ、三人目なんだって」
「……うん?」
「彼氏が三人目。初カレ報告を受けてから半年足らず……二回別れてんの、あの子」
「えっ」
「ちなみに、ぜーんぶ向こうからの告白」
「えっ」
「なんであの子なんだろうねぇ、ほーんと」
ララウィンもモルモとまったく同じ意見だ。そして——すごく……ものすごく負けた気がする。
ララウィンがいま定めている攻略対象者は四人。その数に迫る勢いで攻略を完遂している。……いや、別れているのなら、完遂とは違うのかもしれないけれど。でもとにかく、負けた気がする。
「男の人って、パダパエみたいな子が好きなの……? 見習った方がいい……?」
「どうだろうね。ほぼ同一個体みたいなパダプーダは、あたしたち側だし。ミッドはどう思う?」
「…………えっ? あ、ご、ごめん、聞いてなかった」
ミッドミンが復帰した。まだ顔は赤いままだが、普通に応対はできそうだ。
「ねえ、ミッドはパダパエみたいな——」
「えっ。わっ、意外!」
ララウィンの言葉を、モルモが遮った。
自然と全員の目が、モルモが顔を向ける先に行く。
「オルカル」
そこには、こちらへと近づいてくる長身のクラスメイトがいた。申し訳ないが、ララウィンも彼がパーティーに参加するなんて思ってもいなかった。
ララウィンの目の前で足を止めたオルカルは、ララウィンだけを見つめながら口を開く。
「とても綺麗です。やはり来てよかった」
「あ、ありがとう。オルカルも素敵……だけど……わたしてっきり、オルカルはこういう集まり好きじゃないのかと……」
「まあ、得意ではありませんが。それでも練習はしてきましたので——よかったら」
差し出された手。その指先が、少し震えているように見える。珍しく緊張しているのだろうか。
率直に言って、踊りたい。攻略対象者だからというのはもちろんのこと、実は試験直前から結果開示までの間、オルカルに素っ気なくしてしまった自覚があるのだ。
なにせ彼は、試験における一番の敵。目が合えば挨拶くらいはしたが、「じゃあわたし、勉強があるから」と早々に話を切り上げてしまったこともある。
それなのに結果開示後、モルモたちと一緒になって部屋まで会いに来てくれたし、いまだって得意じゃないけど練習してきたなんてかわいいことを言ってくれているのだ。
ララウィンはちらりとミッドミンに視線を送った。その意味は、ミッドミンにもすぐ伝わったようだ。
「オルカルは大丈夫だよ」
どうやら、セストセールが言っていた他派閥云々の件も問題ないらしい。ただしミッドミンの表情は渋く、「独り占めはよくないもんね……仕方ない……」と快く送り出してくれる雰囲気ではない。
「あの……オルカル。ちゃんとララウィン、連れて帰ってきてね……?」
「あなたがきちんとララウィンにパートナーとして認識されているのであれば、自然とそうなるでしょうね」
「……ララウィン……」
縋るような目でミッドミンが見つめてくる。
ララウィンは思わず苦笑して答えた。
「そんな顔しないで。またあとでダンスしましょう」
◇
「オルカル。わたし、あなたに謝らなくちゃいけなくて」
そう切り出したララウィンを、オルカルは高いところから静かに見下ろしてきた。
逸らしたくなる目をなんとか固定して、ララウィンはオルカルの瞳を見つめ返す。
「少し前まで、わたし、ずっと冷たかったでしょう? 余裕がなかったとはいえ、あんな態度……本当にごめんなさい」
踊り疲れる者も多く出てくる中盤戦。曲調はゆったりと落ち着いていて、軽く体を揺らしているだけのペアや、なんなら抱き合っているだけでダンスを放棄しているペアも視界の端には見受けられる。
そんななかで、オルカルは慎重なステップを繰り返していた。ただただ基本に忠実で、オルカルらしいダンスだ。
「僕はそこまで気にしていません。いえ、いまの関係に戻れて心底よかったとは思っているのですが……けれど、僕はあなたを追う側でもあり、あなた以外からは追われる側でもありますから。少なからず、あなたの気持ちは察していたつもりです」
わずかにオルカルの視線が逸れる。
「一番プレッシャーを与えてしまっていたのは、僕でしょう? だから、僕の方こそすみませんでした。あなたの不安を煽ってしまっていると気づいていたのに、それでも、その……つい話しかけにいってしまって……」
「オルカルは謝らないで。話しかけに来てくれたのも、わたしが体調悪そうにしていたせいでしょう? 自分でもここまでプレッシャーとか不安に弱いと思っていなかったの。むしろ普段は、オルカルといると安心するのに……」
オルカルの視線が戻ってきた。ひどく意外そうに「そうなんですか?」と問いかけられる。自分が安心感を与えるような性格だとは思っていないのだろう。
しかしこの点に関しては、嘘でも慰めでもない。
「だってオルカルは……わたしの人間性を重視していないでしょう?」
たとえばララウィンがうっかり人を殺してしまっても、首席でいる限りオルカルは許してくれるだろう。ララウィンを苛立たせた相手の方が悪いとまで言ってくれるかもしれない。
なにかボロを出しても、ボロの出たララウィンごと肯定してくれる。少なくとも、いまから二年生の学年末試験明けまでは、味方で居続けてくれる。いつだれが女神のしもべとなって命を狙ってくるかわからないこの学校生活において、得難い安心感であるのはたしかだ。
当然、ボロを出さないに越したことはないのだが。
「それは……『安心』でいいんですか?」
オルカルが怪訝そうに首を傾げる。
「僕のそういう考えは、むしろ人に嫌われる最大の要因だとすら思っているのですが……」
「いいの。というよりわたし、あなたに嫌われたくなくて、がんばったのよ? あなたのために掴んだ首席なの」
「……それだと結局、僕が不安を煽っていることに違いはないじゃないですか。僕がいなければ、首席を掴む必要性も下がるわけですし」
「あなたがいなかったら、わたしは努力を怠っていたから。わたしを努力家だって言ってくれる人もいるけど、本当はすっごく怠け者なのよ? だから、わたしがみんなの望む努力家なわたしでいられるのは、あなたのおかげ。——ありがとう」
微笑んでそう告げるついでに、ララウィンは半歩前に踏み出してみた。本当に気持ち程度ではあるが、密着度が増す。こうされるとドキドキするのは、自分で体験済みだ。……ここにムードがいたのなら、『半歩ってなんだお前。もっとべったりいけよ』と文句を言われていたかもしれないけれど。
ララウィンは、じっとオルカルを観察する。
彼の動揺は、ステップに如実に表れていた。基本とは違う足の引き方をしたのだ。
——さあ、ここからどんな反応をしてくれる?
一度オルカルの口が開き、なにも言わぬまま閉じ、再び開いては、また閉じる。
——もどかしい。
もう半歩——いや、勇気を出して、もう一歩距離を詰めてみようか。
そんなことを本気で考えている間に、オルカルはなにやら決意に満ちた表情になっていた。
「ひとつ聞いてもいいですか。なぜミッドミンをパートナーに?」
「え?」
急に話が変わった。
予想していたどの反応とも違っていて、ララウィンは困惑を隠さず眉を下げる。
「えっと……? ミッドが誘ってくれたからだけど……」
「わかりました。あなたの謝罪と感謝は受け取ります。ただ——」
「ただ?」
「言葉だけでなく、償いもほしい」
ララウィンの困惑はまだ拭えない。
まだ主席の座を手放していないララウィンに、オルカルが償いを求める? あの、オルカルが?
「わたしが償える範囲なら、もちろん。なにをしたらいい?」
優しくて努力家なララウィンらしい回答——さて、鬼が出るか蛇が出るか。
固唾を飲んで、しかしそうとは悟られないように、ララウィンはオルカルの一挙手一投足を見守る。
オルカルは、ひとつ深呼吸を挟んでから口を開いた。
「来年のダンスパーティーは、僕をパートナーにしてください。あなたとファーストダンスを踊りたい。その権利をください」
——警戒しすぎてしまっていたかもしれない。
それは、鬼でも蛇でもなく、かわいらしい償いだった。
「ふ……ふ、ふふっ。ふふふふっ」
「…………笑わないでください」
「だ、だって……ふふ……あんまりにも仰々しい雰囲気だったから、なにかと思ったのに……ふふふっ」
緊張していたぶん、なかなか笑いが引っ込まない。
だんだんとオルカルの眉間にしわが寄っていく。
「それで、返答は」
少しぶっきらぼうに言われ、ララウィンは口を引き結ぶ。けれどそれが保てたのは、ほんの一、二秒だけだ。
すぐに綻んでしまった口元をそのままに、ララウィンは「来年、楽しみにしてる」と応じたのだった。




