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「かかかかっ、かわいい……!」
嫌味のない素直な賞賛というのは、ここまで心に潤いをもたらしてくれるものなのか。
どこぞの悪魔と比較してしまったララウィンは、目の前にいるミッドミンという少年の価値を、本当の意味でようやく知ることになった。
「ありがとう、ミッド。あなたが素敵なドレスを用意してくれたおかげよ」
「ううんっ、ララウィンはなんでも似合うから、おかげだなんて……!」
「ふふ、あなたのおかげで間違ってないわ。ミッドがくれるプレゼントは全部センスがいいんだもの。もちろん、あなた自身が着ている今日の衣装も素敵よ。すごくかっこいい」
「ほあ……!」
ダンスパーティー当日。パートナーとの集合場所にいる男性陣のほとんどは、黒の上着や黒のベストで似たり寄ったりな格好だ。
例に漏れずミッドミンもそうなのだが、しかし少し変わったポイントとして、黒地に黒の刺繍を重ねたオシャレなベストを着用している。
そんなオシャレで素敵なミッドミンは、ララウィンの『かっこいい』を受けてたたらを踏むように後退し、背後にいたセストセールにぶつかっていた。
「僕、今日死ぬのかもしれない……!」
「まだ踊ってもいないのに? ちょっと気がはやすぎるんじゃないかな」
くすくすと笑うセストセールも、ただの黒の上着とは少し違ったものを羽織っている。ラペルピンとして王族の証が添えられ、少しだけ垣間見えた裏地はセストセールの瞳と同じ赤。とても華やかな印象の衣装だ。
ちなみに、ミッドミンが用意してくれたララウィンのドレスは、マーメイドラインである。少し長めのレースケープがついていて露出は控えめ。上品な仕上がりになっている。
ララウィンとミッドミン、セストセールは、三人連れ立って会場に足を踏み入れた。パーティーとはいえ学生イベントであるから、入場順などの細かい規定はないのだそうだ。
「わあ……!」
入ってすぐに目を惹かれたのは、高い天井。そこに映し出された夜空である。
まだ外は夕暮れ。だから恐らく、魔術で描かれている架空のものだろうが、星や月がささやかに煌めき、雲がゆったりと動く様は、本物と遜色ないように思える。
「これって、分類的には芸術魔術? とっても繊細で素敵……。施したのはきっと先生よね。ねえ、星の位置は全部正確なものだと思う? 目立つ星座は、同じように見えるけど——」
はた、とララウィンは口を閉ざした。
パーティーに来て真っ先にすることが魔術解析なんて、品がなかったかもしれない。
けれどミッドミンもセストセールもとくに気にしていないような顔で、ララウィンの話に乗っかってきた。
「僕、あんまり星には詳しくなくて……あ、でも、あれはわかるよ、六角形! ちゃんと赤い光も再現してあるね。すごいなぁ……。レベルが違いすぎて、すごいしか言えないや……」
「月齢も今夜のものと同じように見えるけれど……その場合、雲の方はどうなのだろうね。あちらも今夜の動きを再現しているのかな。だとしたら、予知も組み合わせた大魔術ということになるから……もしかすると校長か理事長の魔術なのかもしれないね」
天井を見上げるふたりの目は、薄闇のなかでキラキラと輝いている。きっとミッドミンとセストセールも、純粋に魔術が好きなのだろう。ララウィンはなんだか嬉しくなって、自然と口角があがってしまった。
余裕をもって入場したため、パーティーの開始時刻にはまだ猶予がある。往来の邪魔にならない隅の方に移動したララウィンたちは、しばし星や月を指さしながら互いの考察を交わして暇をつぶすことにした。
実のところララウィンは、実家で開かれる父の生誕パーティー以外の催しにはろくに参加したことがない。そのため、朝昼のごはんを抜いてしまうくらい緊張していたのだが、ふたりがあまりにも普段と変わらぬ態度でいるおかげか、徐々に肩の力を抜くことができていた。
不意に、パッと会場の明かりすべてが消える。寸前まで指さしていた星明かりも月明かりもなくなってしまった。
「大変長らくお待たせいたしました」
スポットライトのような光が、会場の中心を照らす。恐らく教師か運営を任されている生徒がそこに立っているのだと思われるが、人が壁になっていて、だれが話しているのかうかがい見ることはできない。
不明瞭な人物の挨拶を漫然と聞き流し、交代した校長の挨拶を聞き流し、本日卒業する三年生主席の挨拶も聞き流し、また不明瞭な人物に戻ってきた挨拶を聞き流し——大体十分ほどはぼんやりしていただろうか。ようやく「心ゆくまでお楽しみくださいませ」という締めの言葉が聞こえて、再び星明かりと月明かりが天井に見えた。
どこからともなく演奏が始まる。ざっと確認できるところに楽器や奏者は見つけられない。魔術で音だけを流しているのかもしれない。
星明かりでは不足している光量を補うかのごとく、宙に浮くランプたちが現れ、大きな円形を描くように並ぶ。どうやらその円の内側が、ダンススペースとなるようだ。
勝手知ったる様子で先輩たちが足を進めていくのを見て、ララウィンはミッドミンに視線を移す。ちょうどミッドミンもララウィンの方を向いたところで、がっちりと視線がかみ合った。
「お、お手をどうぞ」
どうにもギクシャクした動きで、手を差し出される。ムードと比べるととても初々しくて、ララウィンは小さく笑ってしまった。
「いってらっしゃい。ふたりとも、楽しんでおいで」
ひらりと手を振ったセストセールに頷きを返し、ララウィンはミッドミンの手をとる。ミッドミンはセストセールに反応する余裕がないらしく、そのまま無言で歩きだした。
流れている音楽は、スローテンポ。先輩たちはまだ一番簡単なステップだけを繰り返している。立ち上がりはこんなものなのだろう。
ララウィンとミッドミンは向かい合い、手を組んだ。そして周囲に溶け込むように、ワン、ツー、スリー。
——思ったよりも、顔が近い。
ララウィンは僅かに目を伏せた。
身長差のせいだろうか。ムード相手だと、ここまで近いとは思わなかったのに。
「……ララウィン、本当に初めて?」
ミッドミンが囁くように言った。彼の目はララウィンの顔を直視するのではなく、肩あたりを見ているような気がする。
「ダンスパーティーは初めてよ、本当に。ダンスはたくさん練習したから、初めてとは言い切れなくなってしまっているかもしれないけど」
「でも、練習と本番はこう……空気感みたいなものが違うでしょ? それなのに堂々としてて、姿勢も綺麗。……ますます尊敬しちゃうなぁ」
「尊敬してくれているの?」
「もちろんだよ! ——あっ」
ミッドミンの表情が気まずそうなものに変わる。ダンス中に相応しくない声量だと思ったのだろう。すぐに小さな声で「ご、ごめん」と付け加えられた。
「うう……もう少し落ち着いた人間になりたい……。セスみたいな……」
「ふふふっ。セスのことも尊敬しているのね。でも、ミッドはいまのままでも素敵よ?」
「……最初のころ……ううん、マシになったとはいえ、いまだって時々ララウィンに迷惑かけちゃう僕に、そんなこと言ってくれるの……?」
「ミッドが気にしすぎなだけじゃない? わたし、迷惑だなんて思ったことないもの」
「や、優しすぎる……。ここまで優しすぎると、悪い人に騙されたりしないか心配になっちゃうよ……」
——それはこっちのセリフだけど。
という言葉を、ララウィンは微笑みの下に隠した。
ミッドミンは、ララウィンの言葉を信じすぎだ。好きになってほしいからいい顔をしているだけだというのに。ララウィンの本音も本性も知らずに『優しすぎる』だなんて————ああ、ほんのちょっぴり罪悪感を抱きそうになってよくない。
それもこれも、ミッドミンが優しすぎて、ララウィンに甘すぎるせい。こっちがそのぬかるみに嵌るわけにはいかないのだ。
妙な思考を遮断するように、ララウィンはそっと息をつく。
ちょうどそのタイミングで、少し曲調が変わった。周りのステップも変わる。
ミッドミンが、リードするようにララウィンの手を引く。つられて足を踏み出したララウィンのステップは、周囲と綺麗に揃っていた。
「……やっぱり、ミッドはダンス慣れしてるのね」
「え……そ、そう?」
「うん。いまの、切り替えやすかったもの。ありがとう」
「……そう思ってもらえたなら、よかった。僕、初めてのダンスパーティー以上にいま緊張してて……き、気を抜いたら転びそうなくらいなんだけど、ちゃんと取り繕えてる……?」
「大丈夫。とってもかっこいいから」
ララウィンがくすくす笑うと、ミッドミンも緊張を内包しつつも笑顔を見せる。
いつの間にか、顔の近さは気にならなくなっていた。
◇
「いまから少し嫌なことを言ってもいい?」
パートナーを交代し、セストセールに寄り添って踊っている最中。いきなり不穏なセリフが転がり出てきて、ララウィンはぽかんと口を開けた。
気になる人とダンスするというドキドキが吹っ飛びそうな衝撃である。
「い、嫌なこと……?」
「そう」
「いまから……?」
「ダンス前に言ったらダンスを断られてしまいそうだったし、けれどもしこのあと、ミッド以外と踊る可能性があるならその前に言った方がいいと思って」
「わたしがダンスを断りそうなほどの話なの……?」
「最悪、私と友達をやめたいと思うかもしれないね」
ララウィンの目が据わった。
こちとらセストセールを籠絡するために、人生費やしているようなものなのだ。舐めないでほしい。
「どんな話だったとしても、セスと友達をやめるなんてありえないから」
ララウィンの言葉か、あるいは表情が意外だったのだろうか。
セストセールはしばし目を丸くしてから、微笑んだ。……その間もダンスが完璧だったのはさすがである。
「……ふふ。じゃあ、遠慮なく話してしまおうかな」
腰に添えられていた手が、さらにララウィンを引き寄せた。ララウィンとセストセールの体が、隙間なく密着する。
「ララウィン、私の派閥に入ってくれる?」
耳に吹き込まれた囁きに、ララウィンの肩がびくりと跳ねる。
いつかのダンス練習時のムードを思い出す。
先に同じようなことを体験済みでよかった。そうでなかったら、あのときみたいに変な声をあげてしまっていたに違いない。
きっと胸の鼓動は伝わってしまっている。けれど、声は努めていつもの調子になるように気合いを入れて返事をした。
「いいわよ」
ほんの少しだけ体を離したセストセールが、ララウィンの顔をまじまじと覗き込んでくる。それにまたドキドキが加速するが、ララウィンは真顔で見つめ返した。
「……意味、わかって言ってる?」
「貴族派閥の話でしょう。そういうの、疎い自覚はあるけれど、まったく知らないわけじゃないわ。政治的な問題があったときに、王太子セストセールの味方をする。あってるわよね?」
「あってる、けど……」
セストセールは「なんだか調子が狂うな……」と呟きながら、再びララウィンの耳元に口を寄せた。次の言葉は、いままでのどれよりも声を潜めたものだった。
「弟が産まれると予知された。第二王子」
「えっ」
「いまからだと……大体半年後になるかな。きっと、派閥争いは激化すると思う。弟が望まずとも、弟を王にしようと動く者たちが出てくる。そして恐らく——その筆頭は、アートブレス。きみの父親だ」
組まれたセストセールの手に、わずかながら力がこもる。
「私は、きみと家族を分断しようとしているんだよ」
セストセールの声には、悲哀が感じられた。
本当はこんなこと言いたくない。けれど、言わなければならない。そんな葛藤や、やるせなさを感じる。もしかしたら、つらいと思ってくれているのかもしれない。
けれどララウィンからしたら、『なんだ、そんなこと』である。
家族と分断。父親が敵対派閥。
そんなどうでもいいことのために、ララウィンのために、セストセールが心を砕いてくれている。それが、なによりもララウィンの心を震わせた。きっとこの喜びは、離れているムードにも伝わっていることだろう。
「ララウィン、同学年の親戚がいるよね。彼からダンスに誘われても、絶対に応じないでほしい。ほかの者だとしても、ミッドが難色を示したならその相手は他派閥になるから、できれば応じないでほしい。パーティーが終わっても、今日が終わっても、仲良くなることは控えてほしい。明日からの帰省で、家族と接触する機会も増えるだろう。それでも、不用意に親しくすることは控えてほしい」
ひと息に言ったセストセールは、最後に「私の派閥に入るって、そういう意味だよ」と静かに告げた。
だからララウィンは、セストセール以上の力で彼の手を握った。
「いいわよ。最初からそう言ってる」
どうして——と、セストセールの口が動く。声にはなっていなかった。けれど、たしかにそう動いた気がした。
——もちろん、籠絡のため。
しかしララウィンは、それとは違う言葉を吐いた。
「初めて会ったとき、セスはわたしを助けてくれたでしょう? だから、今度はわたしが助ける番。セスがあのときのセスのままでいてくれる限り、わたしはセスの味方で居続けるから」
違う言葉だけれど——一応はこれも、ララウィンの本音である。




