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「ダンスパーティー」
ララウィンが言われた言葉を復唱すると、頬を染めたミッドミンが「そ、そう」と首肯した。
「ララウィンは知ってる? 噂くらいなら聞いたことあるかな。毎年ある、修了式のあとのダンスパーティー。さっき聞いたんだけど、今年もやることが確定したって」
ララウィンも、毎年ダンスパーティーが行われていることは知っていた。
けれどわざわざ、図書室にいたララウィンを捕まえて、ひと気のない空き教室に連れて来てまで話すことだろうか、と首を傾げる。
ミッドミンの斜め後ろ、控えるように立っているセストセールに視線を送ると、ただ微笑みだけが返された。
ミッドミンはもじもじと、落ち着きなく動いている自分の手を見つめながら、話を続ける。
「それで、その……興味がない人は不参加でいいんだけど、もし、もし参加するなら……よかったら、一緒に——パ、パートナーになってほしくて」
「パートナー」
またしても復唱すると、ミッドミンはさらに頬を赤くして何度も力強く頷く。
ララウィンは少し悩む。そして、眉を下げて答えた。
「……ごめんなさい。ちょっとモルモと相談していい? 誘われると思っていなくて……わたし、ドレス用意してない……」
イベントごとは好感度を稼ぐチャンス——という考えは、ララウィンもムードも共通するところだ。
しかしそのうえで、ララウィンは積極的にダンスパーティーに参加するつもりはなかった。少なくとも、自分からダンスパートナーを誘う選択肢はなかった。
パートナーとして特定のひとりだけを贔屓し、ほかの攻略対象者の反感を買う可能性を排除したかったからだ。これもララウィンとムード共通の考えである。
けれども、一番最初に誘ってくれたから、という理由があれば、誘いに乗ってみてもいいのだろうか。贔屓しすぎていることにはならないだろうか。
ララウィンはムードを抱く腕に軽く力を込める。反対の言葉は聞こえてこなかった。……肯定の言葉もなかったが。ムードも対応をはかりかねているのかもしれない。
それならば——可否を悩むくらいなら、やっぱり参加してみようかな、とララウィンは思考を切り替える。
実は少しだけ、興味はあったのだ。オシャレをして、男の子とダンスパーティー。女の子の憧れを詰め込んだような響きだ。
そうと決まれば、がんばってモルモにおねだりしなければならない。家格に見合うドレスともなれば必然、高級品になる。モルモが即金でどこまで用意できるか、どこまでララウィンに貸してもいいと思えるか、しっかりと確認し、場合によっては交渉しなくては。
このあとさっそくモルモの部屋に行って——と頭のなかで予定を組み直していると、ミッドミンが「あの……」と言いづらそうに口を開いた。
「もしかしたらララウィンはこういうの嫌がるかもしれないんだけど……でもね、それでも……ド、ドレスは僕に用意させてください!」
「えっ」
「で、できれば、靴とかアクセサリーとかも……時間的に既製品にはなっちゃうけど……!」
「ううん、せっかく誘ってくれたのに、そんなことまでさせらないから……」
「さ、誘ったからこそだよ! ……あとは、その、僕が純粋にそうしたいというか」
「でも、ドレスも靴もアクセサリーもって、いくらミッドミンでも用意するのは大変なんじゃ……」
「ぜんっぜん! むしろ用意する楽しみが増えるくらいだから!」
「…………でも」
モルモのように『貸す』でもなく、友達に無償で用意してもらうには度が過ぎている気がする。お菓子や花などのささやかなプレゼントとは比較にならない。
困ったララウィンは、セストセールを見る。けれどセストセールは、ミッドミンの味方のようだった。
「こういうのは、男性側の顔を立てる意味もあるから。もうお気に入りのドレスがあるというわけではないのなら、拒まないであげて」
「そういうもの……?」
セストセールにまでそう言われてしまっては、ララウィンに断る術はない。
「ええと……じゃあ、お願いしてもいい……?」
「もちろん! ありがとう!」
「ふふ。よかったね、ミッド」
ぱっと喜色満面の笑みを浮かべたミッドミンに、セストセールも朗らかに笑う。
……ほんのちょっぴり、セストセールに誘われたかった気持ちもある。けれど、それは贅沢というものだろう。彼は王太子で、だれかれ構わず女の子を誘える立場ではない。
ただ、希望はわずかでも持ちたいものだ。
ララウィンは慎重に問いかける。
「セスは来ないの? ダンスパーティー」
「行くよ。私が顔を出さないと、それはそれで問題になってしまうからね」
「……パートナーは?」
「いまのところはいないかな」
セストセールはあっさりと答えた。ダンスにもパーティーにも、興味がないように見える。ともすれば、面倒に思っているような雰囲気さえ感じた。
「ララウィン」
ミッドミンに名前を呼ばれて、彼へと向き直る。
ララウィンの顔色をうかがうように恐る恐ると、けれどいつもと比べればきちんとララウィンの目を見ながら、ミッドミンは言葉を紡いだ。
「その……ファーストダンスは僕と踊ってほしいんだけど、セカンドはセスと踊ってもらえないかな……? 最初のきっかけがないと、みんなセスに遠慮するだろうし、逆にだれかに独り占めされるのも、ちょっとよくないというか……」
「……わたしがセスと踊って、そのあと次の子にバトンタッチする流れを作るってこと?」
「うん、そんな感じ。……ごめんね、パートナーに誘っておいて、こんな頼み事……」
「ううん、全然。わたし、ダンスパーティーって初めてなの。だから謝られる理由もよくわからないし、ミッドが気にする必要もないし……それに、ミッドともセスとも踊れるなんて、わたしとってもラッキーだと思うの。そうでしょ?」
実際、慰めでもなんでもなく、本当にラッキーで役得だと思っていた。あまりにもララウィンに都合のよすぎる提案だ。
ふわりと柔らかく微笑んでみせると、ミッドミンはわかりやすく胸を撫で下ろした。
「ありがとう、ララウィン。ミッドもありがとう、こんなことをお願いさせてしまって。……正直、出なくて済むのなら、僕も喜んでそうするのだけど」
「……もしかしてセス、ダンスパーティー好きじゃないの?」
「……どうだろう。学生だけのパーティーなら、好きになれるかもしれないね」
「だ、大丈夫だよ、ララウィン! パーティー嫌いでも、セスは踊るの上手だから! 安心して!」
ミッドミンが見当違いなフォローを入れる。しかしそれのおかげでララウィンは、用意してもらえそうなドレスよりも重大な、己の不足に気づいた。
「わたし、踊れない……」
◇
ダンスの基礎の基礎、姿勢、パートナーとの手の組み方、簡単なステップは、有志による『パーティーへ向けたダンス講座』で習うことができた。
生徒の全員が全員、パーティーへの参加経験が豊富なわけではなくて助かった。放課後に開かれたそれには、いわゆる庶民階級の者たちも多く参加していて、心許ないマナーについても彼らにまざって再確認することができた。
ただ、その学びだけでは足りない。満足できない。
「せっかくの機会だ。嗤われて終わるなんて結果は許さない。王太子だろうがなんだろうが、男どもは全員見惚れるくらいのダンスを披露するぞ」
このムードの言に、ララウィンは全面的に同意した。
付け焼き刃な最低限のダンスで、ノルマさえこなせればいいなんて考えは甘えだ。最上級の外見をもってして、最上級のダンスを踊る。きっと、とてもいい光景を生みだせるだろう。好感度だって稼げるに違いない。ならば、ララウィンたちも力を入れるべきなのだ。
——そんなわけで、それからの毎夕食後、ララウィンは人型のムード相手にダンスの猛特訓をしているのである。
「ど、どう?」
ララウィンは真新しい靴——ミッドミンから受け取ったばかりのパンプスを履いて、ムードの前に立った。
「踊りにくそうだな」
黒々とした瞳でララウィンを見下ろしながらそれだけを言ったムードは、講座に忠実な所作でララウィンの手を取った。そしてそのまま、基本ステップの動きに移る。
音楽を流さずとも、口でカウントをとらずとも、基本ステップならもう問題ない。ムードと息を合わせて、ララウィンはひたすらに美しさを意識しながらステップを踏む。
——しかしララウィンの表情は、美しさとは少しかけ離れたものになってしまっていた。
「……なにをむくれているんだ」
「……だって」
ダンスの最中にはあまりよろしくないことだが、ララウィンは足元を見下ろす。
ストラップのついたヒールパンプス。ストラップとつま先部分には宝石のようなきらめきが散りばめられており、大人っぽくて素敵な靴なのだ。
それなのに、それを履いて見せた感想が、『踊りにくそう』だなんて。乙女心がわかってないにもほどがある。
「視線をあげろ。集中しろ」
しかも、むくれているララウィンを見てなお、こんなことを言う始末。
思わずララウィンは、視線をあげたついでに睨んでしまった。
その睨みを受けたムードは、「あのな」と面倒くさそうにため息をつく。
「わかっているのか? オレは当日、会場には入れない。杖すら置いて来いってお達しだっただろう。ステップや姿勢に対して、こっそり注意を促す程度の手助けもできないんだ。どうでもいいことでむくれて練習を疎かにするな。ちゃんと自分だけで完璧にこなせるようになれ」
「わかってるもん。……でも、当日の手助けはできなくても、きちんと褒めてわたしのモチベーションをあげることはできるでしょ」
「モチベーションねえ……」
おもむろにムードの目がララウィンの全身をなぞる。そして、にんまりと口角が持ち上がった。
よぎった嫌な予感に、ララウィンはステップをやめて身を引く。しかしムードはすばやくララウィンの腰に腕を回し、ぴったりと距離を詰めてきた。
「似合ってる。かわいいよ、ララウィン」
耳元。吐息が触れるほどの近さ。
甘やかなテノールは、ララウィンの頭をダイレクトに揺らした。
「にゃっ、なっ、なあっ……!?」
「くっ……ふっ……あっははははは!」
頬どころか全身を真っ赤に染めたララウィンを見て、ムードは涙をにじませるほど爆笑している。
ムードと共有しているララウィンの心は、恥ずかしさとからかう愉快さとでごちゃごちゃだ。
「はーっ。ひさびさにこんなに笑った。お前もこれくらいのこと、王太子にやってみたらどうだ?」
「できるわけないでしょ!」
「そうか? 命がかかっているともなれば、できそうな気もするが。……まあ、さすがにキャラが違うと思われて不審がられるか」
「もう! いいから一回離れて!」
ララウィンが強く押すと、ムードはすんなり腕を離して一歩下がった。早鐘を打つ心臓が伝えてくるのは、驚きによるドキドキだけではないだろう。
ムードの見目が整っているのが悪い。声がいいのが悪い。ムードのくせに。
ララウィンは心のうちで、苦し紛れに悪態をつく。きっと『ムカつく』という想いもムードには届いているだろうに、当の悪魔は爆笑の余韻を残したままにやにやと笑っている。それがまたムカつくのだ。
「さて、モチベーションとやらはどうなった?」
——そして、喜んでモチベーションをあげてしまっている自分がいることにも、ムカついていた。
恨めしげに見やれば、ムードが格好つけて手を差し出してくる。
「一曲お相手願えますか?」
嫌味なほど容姿に似合うセリフ。ムードのくせに。悪魔のくせに。
ララウィンは繰り返し同じ悪態をつきながら、それでも一番かわいい笑顔を作って、丁寧に手を重ねてやった。




