15
「ごめんなさい、モルモ……。朝ごはんもまだなのに……」
休日の早朝。ララウィンはモルモの自室を訪ねていた。
事情を聞いて招き入れてくれたモルモは、クローゼットを開け放ちながら振り返る。
「気にしないで! いっつも勉強ではお世話になってるんだもん。こういうときくらい、お世話する側に回らせて!」
そう言って、モルモは手と頭をクローゼットに突っ込んだ。
ララウィンはその様子を眺めながら、己の考えの甘さ、至らなさを反省する。
モルモの部屋の姿見に映るララウィンは、いつもの制服とローブを着用している。これは今日に限ったことではない。入学して以来、ララウィンは起きたら毎日この制服に着替え、大浴場での入浴後も制服のシャツに着替え、就寝直前に寝巻きに着替えるまではそのままなのだ。
つまり、どういうことかというと——ララウィンは制服以外のまともな外出着を持っていないのである。
そのことに気づいたのが昨夜のベッドのなかだったため、こうして慌ててモルモに助けを求めている次第だ。
「それにしても、服に頓着がないからずっと制服なのかと思ってたけど、友達とのおでかけのときは制服以外を着ようって発想があったんだね?」
聞きようによってはトゲのある言葉に、ララウィンは身をすくめる。そして、もにょもにょと言い訳をするように口を動かした。
「べつに頓着がないわけじゃないもの……。ただ、入学前に父親が制服を二十着も買っていたから、服が足りなくなるなんて考えにならなかっただけで……」
「に、二十着……? まあ、それはたしかに新しい服を買う気も失せるというか……。でもほら、もう持ってるお気に入りの服を一、二着くらいは持っていこうとも思わなかったの?」
「実家ではドレスしか着るものがなかったから……」
「ええ……? なんかお金をかける方向性が……というか、愛情の方向性……? いろいろ歪だなぁ」
もし仲の良い父親だったなら、怒るべき場面だっただろう。しかし『歪』という評価にララウィンは頷くだけで、とくに言及することはしなかった。
「んー。これとか……どうかなあ?」
やがてモルモは、一枚のワンピースを手にしてクローゼットから顔を出した。
「あたし背が低いから、このロング丈のやつ以外だと、ララウィンにあうかどうか……」
言いながら、モルモはララウィンにワンピースをあてがう。
柔らかそうなピンクの布地に、レースリボンがあしらわれている。とてもかわいいワンピースだ……かわいすぎるくらいに。
そう思ったのは、ララウィンだけではなかったらしい。
「ララウィンっぽくはないチョイスだよね……? うーん。バックとか靴を黒で引き締めればなんとか————あっ、もしかして靴もない!?」
「ローファーなら、黒とブラウンで三足ずつあるけど……」
「もー、バリエーションないなあ! ——仕方ない!」
モルモはワンピースをおざなりにクローゼットへと突っ込む。
「うちの双子のとこに行こ。あのふたりならララウィンと体格差もそんなにないし、あたしよりシックな服が好きだったはずだから」
けれどそんな発言とは裏腹に、モルモはドレッサーへと向かう。
パダプーダとパダパエのところに行くんじゃないの? とララウィンが首を傾げていると、モルモは引き出しから、ララウィンの髪色に似た真っ白なリボンを取り出した。
それをララウィンの目の前にかざして、モルモは胸を張る。
「かわいいでしょ!」
「そう、ね? でも、やっぱりかわいすぎるし、わたしの髪には映えないんじゃ……」
「そんなのわかってるよぉ。だから——ムードちゃん用にどうかな!?」
——ムードを部屋に置いてきてよかった。
ララウィンは本心からそう思った。
もし連れて来ていたら、いまごろララウィンの頭は殺意でいっぱいになっていたことだろう。
◇
「さあ、男子ども! あたしと双子の力作を見よ! そして『よくやった!』とあたしを褒めたたえるがいい!」
腕を組んで鼻高々に宣うモルモを横目に、ララウィンは気合いを入れて背筋を伸ばした。……ムードを抱える腕が微かに震えているのは、ご愛嬌だ。
ララウィンは結局、彼氏持ちのパダパエ・クリアから服を借りることになった。
腰の高い位置でベルトを巻いたブラックワンピース。洋服がシンプルなぶん、五センチヒールのパンプスには、かわいらしいリボンがついている。同色のリボンをヘアアレンジにも使い、毛先は軽く巻いてもらった。ちなみに、ムードの首にも同色のリボンが巻かれている。
ララウィンは、外見には絶対の自信がある。ゆえに、洋服も着こなせている自信があった。
しかしそれはそれとして、この格好が目の前のふたり——セストセールとミッドミンの好みにあっているのか、かわいいと思ってくれるのか、という緊張は感じていた。
ララウィンはふたりにそっと問いかける。
「ど……どう……?」
「か……か、かわ……わわわ……」
ミッドミンの目はこちらを向いていない。地面ばかりを凝視しているように見える。
苦笑したセストセールが、ミッドミンの背中をポンと叩いた。それに押し出されるようにして、大声が響き渡る。
「かっ……かわいいッ!!」
「わっ」
驚きで小さく肩を跳ねさせたララウィンは、それでも嬉しさが勝ったので、「ありがとう」と素直にお礼を言った。
それから、浅ましく見えたかもしれないが、セストセールにも求めるように視線を送る。
ララウィンと目が合ったセストセールは、穏やかに微笑んだ。
「とてもよく似合ってる。制服以外の姿を見るのは新鮮で……ふふ、これだけで今日誘ってよかったと満足してしまいそうだよ」
少し照れくさそうな笑い混じりに告げられて、ララウィンの胸がドキリと高鳴る。「ありがとう」の言葉が震えなかったか、それが心配だった。
『うおお……やばい……心臓が……。オレ、体ごと飛び跳ねてないか……?』
どうやらムードはムードで、べつの心配をしているようだ。飛び跳ねてはいないものの、ララウィンは自分自身の心臓を抑えつけるために、ムードをぎゅっと抱きしめる。
代わりに、隣のモルモがぴょんと跳ねた。
「あたしも褒めてよー! お化粧も髪も、あたしがやったんだから!」
無視するなと言わんばかりに跳ねて自己主張するモルモに、セストセールがくすりと笑う。
「もちろんモルモも似合っているよ。明るい色味でいっそうかわいらしく、華やいで見える」
「そ、ういう褒め方じゃなく……! ああ、もう、褒め慣れてるって感じで憎たらしいな……!」
モルモはぷいっと顔を逸らす。そして話を変えるように「はやく出発しよ!」と声をあげた。
「あたしもララウィンも、お腹ぺこぺこなんだから」
ねっ、とモルモがララウィンの腕に絡みついてくる。
ララウィンは頷き返し、すぐに申し訳なさそうな顔を作った。
「ごめんなさい、わたしのせいで……」
「あーっ、違う違う、責めたいわけじゃなくって。朝も昼も食べ損ねるくらい、ファッションショー楽しかったねってこと! ララウィン、飾り甲斐があるんだもん」
「なるほど。だからさっき、食堂にいなかったんだね。もしかしたら体調が優れないんじゃないかって、昼食中もミッドがずっと心配していたんだよ」
セストセールがそう言うと、ずっとうつむいたままだったミッドミンが、恐る恐るといった様子ではあったが、ようやく顔をあげた。
「お、お店、変える……? その、えっと……行こうとしてるところは、きちんとした食事系は扱ってないかもしれなくて……」
「えっ、ケーキ……」
思わず呟いてしまって、ララウィンはぱっと口を押さえる。
かなり惜しむような声になってしまった。はしたなかったかもしれない。頭のなかでムードのため息が聞こえた。
「あははっ、そうだよねー! もうケーキの口になってるもんね。いまから甘くないごはんなんてナシナシ!」
モルモの笑い声に紛れるようにして、セストセールもくすくすと笑っている。
唯一笑わないでいてくれた——というより、なにやら笑う余裕もないらしいミッドミンは、「じゃ、じゃあ、予定通り向かうとして」と口にしてから一度深呼吸をし、かたい表情でララウィンへと手を差し出した。
「ど、道中は階段もあるし、いつもの靴よりヒールが高いから危ないかもしれないし、人が多くてはぐれるかもしれないし、だからっ————よかったら、手を……どうぞ……!」
「え——」
ララウィンは先ほどの失態も笑われていたことも忘れて、ぽかんとミッドミンの手を見つめる。
これは——どういう意味なのだろう。
まさか手と手を繋いで、恋人みたいに歩きませんかという誘いだとでも言うのだろうか。
「おー、進歩じゃん。昨日はヘタレて、ララウィンじゃなくあたしを誘いに来たくせに」
「そういうことは口にしないであげて。……モルモも、僕でよければどうぞ」
「えっ、マジ!? 王太子殿下のエスコートなんて自慢できる! お願いしまーす!」
ララウィンが悩んでいる間に、モルモはあっさりとセストセールの腕に手を重ねた。
それを見て、なるほど、とララウィンは少し落ち着く。
エスコート。つまり、恋人関係の手繋ぎではなく、紳士の振る舞いとしての腕組みという意味か。
であれば、ここでララウィンがためらうのも変な話であるし——セストセールに接触するモルモにもやもやするのも変な話である。
「それじゃあ……わたしも、お願いします」
そう告げた瞬間、ぱあっと笑顔になったミッドミンは、本日の真昼の太陽にも負けないくらい輝いていた。




