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魔術付与の練習は、想像以上に順調だった。
オルカルは一定間隔ごとに飛び跳ねる小石を見下ろして、ふう、と息をつく。
「やったわね、オルカル! 完璧に大成功!」
「わっ」
杖を持つオルカルの手をララウィンが握り、ぶんぶんと上下に振る。
自分のことのように喜んでくれているその姿がかわいらしく、思わずにやけそうになったオルカルは、咄嗟に奥歯を噛み締めた。
「……ありがとうございます。ララウィンの成長速度と比べれば、ようやくといったところですが」
「もう、素直に喜べばいいのに」
「あなたはもうすぐ、二種類の付与に成功しそうな勢いじゃないですか。僕ももっとがんばらないと」
「ふふふっ、でも今日はもうおしまい」
ララウィンが杖をひと振りすると、跳ねていた小石はテーブルの上に転がり、停止した。
続いてもうひと振りすると、本五冊がふわりと浮き、ララウィンの杖先の横あたりで積み重なる。
「たくさん魔術を使って疲れたでしょう。本はわたしが返してくるから、帰る準備をして待っていて」
「いえ、待ってください、ララウィン。僕が——」
オルカルの言葉が間に合わなかったのか、それともあえて無視されたのか。ぬいぐるみを抱えたララウィンと彼女に追従する本たちは、部屋を出て行ってしまった。
ここは実技用の自習室だ。図書室はふたつ上の階。返す手続きも含めれば、五分以上は戻って来ないだろう。
オルカルはおとなしく、言われた通りに帰宅準備を始めることにした。
教科書を鞄に入れ、レポート用紙とノートを入れ、小石を窓から放り投げる。テーブルに残ったのは、ララウィンの物のみになった。
レポート用紙に並ぶ文字は、やや大きめで力強い。神秘的な見た目のイメージとは少しかけ離れているが、自信にあふれていて読みやすい彼女の字体をオルカルは気に入っている。
魔術付与についてふたりで——しばしば邪魔な先輩が混ざることもあったが——調べ、自分たちなりに要点をまとめ、いざ実技練習へ移行しようとなったとき、練習も一緒にさせてほしいと申し出てよかったと、心から思う。
やはり優秀な人間の側にいるのは心地がいい。
話が通じる。学びがある。成長できる。
どう甘く見積もっても、自分たちは学年で飛び抜けて優秀だ。それなのに成長もしているおかげで、ほかのだれかに追い抜かれることもない。
オルカルの自尊心は、ひどく満たされていた。
——トントン。
ふいにノックの音が響く。
ララウィンが戻ってきたのだとしても、いちいちノックはしないだろう。
オルカルは眉を寄せ、「はい」と答えた。
「失礼、セストセールだ。こちらにララウィンがいると聞いて来たのだけど」
オルカルの眉間のしわが深くなる。
こんな時間に何用だろうか。わざわざ探して訪ねて来ずとも、寮の食堂にいれば夕食をとるタイミングで会えたはずだ。
しかし、少し不審に思った程度で追い返すほどオルカルも狭量ではない。ため息をついてから、オルカルは杖を振って扉を開けた。
姿があらわになったセストセールは、軽く室内を見渡し、「あれ」と首を傾げる。
「ララウィン、いないのかい?」
「彼女は図書室です。スムーズに本の返却が終われば、もうすぐ戻ってくると思いますが」
「では、ここで待たせてもらってもいいかな」
「お好きにどうぞ」
オルカルはセストセールから目を逸らし、ララウィンの道具をまとめ始める。
愛想のない言動をしていることは自覚があった。しかし、王族とはいえただのクラスメイト。改めるつもりは、さらさらない。
入室したセストセールは、オルカルの隣に立つ。
「ふたりで魔術の練習でもしていたの?」
「そうですね」
「ふふ。きみたちは本当にすごいな。尊敬するよ」
「世辞は結構です。黙って待っていてください」
「世辞などではないのに。ねえ、どんな魔術の練習をしているのか聞いてもいいかい?」
「黙ってください」
「もしかして、魔術付与かな」
「……知っているなら、聞かないでください」
「このガラスペン」
しっかりとインクを拭きとられ、ハンカチの上に鎮座しているガラスペン。ララウィンがとても大事にしているものだ。
セストセールは、そのガラスペンに指を這わせた。
「ミッドが贈ったものだって、きみは知ってる?」
ぐしゃ、とレポート用紙が悲鳴をあげる。ララウィンのレポート用紙だ。
まとめようとして手に持っていたそれを慌ててテーブルに戻し、オルカルはしわを伸ばす。
しかし、一度ついた折り目は消えてくれず、折り目だけをうまく消すための魔術も知らない。
オルカルは八つ当たり気味にセストセールを睨んだ。
「だからなんだって言うんですか? 黙っていられないのなら、出て行ってもらいますが」
「すまないね、意地悪を言った。ただ、きみがどう思っているのかを知っておきたくて。ここ最近、放課後はずっと一緒にいるだろう? きみは噂なんて気にしない性格だろうけど、勉強のためとはいえ異性がふたりきりでいるというのは、本人たちにその気がなくとも——」
「本当に黙っていられないんですね。しかもなにかと思えば、僕と彼女の交友関係に口出しとは。さすが、王太子らしい図々しさと傲慢さです」
ぱちくりとセストセールが瞬いた。
王太子は敬われる存在。ここまで直接的に、しかも面と向かって毒突かれることもないのだろう。
しかし驚きはしたらしいだが、とくに傷ついたような顔はしていない。それがさらに腹立たしくて、オルカルは言葉を重ねた。
「顔だけ、家柄だけの人間に指図されたくありません。僕に指図したいなら、主席になってからでお願いします。——そうでなければ、あなたにもミッドミン・レーンにも、ララウィンを譲るつもりはありません」
この宣言で、多少なりともショックを受ければいい。
だが、セストセールがオルカルの期待するような反応をするよりはやく、扉が開けられた。ララウィンが帰ってきてしまったのだ。
「セス? どうしたの?」
当然彼女は、先ほどまでいなかったセストセールへと話しかける。
「ごめんね、いきなり来てしまって。明日は休日だろう? 学生でも気軽に入れる、ケーキがおいしいティールームを教えてもらって。ミッドと行ってみようという話になったんだけど……よかったら、ララウィンも一緒にどうかな」
「えっ……いいの?」
「もちろん。ケーキ目当てで男ふたりだけというのも華がないだろう。モルモも誘おうと思って、そちらにはいまミッドが行ってくれている。この四人なら、変にかたくなることもないし、気兼ねなく楽しめると思うんだ。もし用事がないなら、ぜひ」
「行く! 用事ないもの!」
ララウィンは頬を緩ませ、嬉しそうだ。
休日に連れ立って出かけるなど、随分と仲がいいらしい。オルカルの胸に、チリチリとした焦燥感が走る。
……なんだか、負けた気分だ。
「よかった。寮で軽く昼食をとってから出発する予定だけど、大丈夫?」
「うん! ……うん? それなら、今日の夕食のときでも、明日の朝食のときでも、最悪昼食のときに誘ってくれてもよかったのに。わたしやモルモを個別に訪ねるより、食堂で待っていた方が効率的じゃない?」
「ああ……まあ、効率を重視するならその通りだけれど。人が多いところだと、ね。だれかの耳に入って大所帯になってしまっても、お店に迷惑だろう?」
「そういうもの? 人気者は大変ね」
「前にも言ったけれど、ララウィンだって人気者なんだよ。……ねえ、オルカル。もしよかったら、きみも来ない?」
急に話を振られ、オルカルはレポート用紙に新しい折り目を入れてしまうところだった。しかもあろうことか、おこぼれのような誘いをかけてくるとは。
オルカルはもう、セストセールとこれ以上、言葉を交わしたくなかった。
「行きません」
最後にそれだけを冷たく吐き捨て、自分の鞄を掴んだオルカルは、足早に部屋を出てしまった。




