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それは、入学して半期が過ぎたころだった。
「ハーティ家にはご支援いただいておりますので、モルモにもご報告ですわ。パダパエはこの度、三年生の殿方とお付き合いをすることになりました」
ぽとり、とモルモのフォークから夕食のジャーマンポテトが転がり落ちた。
口を開け間抜けな表情でパダパエを見上げるモルモを、当人は無表情ピースで見下ろしている。
「お……お付き合いって、恋人ってこと……?」
そしてララウィンも、モルモと同じく呆然としてしまった。
なぜなら、籠絡作戦を実行中のララウィンよりも早く、クラスメイトのだれかが恋人を作るだなんて思ってもいなかったからだ。
パダパエが恋愛強者なのか、それともララウィンがのんびりしすぎているだけなのか。前者だと思いたい。思いたいけれど……途端にララウィンは、自信がなくなってきた。
「もちろん恋人のことですわね」
「そ、う……そうなの……」
失礼ながら、なぜ、どうして、という思いが駆け巡る。
パダパエたち双子姉妹は、クラスで浮いた存在だ。裏表なくまっすぐなぶん、強い言葉をたびたび使うため、どちらかというと嫌厭されることが多いように見受けられる。
顔のつくり自体は整っているが、表情が滅多に動かないせいか無機質な印象で、『不気味』と悪口を言われているところもララウィンは見たことがある。
そんな彼女が、たった半年で恋人をつくる? しかも、関わりの薄い三年生が相手?
ララウィンは人に好かれようと必死に努力しているのに、好かれようともしていない彼女が、なぜ?
もしや——いままでの努力はすべて的外れだったのだろうか。そんな不安がじわじわと押し寄せてくる。
「こ、恋人……恋人かあ……。ふ、ふーん。へー。す、すごいじゃん。もも、もしかして、パダパエだけじゃなくて、パダプーダも?」
動揺を隠せていないモルモが問いかける。
パダパエはモルモの隣に座りながら、首を横に振った。
「残念ながら、パダプーダは独り身のままです。パダプーダも狙っていた相手だったので、いまは拗ねて部屋に引きこもっていますわ」
「ふ、双子で修羅場ったの!? 逆によくパダパエは平然としてられるね!?」
「お褒めいただき光栄ですわ。まあ、パダプーダも一度寝て起きれば忘れるタイプですから。心配はいらないでしょう」
「ね、寝て起きただけで忘れられるような案件かな、これ……」
モルモは自分を落ち着かせるためにか、水の入ったグラスに口をつける。ララウィンもそれにならって、水をひと口ぶんだけ飲み込んだ。
——だめだ、全然落ち着かない。
続けて一杯ぶんすべてを飲み干してみたが、それでもララウィンの頭はまだ混乱から抜けきれないでいる。
逆にモルモは、ある程度の落ち着きを取り戻したらしい。ひとつ咳ばらいをして、「ま、まあ、ともかく」と切り出した。
「それなら本家の人間として、挨拶くらいはかましとかないとね。三年の先輩だっけ。どんな人?」
「パダパエとパダプーダの見分けがつく人ですわね」
「へー、すごいじゃん! 家族だって間違えることあるのに。で、どんなところが好きなの?」
「パダパエとパダプーダの見分けがつくところですわね」
「うん? …………え、おしまい? それ以外は?」
「それ以外はあまり存じあげませんわ」
モルモがパダパエを指さして、ララウィンを見つめてきた。
ララウィンはそっと首を横に振る。
——本当になんで、こんな子が恋人をゲットできているのだろう。
「えー……あー……なるほどね? んーっと、それなら……相手の人は、パダパエのどこが好きって?」
「さあ。顔でしょうか」
「わあ……そっかあ……」
——顔なら、わたしが一番なのに。世界一で宇宙一のかわいさなのに。
顔面の良さに絶対の自信を持つララウィンは、なにもかも納得できなかった。
だから、だれが聞いているかもわからない寮の食堂というこの場所で、つい口走ってしまった。
「恋人って、どうやってつくるの?」
がたたん! と派手な音がした。
思わず三人そろってそちらを見れば、ミッドミンがイスから転げ落ちているではないか。隣のセストセールが苦笑しつつミッドミンに手を伸ばしている。
なにがあったのかとララウィンは気になったが、パダパエはそうでもなかったらしい。先の問いに答えようと、すぐに口を開いた。
「どう、だなんて、妙な質問をしますわね。告白をすればいいのですわ」
「ね、ねえ、ララウィン? もしかして、本格的にアタックするの? 告白しちゃう? しちゃうの?」
「えっ……!?」
ここでようやく、ララウィンは迂闊な発言をしてしまったことに気づいた。
モルモの目がキラキラと輝いている。そういえば、彼女はララウィンがセストセールに恋愛的な好意を抱いていると勘違いしている節があったのだった。
しかも、いまのモルモの言い方だと、周囲で聞いていた人たちにも同じような勘違いが波及してしまう可能性がある。
慌ててあたりに目を配れば、ミッドミンやセストセールだけでなく、オルカルやジージャも辛うじて声が届きそうな範囲に座っていて、こちらの様子をうかがっているようだった。
有象無象やモルモはともかく、攻略対象者たちに変な誤解をされてはたまらない。『もしやララウィンは自分が好きなんじゃ……!?』的な勘違いならまだしも、『ララウィンってもうほかに好きな人がいるんだ……。友達として応援してあげよう』みたいに思われてしまったら籠絡作戦に支障が出てしまう。
「しない! する相手もいないもの!」
「またまたぁ~」
「しないってば!」
力いっぱい否定し続けたが、終ぞモルモがその否定を信じてくれた様子は見られなかった。
◇
「……実際のところ、告白ってすべきだと思う?」
まもなく消灯時間に差しかかろうかという時刻。制服のシャツとスカートだけを着用した風呂あがりのララウィンは、寮の裏庭で膝を抱えていた。
あまり手入れされていない鬱蒼としたこの場所に、人が寄りつくことはほどんどない。夜となればなおさらだ。
月明りが、微かに庭の隅の納屋を照らしている。それ以外はどこまでも暗く、静か。加えて、少し湿っぽい土の匂いと、冷たい夜風。——すべての要素が、ララウィンとムードのお気に入りだった。
「正直、悩ましいな。タイミングが難しい」
手持ち無沙汰解消のためか、ぬいぐるみ姿のムードは放置されている家庭菜園用の小さな畑を踏み荒らして遊んでいる。
「難しいなら王太子に狙いを絞ってもいいとは言ったが、できれば全員籠絡するのが理想だ。いまの段階で相手を固定化してしまうのはな……」
ララウィンとムードの間の距離は、二メートル弱。ふたりはそれなりの声量で話している。
けれど、裏庭に近い部屋の生徒が苦情を言いに来ることはないだろう。風呂あがりでもきちんと持ち歩いている杖を使い、音を遮断する結界を張っているからだ。
ジージャに教えてもらった魔術を少し発展させ、内側の音は外に漏れず、しかし外側の音を内側の人間は拾うことができる仕様になっている。このうえなく便利で、すっかりララウィンのお気に入りとなった魔術だ。おかげで、外であってもムードと気兼ねなく会話をすることができる。
「でも、少し思ったの。同じ一年生でもう付き合い始めた人がいるなら、セスも告白されて、だれかと付き合う可能性だってゼロじゃないんじゃないかって。セス、人気らしいから……」
「たしかにその可能性はあるだろうが……そもそもの話だ。いまお前が告白したとして、付き合えるほどの好感度はもう溜まっているのか?」
「う……」
痛いところを突かれた。
いま告白したとして……セストセールが快く応えてくれる未来は、正直ちょっと想像できない。
ほとんど毎日会話はしても、たとえばララウィンとふたりきりになろうと働きかけてくれたり、ララウィンの気を引こうとするような贈り物をしてくれたりといった言動は、一切見受けられないのだ。
「ここがゲームの世界なら、好感度が目に見えてわかるようになっててもいいのに……」
ララウィンは人さし指で、地面にハートを描く。
きっと、友人に至れるほどの好感度は溜まっているはずだ。もし上辺だけの友人扱いだったら普通に泣いてしまうから、きちんと友達であることは信じたい。
だが、それ以上となると——どういう接し方をされたら、恋人になれるレベルに至ったと判断できるのだろうか。
少なくとも現状だと、同じ友人枠であろうモルモとララウィンの扱いに差はないように感じる。セストセールが恋愛感情を抱いてくれたそのときは、明確な差が生まれるのだろうか。
「読心魔術があるだろう。あれを使えばいい」
「あれは明確な魔力差がないと気づかれやすいって本に書いてあったもの……。セスって、ムードを殺せるくらい強いんでしょう?」
「殺されたのは女神の力ありきだ。王太子単体にやられたわけじゃない。いまの王太子とお前なら、お前の方が強い」
「ふうん……。なら、試してみてもいいのかな……」
ララウィンがそう呟いた直後だ。
「ララウィン、だれかくる!」
ムードが叫び、ぬいぐるみ姿のまま走ってララウィンの膝に飛び込んできた。
ララウィンにはまったく聞こえなかったが、なにか物音を拾ったのだろう。人間の五感より優れたものを持っているムードは、こういったとき信頼できる。
ムードを抱きしめ、杖を握り、ララウィンは立ち上がる。
相手が教師や上級生——きちんとした魔術師であるなら、結界を張っていることはすでにバレているだろう。侵入を阻止するものではないため、今更逃げたり隠れたりすることもできない。近づかれれば、結界の主がララウィンだと簡単に知られてしまう。
『こんな時間にこんな場所で結界まで張って、なにをしている』なんて口うるさく追及してくる人間でなければいい。ララウィンに悪意を持っている相手なら、嫌がらせで教師に変な告げ口をして、最悪ララウィンに監視の目がつくか、この場所が立ち入り禁止になるかもしれない。
ララウィンは油断なく杖を構える。もしあのいけすかない親戚の男だったなら、即座に殺してしまうのもアリだ。
暗闇に目を凝らし、耳を澄ませる。ようやくララウィンの耳でも聞き取れるほどの距離で、木の葉を踏みしめる音がした。
ゆっくりと、けれどまっすぐにこちらへ向かってくる。
やがて見えたのは——、
「あれ。なんだ、ララウィンだったんだね」
わずかな月光の下ですら輝いて見える金髪。先ほどまでララウィンたちが散々話題にあげていたセストセールだった。
ララウィンはホッと息をつき、それから慌てて足元に描かれているハート模様を踏み消す。べつに見られたところで問題ないはずなのに、咄嗟の行動だった。
『驚かせてくれる……』
ムードも緊張していたらしい。ララウィンの腕のなかで、心なしか脱力したような動きをした。
「どうしたの、こんなところで」
セストセールが杖を振ると、杖先の宝石から柔らかな光があふれる。少しばかり暗闇が晴れ、セストセールのいつもひとつに束ねられている髪が、いまは下ろされていることがわかった。
「セ……セスこそ。人なんて来ないと思っていたのに」
「私は散歩。寝ている間はどうしても無防備になるから、夜になると部屋の前にずっと護衛が立っていてね。熱心に仕事をこなしてくれる彼らには悪いけれど、時々息が詰まるんだ」
「そう、なの? なんだか大変そう」
「ふふ、そうだね。それで、ララウィンは? 結界が張られているものだからつい気になって立ち入ってしまったけれど、本来はたしかに近づく人も限られそうな場所だよね」
ララウィンは少し目を伏せる。
どう答えたものか——数秒悩んで、結局は素直に告げることにした。




