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図書室で課題レポートを進めていたララウィンは、きらりと輝くバイオレットを見て、ふと手を止めてしまった。
インクが垂れぬよう、書き損じたメモ用紙でガラスペンの先を拭ってから、ころりと手のなかで転がす。
キラキラ、キラキラ——いつまで経っても、このガラスペンは見飽きない。前に使っていたペンと比べれば、いちいちインクに浸さないと使えないし手間なことも多いのに、いまとなっては前のものが壊れてくれてよかったと思えるほどだ。
『よっぽど気に入ったみたいだな』
ムードの声で、ララウィンは我に返る。
いけない。まだ課題は終わっていないのだ。提出期限は先だが、できれば今日中に終わらせておきたい。
気を取り直してインク壺にペンを差し込もうとしたララウィンだったが、隣に座っていたオルカルが顔をあげる方がはやかった。
「集中が途切れましたか? ああ……もう一時間も経っていますね。少し休憩しましょうか」
オルカルが杖を手に取る。二本が絡まりあって一本になったかのような杖だ。本人の身長が高いせいか、杖もかなり長い。
軽く杖が振られると、ララウィンとオルカルの目の前に、木製のコップが現れる。そして、コップの内側から湧き出るように水も現れた。
日本にいたころの記憶だと、図書室は飲食禁止が基本だったが、ここは魔術を使えば本が汚れてもリカバリーできるからか、飲食を咎めるような注意書きは見たことがない。
「味気ないものですが、どうぞ。水以外だとまだ、味気ないどころか最悪な味になってしまうんですよね」
「ありがとう。……いつ見てもすごい」
コップを持ち上げたララウィンは、しげしげと観察する。
「飲める水くらいあなたも出せるでしょう」
「わかって言っているでしょう。そっちじゃなくて、コップ。毎回デザインが違うもの。イメージと技術がしっかりしていないとできないことよ」
くすりとオルカルが笑った。
彼が笑うことは滅多にない。けれど、オルカルの機嫌が上向く話題を、ララウィンはなんとなく把握しつつあった。
きっと彼は魔術が好きで、魔術を使える自分に誇りを持っていて、魔術に関して褒められることがなによりも嬉しいのだ。
オルカルは口角をあげたまま、コップを指先で撫でた。
「一応、これは一日一回は使うと決めている魔術ですからね。手に収まる軽い物は、練習にちょうどいい」
「やっぱりすごい。小さなことでも毎日続けるって、意外とできない人も多いのに」
「そういう人間は、魔術師の高みには指先だって届かないでしょう。とくに、無から有を生み出す魔術は、一朝一夕には身につきません。僕はいずれ、ゴーレムのようなものを作りたいと思っていますから……それを思えば、まだまだですね」
「ふふ。いいわね、ゴーレム。作れたらそのときは、わたしにも見せてちょうだい」
ゴーレム。日本には実在しなかった、ファンタジー世界のもの。ララウィンはそういうものに心惹かれやすいのだ。
「約束よ?」
だからララウィンは、本心で、本気でそう言った。反故にしたら怒るから、という気持ちも込めた。
オルカルがどの程度この言葉を本気で受け取ったのかはわからない。けれど、色素の薄い瞳をわずかに見開いたあとは、控えめながらも「……はい」と頷いてくれた。
満足したララウィンは水を飲み、課題の続きに取り組むべくペンをとる。しかしそのペンこそが、先ほどララウィンの手を止めた元凶だ。
再び、じっとガラスペンを見つめてから、ララウィンは口を開いた。
「……オルカルは、創造魔術が得意なのよね」
「え? ……いえ、得意というより、伸ばしたい、が正しいですが」
「でもきっと、わたしより知識があると思うの」
ララウィンはオルカルの目の前にガラスペンを掲げる。
「わたし、これに魔術付与をしたくて。インクを補充しなくていいようにする魔術と、壊れないようにする魔術。これも創造魔術の一種でしょう?」
「ええ、まあ、物に関する魔術ですから大枠はそうです。しかし……複数の魔術をひとつの物に込めるのは、非常に難しいとされています。創造魔術だけができればいいというわけでもない」
ガラスペンを観察していたオルカルの目が、ムードの方へと動く。
「……あなたはすでに、その人形に高度な魔術を複数施せているようですが」
ララウィンは焦った。
ムードは魔術人形のように見せかけているだけで、実際にはなんの魔術も施されていない。ムード自身から発せられている魔力のおかげで、周囲を騙せているにすぎないのだ。
『落ち着け』
ララウィンの焦りが伝わったのか、ムードの静かな声が頭に響いた。
『言い訳は事前に考えているだろう。忘れたというなら、カンニングさながらにオレが教えてやってもいいが』
思わず睨みつけそうになったのを、なんとか堪える。
焦る心など悟らせないよう、ララウィンはゆっくりと手を伸ばし、ぬいぐるみの頭を撫でた。
「これは……幼いころ、理屈もわからないままいろいろと魔術を試していたら、いつの間にかこうなっていたの。不完全な部分も多いし、再現性もないから、過度に期待されても困るわ」
「そうでしたか。ゴーレム作りに通じるところもあるでしょうから、なにかコツを聞ければと思っていたのですが」
「……がっかりした?」
「この程度で? まさか」
柔らかく細められた目からは、ララウィンに疑心を抱いた様子は見受けられない。
オルカルはノートを閉じ、立ち上がる。
「生憎、僕にも不足している知識です。まずは本を探してみましょうか」
「あ、待って。勉強の邪魔をするつもりは……」
「構いません。これも勉強です。課題と試験をこなすだけで高みに至れるわけもない。手伝わせてください」
立つことを促すように、協力を申し出るかのように、オルカルが手を差し出す。
ララウィンからすれば、願ってもない話だ。こちらから『手伝ってください』と頭を下げるべきとすら思うのに。
ありがたくその好意に甘えさせてもらおう——そう思ってララウィンは手を持ちあげる。
しかし、オルカルの手に重なる直前、声が割り込んできた。




