第4話「絶対無敗のチキンレース・包囲網構築編」
神の使いは、時に清冽な判断を下さねばならない。大いなる悲劇を退けるためには、清濁併せ呑む鉄の決断こそが聖女の誉れ。
――なーんていうポエムな建前を盛大に振りかざしつつ、私は王宮の一角にある自身の私室にて、怒り狂ったイノシシのような形相でリストラ対象の選別を行っていた。
(ふざけるんじゃないわよ。何が「午後には南の小さな客人とのご面会が……」よ!! 南って思い切り“結界のほころび激熱被害ゾーン”じゃないのさ!! どんだけ極秘扱いで私を火薬庫に近づけてたの!!)
騎士団長とのハートフル地雷爆破面談を終えたのち、私の生存本能は狂ったように警鐘を鳴らし続けている。
私はいま、前世の経験からギリギリ“先回り”できているから余裕のホーリースマイルを決め込めているが、油断すればいつでも「真実を知りすぎたが故の不審死・もしくはただの処刑おかわり」コースへの急行列車に乗車可能だ。首元の熱が、消えない警告ランプみたいにずっとピリピリと主張している。一機しかないんですよ私の残機は!!
前回の私が秒速で偽物判定を食らい、詰みに至った最大の原因。それは圧倒的なまでの「物理的足場の無さ」と「丸腰度」だ。証拠がない。情報がない。なにより――絶対の危機に動いてくれる人間がいなかった。
「主のお導きにより、身の回りの空気を一度浄化させたいのです」
私は静かな声で、これ見よがしに跪いていた筆頭の侍女たちへと告げた。彼女たちは戸惑いの表情を浮かべたが、私は知っている。あの愛想の良い栗毛の侍女も、私の生活スケジュールを毎日せっせと上に筒抜けで密告していた極大級の裏切りスピーカー女だったことを!!
(悪いわね。今世での私は聖母のようにアナタを赦したりなんかしないのよ。とっととお暇出しなさい!)
「では、代わりの者の選定は――」
「すべて神と私の御心のままに選びましょう」
美しい指先を振って全員を即刻退室させたのち、私はガッツポーズで人材リストから彼女らの名前を盛大に消し飛ばそうとした。
狙うべきは華やかな側近や、ご大層な肩書きを持つエリートたちではない。奴らは保身のために息を吐くように私を売る。
私が今最も渇望しているSSR人材は、『情報を残せる者』『抜け道を知る者』『文字を読み解ける者』だ。
早速、私はホーリースマイルを顔面にフル実装し、第一の関門である人材登用に打って出たのだった。
*
「――ハンナ・ベルフォード。そなたの永きにわたる勤めぶり、神はしっかりと見ておいでです。本日から、私の最も近い場所に立っていただけますね?」
静かな廊下で、両手を合わせて微笑みかけた私の目の前にいたのは。五十路を過ぎた目立たない風貌の年配侍女だ。
私が彼女の手を取ると、皺の刻まれたハンナの手がかすかに震えた。
「わ、私のような老いぼれでよろしければ。ですが、私には華やかな才も、口を回す力もございません」
「その沈黙こそが至高の賛美なのです」
(口の軽くない実務鬼特化こそ私の神引き!!! 前世の最悪の空気の中、唯一私を見放さず最後のお世話をしてくれたガチの天使!! 今回はお世辞とかどうでもいいから、ひたすら私が元気な日のこと、体調悪い日のことを死ぬ気で書き記してほしい!)
「あの方々の無慈悲なる視線の中でも。あなたの揺るがぬ忠義は記録という確かな礎になる。私の体調から行動履歴に至るまで……すべて、貴方の見聞きした“事実”のみを残してくださいますか?」
少し強い瞳で射抜く。ただの従者ではなく「事実の証人」としての任命。ハンナはハッと息をのみ、ひどく感銘を受けたような面持ちで深々と頭を下げた。
「御心のままに。この身に代えてでも、あなた様の歩まれた真の姿だけは、いかなる嵐の時でも違えずに書き残しましょう」
(よーっし、書記官兼防犯カメラ配置完了ッ!!)
そのままの勢いで神殿裏手の倉庫群にまでドレスを引きずって突撃した。ホコリまみれの現場だ。キラキラ光の聖女様の突然の襲来に、積み下ろし作業をしていた職員たちの顔面が神隠しに遭ったように白目を剥いている。
私が目を付けたのは、物陰で素早く木箱の間に道を空けていた、くたびれた麻服の青年。ルカ・ドイルだった。
「倉庫に落ちる日陰の先まで、天の慈悲は巡るもの。よき働きですね」
「……え、あ。リゼ様。こんな場所に何のご用で……埃がつきますぜ」
そっけなく視線を逸らす彼に、私は背後へ回した手を組んでニッコリと首を傾げる。
「聖女が照らすべきは輝かしい表の道ばかりではありませんわ。貴方は王宮のあらゆる通路に血を通わせている。有事の折、見栄に染まった広間ではなく――真実に直行できる暗い近道を案内してくれるやもしれませんね?」
(頼むー!脱出経路のマッピング情報くれーー!! 正面突破しか許されないクソルート設計な王都なんてもう嫌だ!いざって時の物理的退避と情報密輸にアンタの荷運びルートが必要なの!!)
少しだけ身を屈め、小声で秘密を共有するような手付きを見せる。ルカの少し無気力そうだった双眸が、何かを悟ったようにギョッと丸く開かれた。彼は私の顔の造作からではなく、「その道を見つける必要性(危機)」に直感で気付いた顔をしたのだ。
「……こんな下っ端の道すがらに。もし天の助けが必要な迷い子がいりゃあ、いつだって荷物にまぎれて見えねえように道を通してやりやすよ。ええ、間違いなく」
(フゥー!! 裏道マスターGETォオオオ!)
最後に、神殿最深部のカビ臭い古書庫前。そこで大量の古びた書類の埃と格闘している気弱そうな少年、書記見習いのノアを直撃する。彼はビクンと肩を震わせ、まるで化け物を見たかのようなパニックを引き起こした。
「ヒィッ! リゼ様! ま、申し訳ありません、あの、こちらはいま誰も通らない整理区画で」
「天に導かれたのです。忘れ去られた過去の残響――そこにはどんな真の言葉が記されているのでしょう。誰よりも深いその場所で意味を探る貴方のこと、誇らしく思いますわ」
(難解古代文字翻訳アプリーー!!アンタが読まなきゃ誰が歴史のゴミ漁ってくれるってんだよ! 私あの黒塗り伏せ字まみれのごまかしポエム神殿文書なんて1ミリも読めないんだからね! 神頼みじゃない、リアル文系頼みだ!!)
「あなたのような鋭き目にだけ読めるもの。隠された意味の欠片があれば……ぜひ私と共に分け合ってはくれませんか? 声なきものを消えたままにしないために」
その真摯で限界ギリギリのトーンに。いつも無能の下っ端として書類の山の底でいびられていたらしいノアの目に、ジュワリと熱い大粒の涙が盛り上がってきた。
「僕なんかの目に留まる、どうしようもない端くれで、よろしければ……! いついかなる意味でも探り当ててみせます!」
……パーフェクト・リゼレクション完了である。
なんの権力もない、英雄でもない彼らだ。
だが私には今、最高に頼れる物理監視員、最高のステルスナビゲーター、最高の名解読機という絶対的な自衛網が整った。彼らの忠誠度のベクトルが私の限界必死アピールによって何故か『覚悟の果ての孤独な戦女神』みたいに超神格化されている気配は全力で見ないフリをする。勘違いでバフがかかるなら儲けもんだ!!
*
そして夜。
その日の私はいろいろな業務(例の南から来た傷病者の怪我を治すためのお触り不可避の神聖タッチ&大量のご相談と大いなる大祈祷イベント)をこなし切り、自室の豪奢なデスクに死に体となって伏せっていた。
……ゲロ吐きそう。体中の血液が砂粒にすり替えられたみたいな尋常じゃない倦怠感。
「っあー、疲れた。頭割れそう」
口からホーリー感ゼロのうわごとを漏らしつつ、私の震える右手の指先はインクで真っ黒に汚れている。
その日の深夜。分厚い蝋燭の光だけを頼りに、私はこつこつと自身専用の『限界聖女観察ノート』へと万年筆を走らせ続けていた。
ただ嘆き悲しむ日雇いヒロインの時代は終わり。今は自分のあらゆるパラメーターを証拠化して事実を炙り出すタームなのだ。
「今日の日付と、私が祈りに要した時間……こなした神聖職務、それに……祈った対象の人員と質、ハンナから見た私の顔色・疲労度……」
書き殴っていく字が所々ミミズのように歪んでしまうのを必死で耐える。
南からやってきた“怪我を負った子供とその親”。昼間の彼らに私が施した祝福の祈りにより、どういうわけか治るはずのない地方の黒い毒めいた激痛が目に見えて緩和されたのだ。それが騎士団長の言っていた結界被害による“癒えぬ病と負傷”の片鱗なのだろうと当たりがついた。そこは大きな収穫だった。
――だが、今の私の目の焦点がおかしくなっている理由は、そんな立派な話の次元じゃなかった。
「…………何これ」
自身の数日間にわたる観察データをまとめた紙束の先を指で弾き、信じられない事実を前に呼吸を停止した。
「は……? マジで何、これ」
神殿への公式なお祈り回数。今日面会した対象。そこで私の体内から搾り取られた『聖女の力』の主観的な消耗度グラフ。
私はいま、前世では気づけなかった“体調の波”を明確な視覚情報に起こして、ようやくそれを突きつけられたのだ。
(昨日の定例の大祈祷の時間……疲労度は通常。けど、今日の午後の同じ長さの儀式での消耗。なんでこれ……私の体からゴッソリ血でも抜かれたみたいな、こんな瀕死スレスレまで疲労度がバグるわけ?)
心拍が異様に跳ね上がる。
インクまみれの震える指でその原因を探り、数字をなぞり続ける。おかしい。同じ口の動き、同じ心からの神聖ポーズ、同じ定例マニュアル。その表面上のアクションに対し、私の“魂から吸われるガソリン”の量が日によって全くちがうのだ。
「今日の私……ほとんど南から来た人たちや結界の方へ祈り向けただけで……祈りの量は変わってない。それなのに、明らかに別の、目に見えない何かにドデカい管でも刺されて、力を持っていかれてるってこと……!?」
ゾクッ、と。
背筋を冷凍の針でぶち抜かれたような恐怖が走り抜けた。
自分の無能や虚弱のせいじゃない。誰かに、あるいはこのシステムそのものの中心に『お前に必要な時以外に自動的に残量を搾り取るブラック企業みたいな全自動回収システム』が隠されて組み込まれているとしたら!?
「だったら。そりゃ私のステータス画面はずっと低空飛行のスカスカのまま、みんなには『ただそこにいるだけで体力を限界消費して息切れしてる偽物カス聖女』って偽造判決を食らっちまうわけじゃない!!」
口元を両手で覆う。暗い部屋の中、自身の喉の奥から這い出す恐怖の悲鳴を飲み込んだ。
騎士団長が言っていた不気味なほどの「守る」という封殺行為。見えないどこかへの、恐るべき搾取ルートの存在。
――ふふっ。神よ。あなたはずいぶんと趣味の悪いドッキリ箱の底に私をお招きになっていたらしいですね。
「ああ、なるほど……わかってきたわ。これは『弱いから見捨てられる話』なんかじゃ絶対に終わらない。国ぐるみで私という人権をタンクとして吸い上げる……最凶最悪のお茶会だったのね!!」
この祈りがどこに行き着いているのか。この力を使わせている先はなんなのか。
深夜の寝室にカリカリという狂ったようなペンの音だけを残し、私は『次なる反撃対象の仮説』という禍々しい二文字を、ノートの一番後ろへ特大の文字で力強く刻み付けたのだった。




