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第10話「王宮の消えた記録と、深夜にコソコソ隠密歩行する冷徹第一王子サマを目撃しましたの件」

 神の恵みが降り注ぐはずの陽の光が届かない、カビと埃のツンとした香りが支配する閉鎖空間。

 薄暗いランプの光だけを頼りに、わたくしリゼは純白の聖女ドレスを床に引き摺ることも厭わず、凄まじい眼力で眼前の物体を睨みつけていた。


(よし。ない! 全っ然ない! 見事なまでに、まるっと根こそぎスッカラカンにありませんことよ!)


 心の中だけで祝杯のシンバルを派手に鳴らしながら、私は巨大な木製棚に出来た黒い隙間へと指先を滑らせた。

 ここは王宮のはずれ、ほとんど人の寄り付かない地下に位置する『古文書庫』。

 我が最優秀協力者の下働きルカくんが「清掃の名目で扉の閂だけ甘くしといたっす。絶対に見つかるなよ、聖女サマ」と開けてくれた秘密のバックドアから単独潜入をキメて数刻。書記見習いのノアきゅんが前もって整理してくれた「調べるべき昔の記録年代リスト」を手に、大真面目にお宝さがしに励んでいたのだ。


 目当ては、私が前の人生で「なぜだかめちゃくちゃ弱った挙句に偽物判定されてぶっ殺された」根本の原因。あの第一王子セオドールが「絶対に関わるな近づくな嗅ぎ回るな」とキレ気味でシャットアウトしようとした、『聖女と結界と王室の責任の始まり』が記されているはずの歴史書エリアである。


「本当に、きれーいになくなっていますねぇ……」


 思わず漏れたのは、清らかな鈴を転がすような女神級の嘆息だ。

 本来あるべきはずの分厚い羊皮紙の綴りが見事に抜き取られている。それも数冊の話ではない。約三百年前、現行の聖女儀式の土台が作られ始めた時期に関する項目だけが、虫食いなんてもんじゃない、「この一画ごと焼却炉にダイブしました?」レベルで意図的にぶっこ抜かれていたのだ。

 年月に耐えきれず風化するなら前後の本だってボロボロのはず。だが隣に並んでいる他国との無益な国境小競り合い録みたいなクソほどどうでもいい資料はピンピンしているのである。


(おっと、お口がすぎましたわ。しかしこの消えっぷりは最早、あちら側からの宣戦布告じゃありませんか! 『知られたくないドヤバい秘密がここに存在してました』って、自分からでかでかと逆案内看板立ててるようなものですわよ第一王子!)


 テンションの急上昇により心臓が早鐘どころかドラムラインを形成するのを必死に抑え込みながら、私は台の上に広げていた管理用の『持出台帳』に張り付く。


「書類そのものがないのなら、それがいつ、どこへ『公式な理由をつけて処理されたか』の痕跡を追うまで」

 物理を隠せば情報が浮く。これだから記録庫の冒険はたまらないのだ。


 手で押さえた台帳の端には、抜き取られた時期の記録があった。比較的最近――というより、この国のあちこちで結界に目に見える不具合がポコポコ噴出し始め、騎士団長ローデリクが泣く泣く秘密裏に激務と被害報告の破棄を強要され始めた時期とピッタリ重なっているではないか。

 担当者の欄には見慣れぬサインが殴り書きされている。ノアから受けた事前レクチャーの記憶と照合すると……。


(ビンゴ。殿下のすぐ側をウロチョロしている、第一王子直轄部門の書記官たちだ。お偉い王子サマのお手足様たちが、コソコソご苦労なことで!)


 この資料を持って行かせた指示元に、あの氷面のような超美形の殿下が噛んでいることはほぼ確定事項だ。私の視線が本棚へ向かった途端にあからさまな超威圧を発動させたのも合点がいく。手放しちゃマズイ機密に土足で踏み入られそうになれば、そりゃ顔色も変わるってもんだろう。


 だが。

 台帳をなぞる私の白魚のような指先が、その処理理由の最後に捺印された『許可印』のスタンプの上でピタリと固まった。


「……何、これ」


 瞬きを何度しても、インクの形状は変わらない。

 そこに残されていたのは、誇り高き我がアルヴェイン王国の豪奢な剣と盾の王冠印などではなかった。


 小さな天秤を太陽が挟むような、どこか過度に装飾的で信仰めいた独特の意匠。

 王室所属の資料庫から、王子側近の人間が物理的に持ち出しを強行する許可を出した印だ。なのにその最終決裁が、なぜ『神の御教え』側に類するスタンプで押印されている?


(……え? 神殿側ウチらの、なにかの許可印? まってまってまって!)


 呼吸が一瞬だけ喉に貼り付き、肺の酸素が停止する。

 冷たい風が書庫の中を通り抜けたわけでもないのに、背中にゾワッとした鳥肌が立つのがわかった。


 第一王子の側近が抜いた。それはいい、王家の秘密なら。

 だが、その処理に神殿の特定部署の権限(しかもこんな古めかしい印を持ったドッカリ重そうな謎部署!)が入り込んで相乗りしている?

 神様を語る聖女至上の『神殿』と、地上の法を司る完全無欠の『王宮』だ。あの偉そうなお二方(王子と大神官)なんて顔合わせる度に無言で火花を散らしている超絶仲良し(※対立構造)だっていうのに。


(――一番裏っ側の、私たちが見ることも叶わない土台の根本部分で、がっちり手を結んでこの状況を作って隠蔽してやがったってわけ!?)


 脳内だけで大絶叫のファンファーレ。だが真実の欠片が見事にカチッと合わさる極寒の爽快感は最高だ。

 これなら全部説明がつくのだ。神殿と魔法塔があの狂った「弱るほどに偽物判定を出す鬼畜器具」で聖女にすべてを擦り付け続けられる理由も! 第一王子のセオドールが自らの中だけで解決を探ることすらできず、「お前の足元ごと吹き飛ぶから首を突っ込むな」とただ沈黙で隠し守ることしか出来ずに一人きりの防壁に閉じ籠もっていた絶望的な弱さも!!

 あの超美形第一王子様は、ただ何も知らないお人好しの飾りだったから前の人生で助けてくれなかったわけではない。

「自分たちで意図して作ったかどうかに拘わらず、王都と国を機能させる絶対沈黙ルール」を飲み込まされて、それに加担させられ、だから私一人を前にした途端にあんな『自分のすべてが打ち砕かれたみたいな顔』をして悲劇のポーズを取るしかできなかったのだ!


「はっは……だんだん面白くなってまいりましたわねぇ、本当に。私がなにも知らない箱入り神の鳥だと思ってくれてて大助かりだこと」


 台帳をパタリと閉じ、私は極上の聖母のような美しい微苦笑を闇の向こうへそっと振り撒いた。

 さて、収穫としては満点を超えて過剰請求レベルだ。これ以上の長居は巡回にカチ合うから危険。撤収のお時間である。


  *


 深夜。月の光がわずかに庭園の大理石を照らすだけの、死に絶えたような静寂の中。

 私は黒い簡素なマントを羽織り、壁沿いに音もなく忍び歩いていた。ルカくんに開けてもらった通用口から宿舎へと無事帰還する道すがらだ。聖女らしからぬ完璧な壁ペタ移動に磨きがかかっているが、命の防衛技術なのだから自画自賛したって神罰は落ちまい。


 ……と、本殿区画へと続く最後の渡り廊下に差し掛かったときだった。

 向こう側の月明かりの道を、横切っていく高い人影がある。


(ひっ……。え、誰。こんな深夜にお付きの騎士の一人もおらんで)


 心拍数を意地でも低位安定させながら、装飾柱の完璧な暗がりにスッと同化して息を潜めた。

 横切っていくその影。豪奢な装飾こそ解いているものの、銀に反射する上質な立ち襟、微かな物音すら許さぬ流れるような美しい足捌き。どう見比べたってこの世の粗品をかき集めた暗殺者とかではない。


 セオドール・アルヴェイン第一王子、ご本人サマであった。


(マジか! なんであんな完璧顔面オブ顔面の国指定重要無形オーラ垂れ流し超権力男が、ネズミ一匹すら伴わずコッソリ歩いてるワケ!?)


 内心で大暴れする疑問を抱えつつ、私の視線は彼の向かっている先をジッと追う。

 王子が足音を忍ばせつつ一直線に進んでいく方角。そこは王家の居住区でもなければ、煌びやかな謁見の間へと続く大扉でもない。

 この数日間、ノアくんから叩き込んでもらった宮中略図の中に見捨てられていた区画。『最奥部、古い祈りの痕跡の眠る立ち入り禁止の封鎖路』――さらにその奥、かつて古い王家の人々が神殿と祈りの儀式をどうにかしていた頃の『地下区画への重い石扉』に続く場所だ。


「……知っているんでしょうね。誰よりも」

 ポツリと、私だけの空間に息と声の入り混じった呟きが零れた。


 あの大理石のような非情さを装っていた冷血王子サマは。自分たちがいま『何の上に国を成立させて隠しているか』を完全に知った上で、なおこうして一人の孤独な時間帯を縫ってあのクソ重い隠蔽扉の向こうへ通っているのだ。


(ああもう、これだからこの国の上澄みの連中は大嫌いだ)


 助けないくせに、苦悩して抱え込んでいる顔つきだけは一流なのだ。すべては繋がった。あなた方の重たい事情と沈黙がどう結びついているのかはこれで確実になったわ、殿下。


 だが私は絶対に退いてなんてあげない。前世で、理由もわからずあなたたちの後悔の目に見下ろされて暗闇に突き落とされた私は、どうやってもこんな「一歩引いた綺麗な観察席」では止まれないのだから。


(待ってなさいよ、セオドール殿下)

 柱の陰で黒マントをキュッと握り締め、私はその完全な沈黙の後ろ姿へ、最高に美しくて傲慢な宣戦布告の視線をねっとりと送ってあげたのである。


 この私が、あなたが泣きたくなるほど手放せずにいるそのクソデカい後悔の理由諸共、容赦なく根こそぎ天日の下に引っこ抜いて差し上げますから!

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