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第11話「重責のメガ盛り定食で孤軍奮闘する美貌の王子様を、私が完膚なきまでに分析する時間」

 神に愛されたとでも言うべき小鳥のさえずりが、穏やかな朝を告げていた。

 自室に差し込む美しい木漏れ日を背に、わたくしリゼは長椅子に優雅な姿勢で腰掛け、おろしたての祈祷服の袖口を品よく整えていた。完璧なる淑女の微笑みをたたえたまま、卓の上に広げられた山積みの書類へと眼差しを向ける。


(ふふふ……これぜーんぶ、顔の良い第一王子サマがこの一週間で各所へ血眼になって通達した、絶賛隠蔽火消し書類の足跡リストってワケ!!)


 心の中の邪悪な私がおぞましい哄笑をあげてタップダンスを踊っていた。神殿がこの荒ぶりようを見たら三日は浄化室送りにされるだろう。


 私の左右には、完全無欠の味方たちがいかめしい顔で待機している。

 一人はいまだ表情一つ崩さずに私の前に分厚い記録帳を開く年配の侍女ハンナ。そしてもう一人は、ちょっとばかり青ざめた顔で自分が盗み見てきた――ゲフン、正式に暗記してご提出くださったメモを広げる、書記見習いのノア・セルウィンきゅんである。


「リゼ様……本当にこれで良かったのでしょうか。万一にでも露見すれば、神殿記録室を出禁になるだけでは済みません」

「怯えなくてよろしくてよ、我が愛しき記録者ノア。真理の探求はいつだって茨の道。それに、あなたはご自身の持ち場でただ記憶力をフル稼働させただけではありませんか。誰に咎められるいわれがありましょう」


 震える青年の言葉に、私は限りなく慈愛に満ちた聖女スマイルで返答した。ワンチャン密偵行動がバレれば即首跳ねコースだが、そんな不安はおくびにも出さないのが最高峰のブラフというものである。


「それにしても」と、私は彼がまとめたメモの一端を白魚の指でつついてみせた。「この量はどういうことですの。昨晩、王家の地下奥深くで第一王子殿下の孤独な深夜お忍び行脚をこの目で確認してきましたけれど。こちらの決裁処理も凄まじいことになっておりますね」


 羊皮紙には、ここ最近セオドール・アルヴェイン王子が直接下した指示の断片が連なっている。

 北の防衛線の守備交代。

 王都の外れの町における謎の疾患(結界による不可視の怪我だ)の、医療施設への一時封じ込め。

 それに関する被害額補填の名目をつけた、騎士団長ローデリク個人からの別予算組み上げの手回し。


「神殿への報告書を一部滞らせるために、わざわざ文官の承認ルートに差し戻しを発生させて時間稼ぎをしています。……この短期間にこれほど各省への根回しと決済の滞留を一人で行うなど、普通ではありません。まるであえて混乱の事実を封殺し、『王都には今、何も異変が起きていない』と錯覚させるためだけの極端な運用です」

 ノアの冷静な分析に、私はパチリと瞬きをした。


(まったくその通り。あの顔面オーパーツ王子様、自分の持てる手駒と権限の全てを使って、結界崩壊という激ヤバ事実を『王都から』覆い隠そうとしてるのよ!)


 これを見ただけなら、多くの者は彼を「都合の悪い事実をもみ消すだけの横暴な権力者」と罵るだろう。あるいは真実を知らないくせに権力を振るっていると。

 だが、今の私にはわかる。

 違うのだ。あの第一王子は、結界が危ういのも、聖女の祈りが機能していないことも、裏にある何者かの悪意の存在も、最初から薄々と――いや、完全に見越していた。見越した上で、あえて事実を伏せた。


 もし、「見えない結界に巨大なほころびが起きている」「原因は不明」「対処法もない」なんて真実を王都の大衆にぶち撒けてみろ。

 巨大な恐怖に怯えた大衆は、一瞬で「責任をとる誰か」の血を求めるに決まっているのだ。


「民の目を背けさせるための壁……。そして、何か事が露呈した際の矛先が、ただ無垢に弱っている私へ最短距離で突き刺さるのを未然に防ごうとした……いえ。そもそもパニックになるから王宮の中で丸め込もうと?」


 自分の口から出た結論の重さに、私はかすかに息を呑む。

 殿下が私から徹底的に距離を取り、「知るな、関わるな」と遠ざけようとした真意。それはただ単に私が偽物と信じて憎んでいたからではなく、「下手に知識を与えれば即刻神殿の手によってスケープゴートの的にされる」という究極の恐怖防御からの手回しだった。

 私を排除したかったんじゃない。真実の矢面に立たせないための沈黙の檻だ。


(なにそれ。なにそれ。あの冷酷仮面のお口チャック王宮野郎の脳みその中では、この巨大な蓋こそが最大効率の自国民救済だっていうの……!)


 しかし。

 私の胸にチクリとした黒い痛みがよぎる。同時に、視界の隅で微かな揺らぎを感じて瞬きした。

 テーブルの一番奥、ハンナが古びた本の一節をそっと私の方へ差し出したのだ。ルカから回収した地下の資料と照合するための、神殿側にある分担の系譜の記録だ。


「リゼ様。先程のお話からですが……若き日の王家の儀式図について。奇妙な点があります」

「奇妙な点?」

「ええ。これは古き時代からの結界の儀式の写しと見られますが……ここに描かれた王族の席。本来、国を維持するために重荷を背負う者として指定されている血の担い手は、『王家の第一子』『王妹』、それに『傍流』を合わせた三つの太い柱です」


 しわがれた声の彼女が指し示した古い紙片。そこには神聖な魔力流を描いた線が放射状に引かれ、数人の立ち位置がはっきりと記されている。

 その事実を噛み砕くように、ノアも口を開いた。

「ハンナさんの言う通りです。ですが、今現在の王宮からの出入り記録を見る限り、祈りの場で血族として中枢機能に参加しているのは、セオドール殿下ただ一人。遠ざけられた王妹殿下の足跡も、傍流の代表であるはずの他の方々の痕跡もありません」


 カチャン、と。

 脳内ですごく嫌なパズルのピースが音を立ててはめ込まれた音がした。


(――はい?)


「それって……」私は声の温度を落としたまま確認する。「国を守る防波堤の基礎として本来分散させるべきバカでかい岩の塊を、王子様が自分の肩一つに乗せて涼しい顔で支えさせられている、ということですの?」


 神殿への対抗。王都への不安払拭。他国へのハッタリ。騎士団長の激務をこれ以上破綻させないための予算の手繰り寄せ。結界への対応。

 それらを第一王子がたったひとりで、他の王族の手助けもないまま担っている?


(うそでしょ! 誰なのそのブラック一極集中ルール作ったやつ!! 頭おかしいの!!?)


 激震。天地を引っくり返すレベルの恐怖のどん底が私を襲った。

 ああもう、全部見えたじゃないか。前世であの王子がどうして最期、すべての希望を粉々にしたみたいなひしゃげた顔で私を見下ろしていたのか。


 私が弱って何も見えない間に処刑台へ追いやられた土台は、王子がこのバカみたいなクソ重い役目を押し付けられ、「これを崩せば被害が取り返しのつかない規模に爆発する」という恐るべき均衡の上に立たされていたせいなのだ。

 他者に頼るという選択肢を完全に奪われ、背中側に何十万の命をぶら下げたまま綱渡りをしている状態で、自分の隣で訳も分からず削られていく聖女――私を一撃で引き抜いて安全地帯に下ろしてやれる力なんて、彼には一握りだって残っていなかったんだ。


(自分だけの判断じゃ、国も私一人のことも、何から守っていいのか本当に分からなくなっていたから、とりあえず一番波風の立たない『徹底した沈黙』にしがみついていたんだ。自分の感情ごと殺して!)


 ……痛ましいとすら思ってしまった。

 顔面国宝の冷酷極まる支配者様が、実際には見えない鎖で手足を八方に引かれながら血を流して笑顔を取り繕っている案山子だなんて、誰が想像できよう。

 あれだけ整った美しい所作の奥に、どれほど不格好な怯えが潜んでいたのかを。


 私はゆっくりと深く、腹の底まで冷えるような長い呼吸を整えた。

 首筋に、いつか灼かれたような、チリチリとした古傷の熱の残像が這うのがわかる。この世に一つだけ残された私のコンパスだ。同情はした。真実も見えた。

 だが。


「……でも、それとこれとは、違うのよ」


 気がつけば、呟いた言葉は普段の愛らしい高音からストンと音程が落ち、静かな凄みのようなものが溶け出していた。

 私はいまだ開かれているノアの持ち出した決裁処理一覧の中から、「セオドール・アルヴェイン」のサインを指の腹でトントンと軽く二度、冷たく弾いた。


 彼が過酷な場所に立っていたことは分かった。彼をその窮地へ縛り付けた神殿の奥の不気味な体制には心底ヘドが出る。

 けれど、彼が自らの防衛策として選択した「秘密の蓋」は、そのしわ寄せとなって外の誰かを無慈悲に傷つけた。私のようなただ「目の前で役目を果たせなかった名ばかり聖女」に、あらゆる憎悪を向けさせる下地を完璧に用意してしまったのだから。

 王宮の大事なことばかり優先したあなたのその臆病な防壁が、結果として私という個人のすべてを蹂躙した事実の免罪符には、断じてならない。


(私を見捨てる土台として使ったのに、自分の苦悩ばっかり抱えて一人で完結してるその姿勢。マジで心底許せないんだけど!!)


「ハンナ。ノア。記録のご提供、まことの大手柄ですわ。天界の記録者たちもひっくり返って感謝の祈りを捧げることでしょう」


 背筋を真っ直ぐに正し、女神でなければ為し得ない極上の聖母のような微笑で私は言い放った。空気が一瞬で、私だけの氷の聖域に塗り替えられる。


「おかげさまで、セオドール殿下がお使いの『美しい論理(言い訳)』が完全に解読できました。でしたら、これ以上の勝手な被害防波堤づくりはこちらからお断りしなければなりませんね」


(こっそり私に被害を集めて知らん顔で後悔するつもりなら、こちらから玉座の階段蹴り上げて顔面に詰め寄るまでだ! 覚悟してなさいよセオドール殿下!)


 沈黙と建前は、こちらからぶち壊すしかない。私のような無駄死に聖女を土台にして成り立つ仮初めの国の安定なんて、このリゼが全力のストライクゾーン剛速球で粉砕してくれるわ。


 いざゆかん。強大で悲惨な見せしめの最深部へ。

 自分の責任の重さに震える孤独な第一王子の喉首に、この理不尽な祈りの現実を突きつける時間がやってきたのだ。

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