ショート動画:タイパ理論値
第四回 まだ画面二つ空いてる
「今日は軽めです」
斎太がそう言った瞬間、コメント欄にはもう不穏な反応が流れ始めていた。前回までの実績が悪い。生活シミュレーションで自分の顔を量産し、偽物AIに鼻歌を学習させ、野球部とバトミントン部の交流戦を臭気領域戦に変えた男の「軽め」は、だいたい人類側の想定を越えてくる。
配信画面が開く。左上にブル〇カ。右上にFG〇。左下にウ〇娘。右下に〇ビスタ。その横に別モニターで妖怪〇ォッチ2。さらにスチーラットのモデルが画面端でいつも通り瞬きしている。音声は全部入っているはずなのに、斎太の声だけが妙に落ち着いて聞こえた。
「今日は先生とレイドバトルしてるマスターとトレーナーをしつつ馬主になりながら妖怪〇ォッチ2でレベル上げ周回する雑談配信です」
コメント欄が止まった。
「何?」
「情報量」
「どこが軽め?」
「画面が五つある」
「やめろ」
伊行の声が通話から入る。
「待て。どの画面を見ればいいんだ」
「全部です」
「無理だろ」
「いや、オート効くゲームが三つあるので」
「三つオート効いても残り二つと雑談があるんだよ」
斎太は何も困っていなかった。ブル〇カ側で先生としてイベント会話を読みながら、FG〇側ではレイドのゲージを見て、ウ〇娘では育成の選択肢を選び、〇ビスタでは馬のローテーションを確認し、妖怪〇ォッチ2では周回地点を調整する。手元の操作は忙しい。だが声はまったく荒れない。むしろ、いつもより少し楽しそうだった。
「本当はあと二つくらい増やしたかったんですけど、パソコンの台数とスペックが足りなかったんですよね」
コメント欄が一斉に反応する。
「パソコンが止めてくれた」
「機械が人類を守った」
「スペック不足に感謝したの初めて」
「増やすな」
赤花芯が通話の向こうで短く笑った。
「これ、どれがメインなんだ」
「妖怪〇ォッチ2です」
「嘘だろ」
「レベル上げ周回の待ち時間に他をやってるので」
伊行が呻いた。
「待ち時間の概念がおかしい」
斎太はブル〇カの画面で会話を進めながら、「先生今ちょっと忙しいですね」と言い、FG〇のレイド画面で「次のターンで削り切れるのでバフは温存しなくていいです」と呟き、ウ〇娘の育成画面で「ここはスピード、友情踏めるので」と判断し、〇ビスタで「この馬、来月使うなら今は無理させない方がいい」と言い、妖怪〇ォッチ2で「はい、ここで殴っておいてください」と敵へ突っ込ませた。全部が別の文脈なのに、斎太の中では一本の作業列として処理されているらしい。
虎尾一が、少し遅れて言った。
「これ、聞いてるだけだと会話が滑っていくね」
薄重戴が続ける。
「処理順が見えない。動きは多いのに、本人のテンポが一定すぎる」
丁字咲耶はしばらく黙ってから、ぼそりと刺した。
「人間側のCPUが変」
コメント欄には「それ」とだけ大量に流れた。
十分後、視聴者の大半は完全に置いていかれていた。ブル〇カのイベントで可愛い会話が出ている最中、FG〇のレイドが急に佳境へ入り、ウ〇娘側では重要な練習選択が出て、〇ビスタ側では出走登録の確認が入り、妖怪〇ォッチ2ではなぜかボス周回が始まっている。普通なら一つでも取りこぼす。斎太は取りこぼさない。先生として返事をし、マスターとして宝具タイミングを見て、トレーナーとして伸ばす能力を決め、馬主として出走間隔を調整し、妖怪のレベルを上げながら、コメント欄の「今日の晩飯何?」にも答えた。
「鶏肉が余ってるので、たぶんトマト煮です」
「雑談まで拾うな」
「なんで今それ読めた?」
「妖怪を殴りながら晩飯考えるな」
「怖い」
伊行がもう一度聞いた。
「本当に疲れないのか」
「疲れますよ」
「じゃあ減らせ」
「でも待ち時間があるので」
この一言で、全員が少しだけ黙った。斎太にとって問題は、多重起動そのものではなかった。彼は複数のゲームをやりたいのではない。待ち時間が嫌なのだ。ロード、演出、オート戦闘、会話送り、出走待機、周回の移動時間。その一秒一秒が、斎太の中では空白として許されていない。空いているなら何かを入れる。手が空くなら別の操作をする。目が空くなら別の画面を見る。耳が空くならコメントを読む。人間の一日は二十四時間しかないという事実に対して、彼だけが画面数で反抗していた。
三十分後、結果は出た。FG〇のレイドは削り切った。ウ〇娘の育成は成功した。〇ビスタの馬は一着を取った。ブル〇カのイベントは読み終わった。妖怪〇ォッチ2のレベルも上がった。雑談も途切れていない。
伊行が疲れ切った声で言う。
「で、今日何の配信だったんだ」
斎太は即答した。
「妖怪〇ォッチ2です」
全員が同時に否定した。
「違う」
コメント欄も流れた。
「違う」
「違う」
「違う」
「妖怪側も困ってる」
「妖怪が一番軽く扱われてた」
配信の最後、斎太は管理画面を見ながら呟いた。
「まだ待ち時間ありましたね」
伊行の声が低くなる。
「やめろ」
「明日はもう少し詰めます」
「詰めるな」
翌日、配信タイトルは長くなっていた。
『先生とレイドバトルしてるマスターとトレーナーをしつつ馬主になりながら妖怪をしばきつつASMRする雑談配信』
コメント欄の第一声は「増えた」だった。
斎太は当然のように説明した。
「レイド待機中に音が空くので」
「空くな」
「空いてない」
「耳を空白扱いするな」
「ASMRを隙間収納にするな」
画面構成は昨日とほぼ同じだった。ただし、右下にASMR用の小さな音声波形が追加されている。斎太はレイドのターン待ちに合わせて、柔らかい声で「よしよし」と囁いた直後、「宝具撃ってください」と真顔で指示し、妖怪の戦闘が始まると「はい、そこで殴って」と言い、ウ〇娘の育成イベントを読みながら耳かきを模した音を入れた。
視聴者の脳は割れた。
「癒やされる暇がない」
「よしよしの直後に宝具」
「ASMRとレイドを混ぜるな」
「耳元で周回報告するな」
伊行は途中で黙った。怒っているのではなく、処理を諦めた顔だった。赤花芯は「テンポはいい」とだけ言い、虎尾一は「聞き流せば意外と落ち着く」と言い、薄重戴は「一定の周期がある」と真面目に分析し、丁字咲耶は「空白を埋め過ぎて逆に無音が欲しい」と言った。
さらに翌日、料理が追加された。
『先生とレイドバトルしてるマスターとトレーナーをしつつ馬主になりながら妖怪をしばきつつASMRしながら料理する雑談配信』
配信開始時、画面には五つのゲーム、ASMR波形、手元カメラ、フライパンが映っていた。火がついている。鶏肉が焼かれている。玉ねぎが入る。トマト缶も開いている。
コメント欄は恐怖で固まった。
「火事になる」
「やめろ」
「台所を画面に追加するな」
「もう配信じゃなくて管制室」
斎太は落ち着いていた。
「火加減は弱めなので大丈夫です」
「そういう問題じゃない」と伊行が言う。
斎太は料理しながらレイドを削り、レイドを削りながら育成し、育成しながら馬を走らせ、馬を走らせながら妖怪を殴り、妖怪を殴りながらASMRをし、ASMRをしながらトマト煮の塩を調整した。奇妙なことに、火事にはならなかった。焦げもしなかった。むしろ料理は普通にうまそうだった。
「ここでバジル入れます」
「ゲームのどこかの話かと思った」
「料理だった」
「今のバジル現実?」
「現実とゲームの境界が薄い」
この頃には、視聴者も妙な適応を始めていた。最初は「多すぎる」と言っていた者たちが、だんだん「左上そろそろイベント」「右上次ターン」「鍋見ろ」「妖怪レベル上がった」とコメントで補助するようになる。配信者一人の多重処理だったものが、なぜかコメント欄を巻き込んだ集団管制になっていく。伊行がそれを見て、心底嫌そうに言った。
「慣れるな。人類側が慣れるな」
一週間後、切り抜きが広がった。五画面とASMRと料理を同時に処理するスチーラットの映像は、ゲーム実況というより効率化の怪異だった。タイトルは雑だったが強かった。
『タイパを極めたVtuber』
『コスパ厨の末路』
『人間がやっていいマルチタスクの限界』
『まだ画面二つ空いてる』
最後の一つが特に伸びた。斎太が配信中に何気なく言った「まだ画面二つ空いてるんですよね」が、単体でミームになったのだ。
それ以降、ネットでコスパやタイパの話題が出るたびに、誰かが斎太の配信画面を貼るようになった。
「タイパ重視の時代」
そこに貼られる七分割画面。
「効率よく生きるには」
そこに貼られる、鍋を振りながらレイドを削る斎太。
「スキマ時間を活用」
そこに貼られる、ASMR中に妖怪を殴る斎太。
「現代人はもっとマルチタスクを」
そこに貼られる、五つのゲームと料理とASMRを同時進行するスチーラット。
議論はだいたいそこで止まった。
「極端な例を出すな」
「これは違う」
「人類が目指してはいけない」
「効率化の化け物」
「パソコンが人類を守った」
斎太本人だけが、最後まで意味を分かっていなかった。
「いや、本当はあと三つくらい増やしたかったんですけど」
コメント欄が一斉に流れた。
「増やすな」
「それ以上行くな」
「画面を空白と呼ぶな」
「まだ画面二つ空いてる、じゃないんだよ」
斎太は少し不思議そうに首を傾げた。スチーラットの虹色の髪が揺れる。手元では鍋が静かに煮えていて、妖怪〇ォッチ2のレベル上げはまだ続いていた。




