ショート動画:ボイチェンASMRには気をつけよう。
アルファポリス版見れば分かるけど50枚くらい今後用にイラストとlive2d資料作ってたのと手術の麻酔強くし過ぎて遅れました。
手術自体は両足の半月板損傷で問題は無いんですが麻酔使うと暫く記憶曖昧になるんでたまに急に進行が停止するのは大体これが原因。
「今日は雑談をしながら、母を甘やかします」
斎太が配信開始を告げると、佐倉ベルは画面の外から椅子を引き寄せ、急ぐ理由など最初から存在しないような動きで腰を下ろした。淡い髪を肩の後ろへ払い、机に置かれたマイクと息子を順番に見比べる。
「どうして私が甘やかされるの?」
ベルは元から声が可愛かった。大人の女性らしい柔らかな厚みを残しながら、息の抜け方には自然な甘さがあり、ゆったりした口調と重なると、普通に話しているだけでもASMRのように聞こえる。
『ママの声、最初から完成してる』
『甘やかす必要ある?』
『もう癒やされてる』
斎太はベルの前へ温かい飲み物を置き、膝へブランケットを掛けた。
「最近、配信しながら寝てたでしょう」
「寝ていないわよ。少し目を閉じて、朝まで考え事をしていただけ」
「それを寝落ちと言うんだよ」
「朝まで続いたのなら、長考でしょう?」
斎太は反論せず、ベルの頭へ手を置いた。指先で髪を軽く整えてから、子供を寝かしつけるように二度撫でる。
「はい、よく頑張りました」
「子供扱いしないでちょうだい」
コメント欄の流れが一瞬だけ鈍った。ベルの声が、最初よりもわずかに高くなっていた。元から可愛い声なので、注意して聞かなければ気のせいで済ませられる程度だったが、耳の早い視聴者はすぐに違和感を拾った。
『今、少し上がった?』
『ママ若返った?』
『音声設定どうなってるの』
斎太はコメント欄を見ず、ベルの肩へ手を置いた。
「昨日も遅かったでしょう。今日は何もしなくていいから」
「でも、洗濯物が残っているでしょう?」
今度は明確に高かった。話している内容は家事なのに、声だけが少女へ近づいている。ベル特有の遅い話し方も、大人の落ち着きも残っているため、音だけが不自然に若返ったように聞こえた。
『洗濯物の話が入ってこない』
『声だけ十代になってる』
『元から可愛いのに上乗せするな』
斎太はベルの肩を軽く揉んだ。
「洗濯は僕がやる。ご飯も作る。母さんは座って飲んで、眠くなったら寝ればいい」
「そこまでしてもらうほど、疲れていないわよ」
ベルの声がもう一段高くなる。元の可愛さを損なわないまま、可愛さだけを濃縮しているような音だった。作り声のような細さはない。息も響きも自然なまま、声域だけが持ち上がっている。
『何の話してた?』
『洗濯だったはず』
『ママの声しか残らない』
『可愛さで文章が消える』
ベルは画面を眺め、眉をわずかに寄せた。
「何をそんなに騒いでいるの?」
静かに注意しただけなのに、声が高い。母親として諭しているはずの口調が、小さな少女が頬を膨らませて抗議しているように聞こえた。
『その声で怒らないで』
『反省できない』
『内容より声が強い』
ベルは納得できない顔で斎太を見た。
「私、何かおかしい?」
「別に。いつも通りだよ」
「本当に?」
「本当」
斎太は温めたタオルをベルの頬へ当てた。目元の疲れを取るためのものだったが、ベルは触れられることを予想しておらず、肩を小さく跳ねさせる。
「ひゃっ、急に置かないで」
音声処理が反応し、ベルの声が一気に跳ね上がった。細く潰れた音ではない。息も響きも自然なまま、声域だけがあり得ない位置まで持ち上がっている。元から可愛い声だっただけに、補正後の声は可愛さの許容量を完全に越えていた。
『誰!?』
『ママどこ行った』
『声だけ妖精になった』
『腹痛い』
『もう話を聞けない』
斎太の手が止まる。ベルは頬へタオルを当てたまま、息子の顔を見上げた。
「斎太、視聴者の人たち、今日は少し様子が変ではないかしら?」
「いつもこんな感じじゃない?」
「もっと落ち着いていたと思うのだけれど」
その声で落ち着いていた頃の配信について語られても、視聴者は落ち着けなかった。コメント欄から文章が減り、短い悲鳴と笑いだけが流れていく。
斎太はベルの飲み物が減っていないことに気づき、カップを手渡した。
「冷める前に飲んで」
「ありがとう。斎太は本当に気が利くわね」
ベルはカップを両手で包み、一口飲んだ。息を満足そうに緩め、目を細める。
「おいしい」
コメント欄が完全に壊れた。
『あ』
『無理』
『かわいい』
『たすけて』
『ママ』
斎太はようやくコメント欄へ目を向け、首を傾げた。
「雑談配信なんだから、もう少し話の内容に反応してくれない?」
『できるか』
『原因は斎太』
『ボイチェン確認しろ』
『声が強すぎる』
斎太は音声設定を開いた。入力欄には二人分の波形が同時に表示されていた。斎太の低い声を女性声へ変換するための設定が、同じマイクへ入ったベルの声まで拾い、元から高く柔らかい声をさらに高い女性声へ補正していた。
斎太は数秒だけ設定画面を見つめた。しかし補正を切らず、ベルの頭をもう一度撫でる。
「母さん、偉いね。いつも頑張ってて、本当に偉い」
「だから、私はあなたの母親なのよ? そんなふうに甘やかされたら、困ってしまうでしょう」
ベルは困っているだけなのに、視聴者には甘えているようにしか聞こえなかった。斎太が髪を撫でるたび、ベルが照れたり反論したりするたび、ボイスチェンジャーが高音を拾って可愛さを増幅する。
「今日はもう何もしなくていいよ。疲れたら僕に任せて」
「斎太がそう言うのなら、少しくらいは甘えてもいいのかしら」
コメント欄が一斉に止まり、その直後、猛烈な速度で流れ始めた。
『駄目だ』
『その声で甘えないで』
『脳が止まった』
『内容が一つも残らない』
斎太は笑いを堪えながら、ベルの肩へブランケットを掛け直す。
「いいよ。好きなだけ甘えて」
「それなら、あとで甘いものも作ってちょうだい」
「分かった」
「それから、髪も乾かしてほしいわ」
「分かった」
「……斎太は優しい子ね」
ベルの声は、もはや視聴者が雑談へ集中できる範囲を越えていた。ベル自身はいつもの母親として話しているだけなのに、音だけが可愛すぎる。家事の相談も、配信の予定も、夕食の希望も、すべて同じ高音で届き、言葉の意味が耳へ入る前に可愛さだけが頭を占領した。
斎太は十分に楽しんだところで、ようやく音声補正を切った。
「母さん、何か喋って」
「何を喋ればいいの?」
ベルの声が元へ戻った。それでも十分に可愛い。柔らかく、甘く、ゆったりしている。しかし異常な高音を聞き続けた視聴者には、急に落ち着いた大人の女性が戻ってきたように感じられた。
『帰ってきた』
『ママだ』
『これでも元から可愛いのかよ』
『耳が正常化した』
ベルは補正前後の声を聞き比べ、事情を理解した。カップを静かにテーブルへ置き、斎太を見る。
「斎太」
「はい」
「いつから気づいていたの?」
「途中から」
「どうして止めなかったの?」
「面白かったから」
ベルは立ち上がった。動作は普段通り遅い。怒っていても急がない。しかし壁へ立て掛けてあった細身のレイピアを取る手だけは、異様なほど滑らかだった。
斎太は椅子ごと後方へ下がる。
「待って。今日は甘やかされる側でしょう」
「ええ。だから優しく突いてあげるわ」
「優しく突くという概念はない」
スチーラットが画面内で後退し、ベルがレイピアを持ってゆっくり追う。視聴者は最後まで、二人が何を雑談していたのか思い出せなかった。覚えていたのは、元から可愛い母親の声が斎太のボイスチェンジャーによって限界まで高くなり、その声で洗濯と夕食と息子への甘えを語っていたことだけだった。




