ショート動画:偽物と歌う
「今日は偽物を見つけるゲームをやります」
画面には、薄暗い集合住宅の廊下が映っていた。壁紙は古く、蛍光灯は時々瞬き、部屋番号のプレートだけが妙に新しい。ゲーム名は『となりの誰かさん』。タイトル画面の下には、小さく「あなたの話したことを、彼らは覚えます」と書かれている。いかにも会話型ホラーで、コメント欄も最初は素直に怖がる準備をしていた。
『絶対怖いやつ』
『会話で偽物見つける系か』
『今日は普通にホラー?』
『前回が斎太自治区だったから油断できない』
「このゲームは、NPCと会話して、返答の違和感から偽物を見抜くタイプらしいです」
斎太の声はやたら明るかった。画面右下のスチーラットは、虹色の髪を揺らして楽しそうに瞬きしている。ホラーゲームの画面と、本人のテンションが噛み合っていない。
「で、今日は赤花芯、虎尾一、薄重戴、丁字咲耶、伊行さんにも来てもらっています」
通話欄に名前が並ぶ。赤花芯は短く「いる」と返し、虎尾一は「画面見えてるよ」と少し伸びた声で答え、薄重戴はマイク位置を直す音を立て、丁字咲耶は「音量、少し下げた方がいいかも」と静かに言った。伊行だけが最初から不満そうだった。
「俺はなんでいるんだ」
「偽物が会話を覚えるなら、人数多い方が面白いかなって」
「偽物を増やすな」
ゲームが始まる。斎太は廊下を進み、一番近い部屋の扉を叩いた。中から住人が出てくる。白いシャツの男で、顔は普通だが、まばたきの間隔が少し長い。
『最近、よく眠れていますか?』
ゲーム側の選択肢ではなく、マイク入力で会話する形式だった。斎太は普通に答える。
「まあ、普通かな」
NPCは少し間を置いてから返した。
『……まあ、普通、なんですね』
斎太はそこで止まった。
「今の、ちょっと返したな」
コメント欄が首を傾げる。
『返した?』
『偽物っぽいってこと?』
『会話の違和感?』
斎太はもう一度マイクに向かった。
「ふーん、ふふーん」
意味のない鼻歌だった。廊下の蛍光灯が一度点滅する。NPCは黙っている。数秒後、男の口が開いた。
『……ふー、ん』
コメント欄がざわついた。
『真似した?』
『今ちょっと歌った?』
『怖』
『ゲームしろ』
斎太の声が一段上がった。
「これ、音も拾ってるな」
「偽物判定は?」
伊行が低く聞く。
「後でいいです」
「よくない」
赤花芯が面白がったように、机を指で二回叩いた。タン、タン。少し置いて、もう一回。タン。
「これも拾うか?」
NPCは無表情のまま、廊下の奥を見ていた。だが次の瞬間、壁の向こうから小さな音が返る。タン。タン。少しズレて、タン。
赤花芯が笑った。
「ズレてるけど返してる」
虎尾一が軽く息を吸い、細く伸ばした。
「んーー……」
廊下の奥のどこかで、別の声がそれを真似た。
『……んー』
薄重戴がすぐに言った。
「これ、今の三つ重なると四拍に入るよ」
「四拍?」
「今の斎太の鼻歌、赤花芯の机、虎尾一の伸ばしで、最低限のリズムになる」
丁字咲耶が少しだけ黙ってから、言葉を置いた。
「でも空白が長い方が怖い。今の偽物、返す前の間がいい」
斎太は完全にホラーゲームの攻略から外れた顔になった。
「曲できるな」
コメント欄が一気に流れる。
『また始まった』
『偽物探せ』
『なんで作曲に入るんだよ』
『ホラーゲームでDTM始めるな』
そこから配信はおかしくなった。斎太がNPCに普通の質問を投げる。赤花芯が短いリズムを入れる。虎尾一が鼻歌を伸ばす。薄重戴が手拍子の周期を整える。丁字咲耶が「そこ、黙った方がいい」と空白を指定する。伊行は何もしていないのに、ため息だけを斎太に拾われた。
「伊行さん、今のため息もう一回ください」
「嫌だよ」
「録音したので大丈夫です」
「最悪だろ」
偽物たちは少しずつ覚え始めた。最初は、ただ真似するだけだった。ふーん、タン、んー、という不格好な返答が、廊下の奥や隣の部屋から返ってくる。だが、何度か繰り返すうちに、偽物同士が勝手にずれを補い始める。斎太が何も言っていない時でも、遠くの部屋から「ふー」と聞こえ、別の部屋から「タン」と返り、さらに奥から「んーー」と細い音が重なった。
コメント欄の勢いが変わる。
『待って』
『勝手に合わせてる』
『怖い怖い怖い』
『なんでちょっと綺麗なんだよ』
斎太は廊下の中央で立ち止まり、満足そうに聞いていた。
「でも初期エリア、反応遅いな」
伊行が嫌な声を出す。
「今、何の判断をした?」
斎太は答えず、急に廊下の左の壁へ向かって歩いた。そこはただの壁だった。扉もない。隙間もない。普通なら行き止まりの背景でしかない。だが斎太は、壁の角にキャラクターの肩を押し付け、斜めに歩き続けた。
スチーラットの可愛い顔は平然としている。
画面の中のキャラクターが、壁に半分めり込んだ。
コメント欄が止まる。
『え』
『何した』
『めり込んだ』
『は?』
斎太はそのまま移動キーを細かく入れ直し、数秒ほどガタガタ震えた。壁の奥に黒い空間が見える。次の瞬間、キャラクターが廊下の裏側へ抜け、画面が一瞬暗転した。開けた先は、さっきまでとは違う場所だった。照明がもっと暗く、床に水たまりがあり、遠くから複数のNPCの声が重なって聞こえる。
「近道」
「近道じゃねぇだろ」
伊行が即座に突っ込む。
赤花芯が笑いを堪えきれない声で言う。
「今の初見でやった?」
「行けそうだったので」
薄重戴が妙に納得した。
「押し込み判定が甘い角だったんだな」
丁字咲耶が静かに足した。
「このエリア、音が多い」
虎尾一はもう鼻歌の準備をしていた。
コメント欄は完全に混乱していた。
『RTA勢?』
『なんで知ってるんだよ』
『初見じゃないだろ』
『ゲーム側より怖い』
『ホラーがホラーを抜けてきた』
斎太は、終盤エリアらしき場所の住人へ話しかける。そいつは明らかに初期エリアより返答が速かった。声も多い。斎太たちが少し鼻歌を混ぜると、すぐに複数の偽物が別々の高さで返してくる。
「やっぱこっちだな。学習早い」
「偽物の学習速度でエリア評価するな」
伊行の声には、もう諦めが混じっていた。
斎太はさらに奥へ進む。本来ならイベントを踏まないと開かない扉の前で止まり、近くの棚に飛び乗ろうとした。キャラクターは何度も滑り落ちる。普通なら諦める場所だったが、斎太は棚の縁に斜めから乗り、しゃがみを連打し、視点を上へ向けたまま細かく左右に揺らした。
キャラクターが棚の角に引っかかる。
そのまま上へ弾かれる。
高台に乗った。
コメント欄がまた壊れる。
『今の何』
『登れるの!?』
『当たり判定ずらした?』
『これRTAチャート変わるだろ』
赤花芯が声を上げる。
「その高さ、音拾いやすい?」
「たぶん。偽物が下に集まる」
「ゲームの敵を観客席扱いしてるの、だいぶ終わってるぞ」
伊行の言葉は誰にも処理されなかった。高台から見下ろすと、下の廊下にNPCが何人も立っている。斎太が軽く鼻歌を入れた。
「ふーん、ふふーん」
赤花芯が机を叩く。
タン、タン、タン。
虎尾一が伸ばす。
「んーー」
薄重戴が呼吸で間を埋める。
「ッ、ハ」
丁字咲耶が何も言わない時間を作る。
その空白の後、偽物たちが返した。
『ふーん』
『タン、タン』
『……んーー』
『ッ、ハ』
『……』
音が重なった。
歌詞はない。綺麗なメロディとも言い切れない。だが、確かに最低限のリズムができていた。人間側の鼻歌と、偽物の模倣と、バグで侵入した後半エリアの濁った残響が混ざって、妙に耳に残るアカペラになっている。
コメント欄が静かになった後、遅れて流れ出す。
『なんで成立してる』
『怖いのにちょっと良い』
『偽物たちが合唱してる』
『これゲーム実況か?』
斎太は満足そうに言った。
「録音するか」
「ゲームをクリアしろ」
伊行が言う。
画面には、ずっと同じ表示が出ていた。
『偽物を選択してください』
斎太はそれを見て、少し考える。
「この場合、誰が偽物なんだろうな」
その瞬間、偽物たちだけで音が続いた。プレイヤー側は誰も何もしていない。斎太も黙っている。赤花芯も机を叩かない。虎尾一も歌わない。薄重戴も息を合わせない。丁字咲耶も間を置かない。伊行もため息をつかない。
それでも廊下の下から、音が上がってくる。
ふーん。
タン、タン。
んーー。
短い息。
長い空白。
偽物たちは、プレイヤーの会話と音を覚えたまま、自分たちだけで続きを作っていた。
スチーラットの表情が少しだけ明るくなる。
「できた」
コメント欄は完全に負けていた。
『できたじゃない』
『怖い』
『やめろ』
『完成させるな』
『偽物より配信者の方が怖い』
配信終了後、その壁抜けと高台侵入の切り抜きだけが別方向に拡散した。音楽配信として見ていた層とは別に、スピードラン勢が画面の角度、入力タイミング、しゃがみ連打の周期を検証し始めた。翌朝には、暫定チャートに「鉄抜け」「高台合唱ルート」という名前が勝手に付いていた。




