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父の形見は美少女Vtuber  作者: 伊阪証


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ショート動画:全部俺だが

町には、顔の良い美少年しかいなかった。


駅前のベンチに座っている少年も、商店街で焼きそばパンを買っている少年も、公園の砂場の横でなぜか確定申告の本を読んでいる少年も、海辺で夕日に向かって腕立て伏せをしている少年も、全員が整っていた。整い方は少しずつ違う。前髪の流れ、目元の柔らかさ、口角の角度、服の色、立ち方、歩く時の肩の揺れ、そのどれもが微妙に異なる。けれど、骨格の底にある線だけが同じだった。顎の細さ、鼻筋の置き方、目と眉の距離、笑う直前に一瞬だけ表情が固まる癖。見れば見るほど、違う個体だと理解できる要素が増えていくのに、それ以上の速度で、同じ一人を無理やり分岐させたという印象が強くなっていく。


マンションの窓が開き、また一人の美少年が顔を出した。下の道では別の美少年が犬を散歩させている。その犬は普通だった。犬だけが普通だった。だから余計に、画面の中の町は奇妙に見えた。普通の犬が、普通ではない人間たちの間を尻尾を振って歩いている。役所の前では、美少年が三人並んでいた。中央の一人が何かを申請し、左の一人が判子を押し、右の一人が「次は納税チュートリアルです」と吹き出しで案内している。だが三人とも名前は同じだった。


斎太。


駅前の少年も斎太。商店街の少年も斎太。公園で税金の本を読む少年も斎太。犬を散歩させている少年も斎太。役所で書類を出すのも斎太で、受け取るのも斎太で、説明するのも斎太だった。画面左上には、気の抜けた丸文字で『ともぐらしアイランドZ』と表示されている。サブタイトルは『友情・恋愛・職業・納税・たまに急な建国』だった。何を遊ばせたいのか分からない。だが、町は動いていた。斎太たちは仕事へ行き、帰宅し、食事をし、眠り、喧嘩し、仲直りし、また斎太を見つけて話しかける。


コメント欄は最初、笑っていた。


『全員顔いいの腹立つ』

『斎太しかいねぇ』

『犬だけ正常』

『なんで役所まで斎太なんだよ』


しかし画面が商店街から住宅街へ移り、住宅街から浜辺へ移り、浜辺から学校へ移っても、出てくる住民が全員、少しずつ違う斎太であることが分かると、笑いの密度が薄くなった。


『怖い』

『なんで全部微妙に違うんだよ』

『同じ顔なのに違うのが一番嫌』

『これホラーゲーム?』


その時、画面右下の配信者モデルが動いた。水色と虹色の髪を揺らした美少女が、妙に明るい顔で瞬きする。可愛い。声も可愛い。少なくとも、見た目と音だけなら、深夜に生活シミュレーションゲームを遊ぶ健気な少女の配信に見える。


その口から、斎太の声が出た。


「いや、同じじゃないだろ。今映ってる役所斎太は、眉の角度が少し柔らかい。犬散歩斎太は目元がちょっと外向きで、パン屋斎太は口角が常に二ミリくらい上がってる。全然違う」


コメント欄が一斉に流れた。


『分からん』

『全部お前だろ』

『可愛い声で怖いこと言うな』

『二ミリを人格差にするな』


斎太はコメントを見て、心底不思議そうに首を傾げた。モデルの仕草だけなら愛嬌がある。けれど、その背後で起きていることは明らかにおかしい。彼はキャラクター作成画面へ戻り、何事もなかったかのように新しい住民の追加ボタンを押した。


『新しい住民を作成してください』


「はい」


名前入力欄に、迷いなく斎太と打つ。


『名前:斎太』


コメント欄が止める。


『名前変えろ』

『番号振れ』

『せめて斎太Aにしろ』

『管理不能だろ』


斎太は無視して、顔のパーツ選択へ入った。顔型はさっきと同じ。目も同じ。鼻も同じ。口も同じ。髪型もほぼ同じ。ただ、最後に目の高さを一段だけ下げた。


「これは少し眠そうな斎太」


『誤差』

『眠気を一段で表現するな』

『本人だけが理解してるやつ』

『怖い怖い怖い』


「違うって。これは朝に弱いタイプだから、料理はできるけどパン生地の発酵時間を一回ミスる。で、こっちの斎太は発酵時間をミスらないけど、人の話を聞いているようで聞いていない」


『そこまで設定あるの?』

『ゲーム側に反映されないだろ』

『脳内で勝手に枝分かれさせるな』


斎太は楽しそうだった。配信画面の美少女は明るく笑い、声は軽く弾んでいる。だから、なおさら逃げ場がない。視聴者は可愛い声で届けられる狂気から目を逸らせなかった。斎太は住民を作るたび、同じ手順で同じ名前を入力し、最後の一部分だけを少しずつずらした。目元が柔らかい斎太。料理ができそうな斎太。税金に強そうな斎太。犬に好かれそうな斎太。パンを焼く斎太。パンを焼かないがパンにうるさい斎太。人を信用していない斎太。人を信用していないように見えて姉には甘い斎太。姉に甘いように見えて、実は全員に食事を出す斎太。


外見はほとんど同じだった。


『作成完了』


画面に新しい斎太が立った。住民一覧には、斎太の名前が縦に並んでいる。斎太。斎太。斎太。斎太。斎太。斎太。斎太。斎太。画面の中に同じ名前が増えていくたび、コメント欄の反応は笑いから困惑へ、困惑から諦めへと変わっていった。


「いや、でもそろそろ姉を入れないと意味ないな」


斎太は唐突にそう言った。


コメント欄が少しだけ明るくなる。


『救い来た』

『やっと別人』

『正常な住民を入れろ』

『姉ならこの島を止めてくれる』


斎太は新しい住民を作成し、名前欄に常盤と入れた。そこだけは迷わなかった。髪は明るめにし、目元はぱっと人を引っ張るように強く、口元は少し緩く、表情は外向きに作った。服は雑に明るい。ゲーム内の性格設定では、社交性を高めにして、気分屋を少し入れ、体力を下げ、適応力を最大にした。


「姉はこれくらいでいい。外ではちゃんとしてるけど、家だとソファに沈むから」


『リアル』

『そこは解像度高い』

『常盤だけちゃんと作るな』

『弟の愛が重い』


常盤が島に追加された。


住民一覧に、初めて違う名前が混じる。


斎太

斎太

斎太

斎太

斎太

常盤

斎太

斎太

斎太

斎太


配置としては異物だった。斎太たちの中に、申し訳程度に現実の姉が置かれている。画面の常盤は、入居直後から妙に馴染んだ。部屋に入ると、ソファに座り、ゲーム内の謎のパンケーキを食べ、五秒後には床に置いてあった犬を撫で始めた。犬はさっきとは別の犬だった。どこから来たのか分からない。ゲーム内ではよくあることらしい。


「これで姉が幸せになる」


斎太は満足そうに言った。


『無理だろ』

『島の九割お前だぞ』

『幸せ以前に人口比がおかしい』

『姉の逃げ場がない』


ゲーム内時間が進んだ。


最初に起きたイベントは、斎太と斎太の友達成立だった。


『斎太と斎太は友達になりました』


「いいね。内省が進んでる」


『内省じゃない』

『友達だぞ』

『同名同顔同士の友情を冷静に受け入れるな』


次に起きたイベントは、斎太と斎太の喧嘩だった。


『斎太と斎太が喧嘩しています』


「理由は?」


『どちらが本物の斎太かでもめたようです』


斎太は少し黙った。


「それは全員本物だろ」


『お前が言うな』

『ゲームに怒る資格ない』

『本物判定を増殖側がするな』


斎太は喧嘩している二人の部屋へ行き、それぞれに謎のアイテムを渡した。一人には焼きたてのパン。もう一人には電卓。ゲームはそれを受け入れた。パンを受け取った斎太は機嫌を直し、電卓を受け取った斎太はなぜか泣いた。


『斎太は感動しています』


「分かる。電卓はいいからな」


『分からない』

『何に泣いたんだよ』

『パンより電卓の方が効く個体がいるの怖い』


常盤はその間、島の端で散歩していた。斎太は何度も常盤の様子を見に行った。彼女は一人で店を回り、犬を撫で、パンケーキを食べ、たまに斎太の部屋へ行って何かを借りていた。どの斎太の部屋かは分からない。斎太には分かるらしく、画面を見ながら「あ、この斎太は常盤に布団貸すタイプ」と頷いていた。


コメント欄はもう、斎太の識別能力に引いていた。


『なんで分かるんだよ』

『外見差が眉毛だけなのに』

『ガワが可愛いからまだ見てられるけど内容は地獄』

『いや可愛くても無理だろ』


それでも配信は妙に盛り上がっていた。斎太のテンションが高い。声が明るい。画面右下の美少女が楽しそうに笑う。ゲームは支離滅裂で、住民は斎太だらけで、島の行政も経済も恋愛も全部同名の美少年たちで回っているのに、配信としての流れだけは滑らかだった。斎太が次に何を作るのか、どの斎太がどの斎太と絡むのか、常盤がこの島でいつ誰かとくっつくのか、視聴者は文句を言いながらも見続けていた。


そして、恋愛イベントが起きた。


『斎太が告白したいようです』


斎太は身を乗り出した。画面右下の美少女も、同期して少し前へ出る。


「来た。姉か?」


『相手:斎太』


「なんでだよ」


コメント欄が爆発した。


『知ってた』

『また自分』

『姉どこ行った』

『自己完結するな』


告白は成功した。


『斎太と斎太は恋人になりました』


「いや、でもこれは個体差の勝利だろ。目元が柔らかい方の斎太と、税金に強い方の斎太だから相性は悪くない」


『相性を語るな』

『税金に強い恋人って何』

『もう嫌だこの島』


その後も、斎太は常盤の幸せを諦めなかった。常盤の部屋の隣に、姉に甘そうな斎太を置いた。向かいに料理のできる斎太を置いた。上の階に聞き上手そうな斎太を置き、下の階に犬に好かれそうな斎太を置いた。ゲーム内で近くに住めば交流が増えるという、生活シミュレーションとしては正しい理屈だった。


だが、イベントは斎太同士でしか起きなかった。


『斎太が斎太にプレゼントを渡しました』


「何を?」


『斎太の写真』


「嫌だな」


『斎太と斎太がデートに行きました』


「どこへ?」


『役所』


「税金に強い方だな」


『斎太と斎太が結婚しました』


「早いな」


『斎太と斎太が離婚しました』


「もっと早いな」


コメント欄は完全に疲れていた。


『姉は?』

『常盤を見ろ』

『もう斎太だけで社会が完結してる』

『斎太自治区』


その言葉が出た直後、ゲーム内で本当に通知が出た。


『住民数が一定値を超えました』


「何?」


『斎太自治区が建国されました』


「何??」


マップの中央に小さな旗が立った。旗には、ゲーム側が自動生成したらしい雑な紋章が描かれている。パンと電卓と犬のシルエットが組み合わさった、意味不明な国章だった。斎太は数秒だけ黙り、それから笑った。


「かなりいいな」


『よくない』

『国家にするな』

『パン電卓犬国家』

『姉を幸せにする話どこ行った』


常盤は自治区の外れで昼寝していた。ゲーム内の吹き出しには『今日は何もしない日』と出ている。斎太はそれを見て、少しだけ安心したような声を出した。


「まあ、姉はちゃんと休めてるな」


『この状況で一番強い』

『常盤だけ別ゲーム』

『島が狂ってても昼寝できる女』


そこから配信は一回で終わらなかった。斎太は翌日も続きを配信した。その翌日も、そのまた翌日も、配信タイトルだけが少しずつ変わった。


『斎太島、姉を幸せにするまで終われない』

『斎太自治区、内政編』

『常盤恋愛ルート調整』

『斎太同士の結婚が止まらない』

『納税バグと犬』

『斎太共和国、建国記念日』


一ヶ月後、総プレイ時間は三百十二時間を超えていた。


画面にその数字が表示された瞬間、コメント欄はもう笑うしかなかった。


『三百時間!?』

『まだやってたのか』

『この配信だけで生活壊れた』

『姉はもう幸せって出てただろ』


斎太は当然のように言った。


「いや、姉が恋愛的にも幸せになるまで終われないだろ」


『本人が望んでない』

『常盤を解放しろ』

『むしろ斎太たちを止めろ』


住民一覧は地獄だった。恋人同士の斎太。結婚している斎太。離婚した斎太。斎太に片思いしている斎太。斎太と喧嘩中の斎太。斎太の写真を部屋に飾っている斎太。役所で働く斎太。パン屋を始めた斎太。犬を三匹連れている斎太。全員名前は斎太で、斎太だけが完璧に識別している。


その中心に、常盤がいた。


常盤は誰とも付き合っていなかった。何度か斎太たちが話しかけたが、恋愛には進まなかった。ゲーム内の常盤は、斎太たちが恋愛し、喧嘩し、建国し、納税し、パンを焼き、犬を増やす横で、ずっと好き勝手に暮らしていた。朝は遅く起き、昼にパンケーキを食べ、夕方に犬を撫で、夜にはソファで寝る。たまに斎太の部屋へ行き、勝手に冷蔵庫を開け、デザートを持って帰る。


斎太は最後の望みをかけて、常盤の相談イベントを待った。


そして、ついに通知が出た。


『常盤が相談に来ました』


配信画面右下の美少女が固まった。斎太は黙ってカーソルを合わせる。コメント欄も、珍しく息を潜めるように流れが遅くなった。


「来た」


常盤の部屋が開く。画面の中の常盤はソファに沈んでいた。片手にはパンケーキ、足元には犬、テーブルには斎太から借りたらしい電卓が置いてある。なぜ電卓を借りたのかは分からない。


吹き出しが出る。


『最近、ひとりの時間が楽しいです』


斎太は何も言わなかった。


コメント欄が先に壊れた。


『勝った』

『姉が最強』

『この島で唯一まとも』

『三百時間の結論が一人最高なの草』


斎太はしばらく画面を見ていた。可愛いガワの表情も、少しだけ真顔になっている。ボイチェンを通った声が、さっきまでよりわずかに低く聞こえた。


「……まあ、姉が幸せならいいか」


『よかった』

『終わりだな』

『これで解放される』

『三百十二時間、お疲れ』


斎太は保存画面を開いた。


そして、新規住民追加ボタンを押した。


「じゃあ今日は、斎太を三人増やして終わるか」


コメント欄が一斉に叫んだ。


『やめろ』

『終われ』

『増やすな』

『姉を見習え』


斎太は楽しそうに笑った。水色と虹色の美少女が、画面右下で明るく頷く。その声は可愛く、テンションは高く、配信の空気だけは最後まで妙に軽かった。


名前入力欄に、また斎太と打たれる。


町には、また顔の良い美少年が一人増えた。


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