表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
父の形見は美少女Vtuber  作者: 伊阪証


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/51

決断

三文演義という名前を最初に見た時、斎太は舞台の企画会社か、古典寄りの演劇サークルを母体にした配信事務所だと思った。名前に力がある。だが、力の向きが少し古い。画面の中で可愛い女の子がゲームをし、雑談をし、歌う箱としては、どこか硬すぎる。けれど、資料を掘ると、その違和感はすぐにほどけた。三文演義は最初から今の形を目指した事務所ではなかった。元々は舞台をバーチャル化するために作られた企業だった。

舞台を仮想空間へ持っていく。客席を増やす。地方でも海外でも同じ演目を見られるようにする。役者の動きや照明をデジタル側へ転写し、物理的な劇場の制約を外す。言葉にすれば、当時としてはそれなりに夢のある企画だった。実際、資料に残っている初期の提案書は悪くない。舞台の導線、チケット管理、遠隔観劇、アバター観劇、キャストの動きの記録。どれも筋は通っている。問題は、筋が通っていることと、市場がそれを欲しがることは別だったという点だ。

VRは重かった。ARは軽すぎた。ヘッドセットをかぶって長時間舞台を見るには、身体側の負担が大きい。かといってスマートフォン越しに見るだけなら、普通の映像配信との差が弱い。現地に行けない人間へ届くという利点はあるが、それだけでは事務所を支えるほどの継続収益にはならなかった。舞台の熱量をデジタル化しようとした結果、舞台としては薄く、配信としては重いものが残った。三文演義はそこで一気に舵を切った。舞台を仮想化するのではなく、仮想空間で喋り続ける人間を抱える方向へ変えた。ストリーマー事務所化。言葉にすれば乱暴だが、当時の判断としては正しい。伸びていたのはそちらだった。

斎太はモニターの前で資料を読みながら、冷めた茶を飲んだ。桜太から送られてきた買収前の資料は、相変わらず見たくない部分ほど綺麗に揃っている。数字は嘘をつかないというが、嘘をつかない数字を並べる人間が善良とは限らない。三文演義の転向後の伸びは明確だった。特に海外勢の元個人ストリーマー三人を抱えた時期から、数字が一気に跳ねている。国内での知名度より先に、海外圏の視聴者が増えた。言語圏が広く、配信時間がずれても視聴が回り、切り抜きや再投稿も強い。単独の数字で言えば、大御所と同じ棚に置いてもいい規模だった。少なくとも、小規模事務所の看板としては十分すぎる。

それを超える速度で、上が金を使い込んだ。

斎太はそこで、一度だけ画面から視線を外した。分かりやすい失敗ならまだいい。明らかに無謀な投資、誰が見ても雑な拡大、身の丈に合わないオフィス。そういう話なら、馬鹿だな、で済む。だが、三文演義の使い込みは、資料上では一見すると事業拡大に見える形をしていた。新レーベル、海外展開、機材更新、スタジオ整備、広告費、イベント準備。どれも項目名だけ見れば必要に見える。だから止まらなかったのだろう。数字が増えている間は、支出の異常も未来への投資という言葉で塗り潰せる。ストリーマー流行が強い間は、それでも誤魔化せた。だが流行が減速した瞬間、収入の伸びが支出の速度に追いつかなくなった。

買収は結果であって、救済ではなかった。

元々企業所属だったタレントはほぼ抜けた。契約の変更、上層の不祥事、借金の噂、前プロデューサー失踪。表向きの言葉をいくら整えても、所属している側からすれば泥船に見える。抜けられる者から抜けるのは自然だった。残った七人のうち、三人は元個人勢。事務所のストリーマー転向期からいた、大きな数字を持つ連中だ。彼らは三文演義に依存していない。一人でも稼げる。むしろ、上層の膿が出たなら、残る意味が少しだけ増えたくらいの感覚なのだろう。事務所への愛着というより、これ以上変な壊れ方をされるのが面倒という態度に近い。

斎太はその三人の配信を順番に開いた。恋愛の相談を持ち込んでいる四人とは違い、こちらは顔が遠い。画面の距離ではなく、事務所への距離だ。所属している。だが、依存していない。箱が沈んでも泳げる人間の余裕がある。

一人目は、海外向けの雑談とゲームを主軸にしている。コメント欄の流れが速い。言語が混じるが、本人は慣れている。三文演義の名前を背負ってはいるが、リスナーの多くは本人を見ている。事務所の枠が先に来ない。二人目は、企画と大会参加で伸びている。個人時代からの人脈が強く、コラボ先も多い。三人目は、歌と長時間配信の両方を持っている。体力があるというより、配信を生活の中に組み込むのが上手い。三人とも、数字が大きいだけではない。自分で活動を成立させる筋肉が残っている。

だからこそ、彼らは恋愛問題へ深く入っていない。興味がないと言えば冷たいが、正確には、そこに自分の人生を差し込む必要がない。新プロデューサーへ向いた四人の感情を否定する気もなければ、応援して盛り上げる気も薄い。ただ、内部統制が崩れて巻き込まれるのだけは嫌がっている。恋愛の成否ではなく、箱の管理が壊れることを見ている。そういう立場だった。

斎太が動画を止めると、スマホが震えた。アスリート共からの連絡だ。旧プロデューサーの捜索は早くも進み始めているらしい。ミミヨンは借金関係の噂を拾い、虎尾一は最後に確認された移動経路を地図へ落とし、夢夢六句は周辺で人が動いた時間帯を洗っている。丁字咲耶は噂の発生源を整理していた。恋愛には触らせていない。触らせたら話が散る。彼らに向いているのは、感情の処理ではなく、空白の周囲を足で埋めることだ。

『旧P、直接の目撃が弱い。最後に本人を見たって話がほぼ伝聞』

ミミヨンからの文面を見て、斎太は眉を動かした。

『借金で連れてかれた説は?』

『ある。でも出所が弱い。連れてかれたのを見た奴がいるんじゃなくて、借金ならそうだろって話が回ってる』

虎尾一からも地図が送られてくる。最後に本人が確実に確認された場所は、事務所近くではない。買収前後の関係者が出入りしていた飲食店、その近くの駐車場、そこから先が曖昧になっている。動線としては逃げるにも連れていかれるにも使える。つまり、どちらの決め手にもならない。

斎太は画面を見ながら、旧プロデューサーの顔写真を開いた。真面目そうな顔だった。真面目そうという評価ほど当てにならないものはない。前任は現場を回していた。タレントの技術面も見ていた。少なくとも、全く無能だったわけではない。だから失踪告知が出た時に、単なる逃亡とは言い切れない空気が残ったのだろう。借金関係で連れていかれたのではないか。上層の使い込みを被らされたのではないか。本人も加担していたのではないか。逃げたのではないか。噂はいくらでも立つ。だが、そのどれもが、現在の三文演義を救ってくれるわけではない。

現場に残っているのは新プロデューサーだ。

技術でギリギリ支えている。桜太から経営を教わっている。未成年を抱えるには体制が弱すぎる事務所で、返信を短くしながら、配信を落とさず、案件を捌き、金の見方を覚えようとしている。その周囲に、四人の感情が集まり始めている。斎太はその四人の資料へ切り替えた。

朱木榊。巫女系V。リアルでは神学部志望の高校生。実家は規模のある神社で、周辺も観光地。身を滅ぼすくらいの献身に惹かれる。

碧野畏敬。女王様系V。経済学部志望の高校生。数学と社会に強く、経理の代打もできる程度に優秀。面倒見がよく、ダメ男に惹かれる。特に自発的な怠惰ではなく、外部要因でダメになっている相手に沼る。

新緑抹茶。茶道配信の女。斎太の古い友人。七時間正座で視聴者をドン引きさせた実績がある。普段はあぐら。鍛えていることがVをしている理由であり、同時にコンプレックスでもある。着物が多いのもその背景。躊躇い続けて恋を逃し、妥協して選んでいる節がある。

菫天紫。天使系V。志望先が逆風どころか破産などで消滅し、友人から誘われて業界に入った。自分は伸びたが、自分以外は離脱した。その失意の中で心が惹かれた。

斎太は四人分の情報を並べたまま、椅子の背に体重を預けた。誰も薄くない。だから面倒だった。単にプロデューサーが好きです、だけならまだ処理しやすい。だが、四人とも自分なりの理由を持っている。しかも、その理由が本当かどうかが分からない。本人たちの主張でしかない。新緑抹茶と菫天紫に至っては、好きな理由に本人が納得していない気配がある。消去法のフリをしている。選んだ理由を後から作っている可能性がある。そうなると、否定すれば反発されるし、肯定すれば進みすぎる。

画面の隅で、三文演義の公式サイトが開いたままになっている。レーベル一覧はまだ残っているが、活動しているものと半ば死んでいるものが混在していた。かつてのストリーマー事務所としての勢い、舞台系企業としての残骸、買収後の整理途中の痕跡。見栄えだけならまだ企業の形をしている。だが、内側は明らかに継ぎ接ぎだった。未成年を扱うには弱い。成人だけでも危ない。新プロデューサーが優秀かどうか以前に、彼一人の丁寧さで支えられる構造ではない。

そこへ、通話の着信が入った。相手は三文演義の元個人勢の一人だった。桜太から通してもらった相手で、恋愛側ではなく、内部統制を見るための接触だった。斎太はマイクを確認してから応答する。

画面に出た人物は、アバターのままだった。こちらもアバターで応じている。お互いに実写を出す理由はない。相手は軽く挨拶し、すぐに本題へ入った。

『桜太さんから聞いた。恋の相談が佐倉家まで流れてるって?』

「流れてる。そっちはどこまで把握してる?」

『誰が誰を好きかまでは興味ない。けど、新Pに感情が集中してるのは分かる。見てて危ないから』

「止めないのか」

『止める立場じゃない。うちはあの子たちの親じゃないし、教師でもない。企業として止めるなら運営がやるべき。でも運営がそれをやれる状態じゃない』

「だから見てる」

『そう。壊れ方を見てる。別に三文演義が消えても、うちは食っていける。でも変な形で炎上して巻き添え食うのは嫌。未成年抱えてるのに管理できてません、恋愛沙汰でプロデューサーが距離感バグりました、みたいな死に方は勘弁してほしい』

言い方は冷たい。だが、冷たいだけではない。三文演義の主力として残っている以上、完全に切り捨てているわけでもない。自分だけ逃げればいいなら、もっと早く抜ければよかったはずだ。残っている理由は、金や義理や契約だけではない。だが、恋愛感情の美談に付き合う気もない。斎太はその距離感を悪くないと思った。

「旧プロデューサーについて、何か知ってる?」

相手は少し黙った。

『知らない。知ってたらもう少し綺麗に逃げてる』

「逃げる前提か」

『こっちだって泥船の上にいるんだよ。穴がどこにあるかくらい見たいでしょ』

「借金関係で連れていかれた説は」

『噂としてはある。でも正直、借金って単語が出たらみんなそう言いたがるだけ。実際に見た人間はいないと思う。少なくとも、うちの周りにはいない』

「本人が逃げた可能性は」

『ある。というか、現場の人間としてはそっちの方が納得しやすい。上がやらかして、現場が詰められて、プロデューサーが全部受け止める形になっていた。責任を被せられる前に消えた、という線は普通にある』

「でも断定はしない」

『できない。断定したら、うちが嘘をついたことになるかもしれない。失踪って言葉が便利なのは、そこ』

斎太は短く息を吐いた。失踪。便利な言葉だ。死亡でも逃亡でも連行でもない。事実を確定させず、責任の形を曖昧にしたまま、次へ進むための言葉。だが、その曖昧さは現場に残る。前任が逃げたのか、巻き込まれたのか、被害者なのか加害者なのか分からないまま、新プロデューサーが席に座り、タレントはその席へ感情を向けている。

『新Pは悪い人じゃないよ』

相手がふいに言った。

斎太は少しだけ目を細めた。

「悪い人じゃない、は信用しにくい」

『分かってる。でも事実として、今のところ悪い人ではない。技術は見る。配信は落とさない。個人の相談も聞こうとはする。ただ、全部受けるには人間が薄い。時間もない。桜太さんに経営を教わってるんでしょ? なら余計に、あの子たちが突っ込む余白ができる』

「積極的でも消極的でもアウト」

『そう。優しくしたら距離が近い。離れたら不安にさせる。忙しいから短文になる。短文になるから意味を盛られる。あれは、誰が座っても危ない席』

斎太はその言葉を覚えておくことにした。誰が座っても危ない席。新プロデューサー個人の資質だけではない。前任が消え、上層が使い込み、企業所属組が抜け、未成年中心の四人が残り、元個人勢三人が遠くから見ている。その中心に座る椅子そのものが危ない。そこに人間が座れば、善良でも歪む。悪人なら当然壊れる。優秀でも疲れる。

「四人とはコラボ雑談で当たる」

『相談じゃなく?』

「相談じゃない。相談にしたらアキやベルの信用を壊す。俺は出遅れてるから、知らないふりができる。雑談として話して、ロールプレイと炎上回避で抑制がかかっている状態を見る」

『性格悪いね』

「父にも言われた」

『褒めてるよ』

「それも父に言われた」

相手は少し笑った。笑った後、すぐに声を戻す。

『うちら三人は、恋愛には口出ししない。けど、内部統制が壊れるなら止める。そこは共有していい』

「分かった」

『あと、旧Pはたぶん見つからないよ』

斎太は画面を見る。

『理由は?』

『見つかるなら、とっくに誰かが見つけてる。あの人は雑に見えて、逃げるなら逃げ切るタイプだった。連れていかれたなら、もっと変な噂が残る。どっちにしろ、今さら本人が戻ってきて全部説明する展開は期待しない方がいい』

「期待はしてない」

『ならいい。空席を空席として扱って。そこにいるはずの人間を探し続けると、今座ってる人間が壊れる』

通話が切れた後も、その言葉だけが残った。

空席を空席として扱う。

斎太はしばらくモニターを見ていた。三文演義の背景は分かった。元は舞台の仮想化を目指し、失敗し、ストリーマーへ転向し、成功し、上層が金を食い、流行の減速と借金で沈みかけ、買収され、企業所属組は抜け、元個人勢三人と高校生中心の四人が残った。前プロデューサーは失踪した。たぶん逃げた。少なくとも見つからない。新プロデューサーはそこに座らされている。

恋愛問題は、その上で起きている。

だから、軽い恋でもある。

同時に、放置できない構造問題でもある。

斎太は四人の資料を閉じずに、別のタブで配信予定表を開いた。コラボ枠を入れるなら、順番が要る。誰から行くかで見えるものが変わる。だが、ここで急ぐと相談の延長になる。雑談にしなければならない。相手がキャラを維持できる場で、炎上しない範囲を守りながら、なお滲むものを見る。

そのためには、まず三文演義という箱の重さを理解しておく必要があった。

斎太は最後に、公式サイトのトップを見た。華やかなバナー、可愛いアバター、企画告知、グッズ、配信スケジュール。画面だけなら、まだ十分に生きている事務所だった。けれど、その下では借金と逃亡と買収と未成年管理と恋愛感情が絡まり合っている。

沈んでいない。

ただし、浮いている理由が人間の踏ん張りだけになっている。

父の言葉が、ここでようやく少しだけ腹に落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ