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父の形見は美少女Vtuber  作者: 伊阪証


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恋愛は結末がろくでもないやつの面白率が高いよね

夕食というには遅く、夜食というには量が多かった。斎太は作り置きの材料を使い、豚肉と白菜を鍋にして、別で焼いたパンを薄く切り、余っていたトマトソースを小皿に分けた。味付けは強くしない。誰がどれだけ食べるか分からない日に、塩気を先に決めすぎると後から調整が効かなくなる。食卓には五人分の箸が出ている。斎太、アキ、ベル、常盤、伊行。桜太は呼んでいない。呼べば話は早く進むが、話が早く進みすぎる。これは経営でも失踪でもなく、家の中へ流れ込んできた相談の処理だった。父を入れる前に、誰が何を聞いて、何を渡してしまったのかを一度並べる必要がある。

常盤はデザートの器を先に確保していた。食後用だと言っても聞かないので、斎太は最初から諦めた。彼女はスプーンを持ったまま、気まずさをごまかすように中身を削っている。伊行はその隣で、手元のコップを動かしながら黙っていた。アキは食卓の端にノートを置いているが、まだ開いていない。ベルは鍋の湯気を見ながら、少しだけ落ち着かない顔をしていた。自分が何か悪いことをしたとは思っていない。だが、悪いことではない何かが、結果として面倒な方へ転がっている可能性だけは理解し始めている顔だった。

「先に確認するけど、これは誰かを責める場じゃない」

斎太は鍋から白菜を引き上げ、自分の皿へ置いた。柔らかい部分ではなく、芯の少し残ったところを選ぶ。会議を始める時に、手が完全に空いていると余計な言い方になる。箸を持っている方が、言葉が少しだけ遅くなる。

「ただ、誰がどこまで聞いて、何を返したかを揃えたい。俺は出遅れてる。だから知らないふりはできるけど、実際に家の中で何が流れてたかを知らないままだと、知らないふりと本当に知らないの区別がつかなくなる」

アキが頷いた。

「私から言うわ。四件。正確には、同じ人から二回、別の人から一回ずつで四度。内容は恋愛そのものというより、現プロデューサーとの距離の取り方、発言の受け止め方、どこまで踏み込んでいいか。私は交際に進む話には乗らなかった。まず体制が危ないし、相手は大人で、相談側は高校生が混ざっている。本人の意思だけで進められる状態ではないから」

「止めた?」

「止めたというより、決めるなと言った。今すぐ結論を出さないこと。相手の短い返信を肯定として扱わないこと。仕事上の言葉と個人的な好意を分けること。その三つ」

斎太は鍋の湯気の向こうからアキを見た。彼女らしい。踏み込みすぎず、しかし事故だけは避ける。抑制はするが、相手の感情そのものを押し潰さない。相談した側にとっては少し物足りないだろうが、それでも後で戻れる余地が残る。

「ベルは」

斎太が視線を移すと、ベルは小さく息を吐いた。責められる前に謝るような顔ではない。ただ、自分の説明がうまく伝わらない可能性を考えている顔だった。

「二人。どちらも、配信の営業で距離を詰める話だと言っていたわ。リスナーへの声の掛け方、疲れている人にどう言えば受け取ってもらいやすいか、相手が頑張りすぎている時に、どういう言葉なら負担にならないか。そういう相談だと思ったの」

「だから教えた」

「ええ。だって、仕事で使うと言われたから。営業で使うなら、照れずに、でも踏み込みすぎずに、相手が安心する言い方を覚えた方がいいと思ったのよ」

「具体的には」

ベルは少し考え、指を折る。

「まず、相手の努力を直接褒めすぎないこと。努力そのものを褒めると、もっと頑張らなければいけないと思わせることがあるから。代わりに、今日ここまで来たことや、今休んでもいいことを伝える。次に、頼りたい時は『助けて』ではなく『あなたに聞きたい』と置くこと。相手の負担を増やす言い方ではなく、相手の存在に意味を持たせる言い方。あとは、弱っている時の相手には、正論より先に水と食事と眠る場所を出すこと」

常盤がスプーンを止めた。

「普通に強いじゃん」

「強いから問題なんだよ」

斎太が言うと、ベルは眉を下げた。

「でも、それは悪いことではないでしょう?」

「悪くない。だから困ってる。悪意なら切れる。でもそれは、本当に必要な時には効くし、仕事にも使える。問題は、相手がそれを新プロデューサー本人に向けて使う可能性があること」

ベルは黙った。鍋の湯気が彼女の前をゆっくり上がる。彼女の言葉は、誰かを騙すためのものではない。むしろ、疲れた人間を壊さないための言葉だった。だからこそ、恋愛感情の中で使われた時、相手に深く入る。相手が弱っていれば弱っているほど、善意は距離を詰める道具にもなる。

アキがノートを開いた。

「ベルさんが教えたこと自体は間違っていないわ。ただ、今の三文演義では、使う場所が危ない。現プロデューサーは桜太さんから経営を教わっていて、時間がない。短文対応が増えている。そこに、労わる言葉や存在価値を返す言葉が来ると、仕事上の支援と個人的な接近が混ざる」

「つまり、善意が燃料になる」

伊行が初めて口を開いた。声は低い。彼は自分から話す時、言葉の数をかなり絞る。その分、必要なところだけを刺す。

「燃料にはなる。でも火種は別だよね」

常盤が言った。

「うん。火種は事務所側」

アキが答える。

「未成年を扱う体制がない。成人だけでも危ない状態なのに、高校生中心で、前任が逃げて、現任は経営を学びながら技術で現場を支えている。そこで精神的な支えが一人に集中している。恋愛感情が自然に出たというより、環境がその形を作っている可能性がある」

「所詮恋だろ」

斎太が言うと、アキの視線が即座に刺さった。ベルも少し困った顔をした。常盤は「出た」と言わんばかりにデザートを口へ運ぶ。伊行だけは、斎太の言葉を待つように黙っていた。

斎太は箸を置いた。

「いや、軽く見てるのは認める。恋愛とか結婚とか、俺は正直かなり薄い。付き合ってみて、駄目なら別れて、他も経験して、最後に選べばいいと思ってる。近くで暮らす相手に最初から過大な要求を乗せると、判断も手も遅くなる。最初の一回に人生の全部を賭けるみたいな発想の方が、俺には怖い」

「斎太くんらしいけど、そのまま学生相手に適用するのは危ないわ」

ベルが静かに言った。普段より母親の声だった。

「分かってる。だから、即交際に進めって話ではない。ただ、恋そのものを否定する必要もないと思ってる。本人の意思があって、理由が明確で、理性的に成立していて、相手側にも事務所側にも問題がないなら、手を貸していい。恋愛は悪いものじゃない。問題は、今回それが本人の本心なのか、環境で押し出された錯覚なのかが分からないことだろ」

アキは少しだけ表情を緩めた。

「そこは同意するわ。恋を否定する必要はない。ただし、今回は確認が必要。本人が本当に選んでいるのか。追い込まれた環境で、近くにいる支えに引っ張られているだけなのか。そこを見ないまま応援すると、善意で事故る」

「ベルみたいに?」

常盤が言うと、ベルが少し悲しそうな顔をした。斎太は常盤の前からデザートの二つ目を取り上げた。

「言い方」

「ごめん」

常盤は素直に謝った。伊行がそのデザートを自然に遠ざける。こういうところは妙に連携がいい。斎太はそれを見て、姉の相談ルートも無視できないと思った。

「常盤は」

「私は一人。デザート食べながら聞いただけ」

「最悪の姿勢で言うな」

「でも内容はちゃんと聞いたよ。新プロデューサーが忙しすぎて連絡が短い、でも短い中にちゃんと優しさがある気がするって話。私は、相手が忙しい時に返信の文字数で気持ち測るなって言った。あと、そういうのは本人に聞けって」

「それはまともだな」

「でしょ」

「ただ、本人に聞くと事故る可能性がある」

常盤はそこで口を止めた。自分の助言が悪かったとは思っていない顔だが、それが安全だったかどうかは別だと理解したようだった。

「伊行は」

斎太が聞くと、伊行はコップを置いた。

「一人。技術側の相談だった。配信の画面切り替え、連絡の優先順位、誰にどこまで頼っていいか。恋愛相談としては来ていない。ただ、話しているうちに、新プロデューサーの名前が何度も出た」

「どう返した」

「仕事上の依存と個人的な好意を分けろ、と言った。あと、自分の不安を相手の価値に変換するな、と」

アキが伊行を見た。

「その言い方、相手に通じた?」

「半分くらい」

「半分なら上出来ね」

伊行は少しだけ肩をすくめた。彼は恋愛に踏み込んだつもりはないのだろう。だが、技術や仕事の相談からでも、同じ中心へ辿り着く。新プロデューサーが忙しい。返事が短い。現場を支えている。自分が何かできるかもしれない。そういう線は、恋愛の名を使わなくても十分に危ない。

斎太は全員の話を一度頭の中で並べた。アキは止めた。ベルは教えた。常盤は本人に聞けと言った。伊行は分けろと言った。それぞれの助言は、単体で見ればおかしくない。むしろ、かなりまともなものもある。問題は、相談してきた相手がそれぞれ違い、家族側も別々に動き、誰も全体像を見ていなかったことだった。全員が少しずつ正しいことを言った結果、全体では同じプロデューサーへ向かう圧が増えている。

「で、誰が誰を応援してるんだ」

斎太が聞くと、食卓が一瞬静かになった。アキはノートを見た。ベルは困った顔をした。常盤は露骨に目を逸らし、伊行は何も言わずにコップを持った。

「まさか」

斎太が言う。

「全員別?」

誰も否定しなかった。

常盤が先に口を開く。

「いや、だって、私が聞いた子は本当に真剣そうだったし」

ベルも続いた。

「私のところに来た子たちも、仕事に真面目だったのよ」

アキはため息を吐いた。

「私の方は、真剣だからこそ止めたの」

伊行は短く言う。

「俺の方は、恋愛というより依存の整理だった」

斎太は椅子の背にもたれた。最悪だ。全員が悪くない。悪くないから面倒だ。誰か一人が暴走しているのではない。家族それぞれが、自分の見た範囲で妥当な処理をした結果、三文演義の内部にある同じ歪みへ別方向から手を添えてしまっている。

「つまり、恋の応援程度のつもりで、全員が別々の恋を支援してたわけだ」

「言い方」

アキが止める。

「でも、そうだろ」

「そうね。最悪な言い方だけど、そう」

斎太は鍋の火を落とした。もう十分だった。煮えすぎる前に止める。食卓の話も同じだと思った。今ここで誰が正しいかを決め始めると、全員が少しずつ正しく、少しずつ間違っていることになる。そういう議論は長いだけで進まない。

「方針を決める」

斎太が言うと、常盤がデザートから顔を上げた。

「斎太くんが?」

「俺が全部決めるわけじゃない。けど、俺は出遅れてるから、まだ知らない顔で入れる。相談内容をアキやベルから聞いたって態度を出さずに、雑談として当たれる」

「コラボ?」

伊行が聞く。

「そう。相談じゃない。追及でもない。あくまで雑談。ロールプレイと炎上リスクがあるから、相手は抑制する。でも抑圧にはしない。アキやベルへ相談した内容が俺に漏れてないと安心できる状態で、ギリギリまで普通に話す。その中で、維持できるか、滲むかを見る」

アキは少し考えてから頷いた。

「いいと思う。相談の場にすると構える。雑談なら、仕事として振る舞える。仕事として振る舞った上で揺れるなら、それは観測できる」

ベルは不安そうに聞いた。

「それで、もし本当に好きだったら?」

「手を貸す」

斎太は即答した。

「本人の意思で、理由があって、錯覚じゃなくて、相手にも問題がなくて、事務所としても事故らないなら、手を貸す。そこは否定しない」

「もし錯覚だったら」

常盤が聞く。

「止めるんじゃなくて、戻す。今決める必要はないってところまで戻す」

伊行が小さく頷いた。

「妥当だと思う」

アキも頷く。ベルはまだ少し迷っていたが、反対はしなかった。常盤はデザートをもう一口食べようとして、器が消えていることに気づいた。斎太が回収していた。

「返して」

「会議終わったら」

「横暴」

「二個食べようとした人間に言われたくない」

少しだけ空気が緩んだ。だが、緩んだだけで問題が軽くなったわけではない。三文演義の四人は、それぞれ別の理由を抱えている。朱木榊は献身に惹かれる。碧野畏敬は外部要因でダメになっている相手を支えたくなる。新緑抹茶は躊躇いと妥協を抱えている。菫天紫は失ったものの穴を抱えている。本人たちの主張がどこまで事実かはまだ分からない。だが、少なくとも家族の誰かが軽く背中を押していい段階ではない。

斎太は鍋の残りを小鉢へ移した。冷ましてから保存する。こういう作業は最後までやらないと、翌日の自分が困る。食卓ではアキがノートを閉じ、ベルがメモを畳み、常盤がデザートを諦めきれずに目で追い、伊行が静かにコップを片付けている。

「ひとつだけ」

アキが立ち上がる前に言った。

「新プロデューサー側も見るべきよ」

「見るよ」

「本当に?」

斎太は少しだけ黙った。

「流石に大人だし、そこまで変にはならないだろ」

言った瞬間、アキが目を細めた。ベルも困ったように斎太を見る。伊行は何も言わない。常盤だけが「あ」と小さく漏らした。

「今のが危ないって話をしてるの」

アキの声は低かった。

「JKに好かれて、頼られて、外堀を固められて、それで調子に乗らない保証はない。大人だから大丈夫、ではなく、大人でも危ない。むしろ大人だから言い訳が上手くなる」

斎太は反論しかけて、やめた。父にも似たようなことを言われた。大人を過大評価している。相手を信じているというより、自分がそこまで酷い可能性を見たくないだけだ。自分の中にある卑下と雑な信頼が、相手のリスクを低く見積もっている。

「……分かった。そこも見る」

「見るだけじゃなくて、疑って」

「それは苦手」

「知ってる。だから言ってる」

斎太は皿を重ねた。恋愛そのものを否定する気はない。手を貸すことにも抵抗はない。むしろ、まともな恋なら進めばいいと思っている。だが、今回の相手は三文演義の新プロデューサーで、相手側は高校生中心のタレントで、事務所は前任逃亡と借金と運営不全の後始末の中にいる。そこに家族が別々の善意で触れた。軽い恋の話として処理するには、火種が多すぎる。

会議は終わった。結論は単純だった。

恋は否定しない。

ただし、今は確認する。

応援はする。

だが、錯覚のまま進ませない。

そして、プロデューサー側も見る。

斎太は冷め始めた鍋の残りを容器へ移し、蓋をした。火は落ちている。だが、鍋の中にはまだ熱が残っていた。放っておけば、余熱だけで柔らかくなりすぎる。ちょうどいいところで止めるには、火を消した後も見ていなければならない。

今回の話も、たぶん同じだった。


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