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父の形見は美少女Vtuber  作者: 伊阪証


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38/50

恐怖に勝てる手はない

モニターの右上に並んだ過去三回分のデータを見て、僕は深く息を吐いた。再生維持率は悪くない。高評価も、悲鳴だけ切り抜かれた短い動画の伸びも、それなりに見栄えはする。だが、配信全体の尺に対して切り抜きの総量があまりにも少なかった。理由は簡単だ。僕が怖がりすぎて進行が止まるからだ。怖がること自体は商品になる。問題は、そのたびに数分単位で停止し、画面がほとんど動かないことだった。視聴者は笑ってくれる。切り抜き師も一度は拾う。だが、十分も二十分も同じ廊下の前で僕が机の下から文句を垂れていたら、流石に素材としての鮮度が死ぬ。


「で、相談ってそれ?」


アキが机の横から覗き込み、僕の開いている管理画面を見た。彼女の髪先が肩に触れる。僕は頷いた。


「もっとリアクションを良くしたいわけじゃない。怖いのは別にいい。止まるのが駄目なんだ。切り抜く側が作業しづらい」


「なるほどね。悲鳴の質じゃなくて、配信時間あたりの可食部の問題」


「言い方が雑だな」


「でも合ってるでしょ」


そこで会話に割り込んできたのは、背後でプロテインを勝手に飲んでいたミミヨンだった。彼女はボトルを机に置き、僕のホラー配信の切り抜きを無遠慮に再生する。画面の中で、僕は暗い通路の角に何もないのを分かっていながら近づけず、「ここ絶対いるだろ」と三十秒ごとに同じ文句を言い、最後には椅子から落ちて机の下へ潜っていた。


ミミヨンは動画を止めた。


「これ、怖いとか以前にロスが長すぎる」


「分かってるよ」


「分かってても止まってるなら分かってないのと同じだ」


「お前は配球で相手の心折る側なんだから、怖がる配信者にもう少しこう、情緒的な寄り添いをだな」


「嫌だよ。飛び出し遅いし」


虎尾一も頷く。頷きながら、当たり前みたいな顔で言う。


「ジャンプスケアっていうけど、あれ一拍遅いよね。来るの見えてから十分間に合う」


「十分って何に」


「避けるのに」


「避けられないんだよ、ゲームだから」


「だったら尚更、止まる意味なくない?」


夢夢六句はソファに寝転がったまま足だけ動かしている。


「見えないなら位置変えればいいじゃん。角度が死んでる。毎回同じ当たり方してるの、逆に難しいよ」


丁字咲耶は、僕の動画を二本ほど見てから淡々と結論だけ出した。


「怖いことと、操作を止めることを結びつけているのが問題ね。感情はそのままでいいから、入力だけ維持しなさい」


四人とも、本気で何を言っているのか分かっていない顔だった。ホラーが怖くないのではない。そもそも、急な入力に対して停止で返す感覚を共有していない。突然音が鳴る、急に何かが出る、視界が揺れる。そういうものは彼らにとって、日常の運動入力に付随するノイズでしかないらしい。共感がない。だから優しさもない。だが、目的だけを見るなら、それでよかった。


訓練はその日のうちに始まった。ホラー克服講座ではなく、完全に停止癖の矯正だった。部屋の電気を落とし、イヤホンで大きめの環境音を流し、虎尾一が背後から急に肩を叩く。僕が止まるたびに夢夢六句が足元を小突き、「そこで止まるから余計怖くなる」と吐き捨てる。ミミヨンは画面の向こうの敵よりも僕の入力履歴を見ていて、「今の半秒で二歩進めた」とばかり言う。丁字咲耶だけが少しまともで、「悲鳴は出していい」「文句も言っていい」「ただし左スティックだけは死守しなさい」と条件を絞った。


最初の一時間で、僕は三回コントローラーを落とし、二回椅子から転げ落ち、一回、本気で帰ろうとした。


「もう嫌なんだけど」


「嫌でもいいから歩け」


「いや、今の音で歩ける人間が異常なんだって」


「歩けるよ」


「お前らが壊れてるんだよ」


「配信者が言う台詞ではある」


ミミヨンのその一言だけは、妙に腹が立った。腹が立ったから、次の周回では怖いより先に苛立ちが出た。暗い通路を進みながら、僕は出てくる敵に向かって悪態をつき、背後で笑っているアスリート共に嫌味を言い、死んだら死んだで「判定が性格悪い」と吐き捨ててリトライした。怖くないわけではない。喉も締まるし、肩も跳ねるし、足裏は冷える。だが、一度嫌味を言いながらでも進めると、そのまま左スティックを握り続けることだけは出来るようになった。


アキはその様子をしばらく眺めていたが、途中から僕の足元へ視線を落とした。


「ねえ。あなた、手が駄目になる瞬間あるわね」


「あるよ。怖いと握力そのものが死ぬ」


「じゃあ、手を休ませてる間だけ別の出力系を使えばいいじゃない」


「何」


「足」


僕はその場で振り返った。


「却下」


「でも理屈は通るわよ。右手が引いた瞬間だけ、足で前進入力を維持すれば止まらない」


「配信者としての見た目が終わる」


「見た目が終わるかどうかは、映さなければいいの」


言われた瞬間、四人のアスリートが同時に黙った。理解した顔だった。最悪だと思ったのは僕だけだった。


その晩から、訓練の内容はさらにひどくなった。コントローラーを足元に置く。手で通常操作、怖い場面で手が引いた瞬間だけ、裸足の親指で左スティックを押し込んで前進だけ維持する。最初は当然無茶苦茶だった。僕の足は器用ではないし、アスリート共ほど指先が分離してもいない。だが、止まらないという一点だけを見るなら、確かに効果はあった。悲鳴は出る。身体は引く。だが、キャラは止まらない。情けない姿勢で、無様に、しかし着実に、僕のアバターだけは前へ進み続ける。


三日目には、僕は怖がりながら歩き回れるようになっていた。驚きはする。声も出る。その代わり、以前のように何十秒もフリーズしない。ジャンプスケアを食らった瞬間に「遅い」「雑」「配置が露骨」と文句が口から先に出て、アバターもそのまま曲がり角を抜ける。四人は満足そうだった。僕は満足していなかったが、配信素材としては明らかに改善していた。


実戦配信では、その変化があまりにも露骨に出た。


暗い廃病院の通路。点滅する照明。定番のガラス越し演出。以前の僕なら三分止まる場面で、僕は一瞬だけ声を裏返しながら、そのまま右へ折れてアイテムを拾った。


『うわっ、は、いや遅いって、今のは遅い、しかもこの配置で二回目やるの趣味が悪すぎる』


コメント欄が一瞬固まる。だが僕はそのまま次の部屋へ入った。ロッカーの中から敵が出る。喉は締まる。肩は跳ねる。それでも足入力が前へ入っているせいで、画面の中のスチーラットは普通に歩き続ける。


『ちょっと待って無理無理無理、いや嫌だ、でも歩くけど、歩くけどこれは設計として下品だろ』


切り抜き師が喜ぶタイプの場面が、短い間隔で連続した。悲鳴だけで止まっていた頃より、配信時間あたりの見せ場が異常に増えた。結果として数字は伸びた。だが、それと同時に、別の反応も出る。


「いや挙動変わりすぎだろ」

「前まで机の下潜ってたやつが急に探索早いの何」

「これ中身違くね?」

「今後ゲームで不正しない保証あんの?」


火の付き方そのものは、しょうもなかった。だが、しょうもないまま速かった。切り抜きだけ見れば、以前は十分止まっていた人間が、急に悲鳴を出しつつも普通に進行しているのだから、違和感を覚える奴は出る。一部が「別人説」を面白がり、そのまま不正疑惑まで載せて投げ始めた。中身が違う、裏で誰か操作している、ホラー慣れしましたで済む変化じゃない、という具合だ。


僕はその夜のうちに釈明配信を決めた。長文のお気持ち文ではなく、実写での検証だった。口で説明しても無駄だからだ。映すしかない。


配信開始。机、椅子、モニター、足元のコントローラー。画面にはアバターの挙動も同時に出す。僕は最初に短く言う。


「別人ではありません。不正でもありません。ただ、怖いので変な工夫をしました。見れば分かるので見てください」


それだけで、僕は例のホラーゲームを立ち上げた。序盤は普通に手で操作する。暗い廊下を進み、敵影が揺れた瞬間、案の定、僕の右手がコントローラーから一度浮いた。だが、キャラは止まらない。足元で、親指が左スティックを押し込んでいるからだ。実写カメラはそこまで拾っている。怖がっている。身体は明らかに引いている。声も情けなく漏れている。なのに、画面の中のアバターだけは前進し続ける。


コメント欄が一気に流れた。


「は?」

「何してんの?」

「いや意味分からん」

「足!??」

「怖いならやめろよ」

「なんでそこまでして進むんだよ」


僕はそのまま続けた。今度は手に戻し、探索し、次のジャンプスケアでまた足へ切り替える。悲鳴、悪態、前進。その三つが、無様なまでに両立しているのが実写で証明される。しかも、本人の顔を見れば、別人説が出る余地すらない。怖がり方も、文句の質も、以前の僕のままだ。ただ、進むための形だけがひどくなっている。


「これが、改善の結果です」


そう言った時、コメント欄は納得より先に困惑していた。


「納得したくないけど本人だわ」

「いや本人なのはそうなんだけど技術が気持ち悪い」

「努力の方向がおかしい」

「可愛いけど絵面が最悪」

「意味分からんけど不正ではない」


そこから空気が変わる。理解されたわけではない。むしろ、理解を拒まれたまま、異常さだけが娯楽として成立した。怖くて手を引く、その間だけ足で前進する、落ち着いたらまた手に戻す。馬鹿みたいな手法なのに、ちゃんと配信改善には効いている。その事実がじわじわ面白がられ、配信の終盤には「足さばきが妙に上手い」「手元より足元の方がプロっぽい」「次はペダル導入しろ」と好き勝手なことまで言われ始めた。


配信を終えてダッシュボードを開く。高評価は、騒ぎの勢いごと伸びていた。低評価もあるにはある。だが、比率は完全に崩れている。炎上としては弱く、困惑としては強く、結果として消費速度の方が勝った。


「……訳分からん」


僕が呟くと、隣でモニターを見ていたアキが肩を竦めた。


「だって、あなた、別人説を潰すために一番本人っぽくて一番理解不能なものを出したもの」


「褒めてる?」


「困惑してる」


それでも、数字だけ見れば目的は果たされていた。切り抜きは増えた。配信時間あたりの見せ場も増えた。ホラー配信で止まり続ける問題も、完全ではないにせよ処理できた。視聴者は納得していない。たぶん今後も完全には納得しない。だが、別人でも不正でもないことだけは、もう言い逃れの余地なく見せ切った。


足元のコントローラーを拾い上げる。さっきまで親指で押し込み続けていた左スティックは、少しだけ熱を持っていた。


「次からこれ前提か……」


「ペダルにしたら?」


「人の尊厳を何だと思ってるんだ」


「配信効率の前では二番目くらいに大事なもの」


ひどい恋人だと思う。だが、否定しきれないのがもっとひどい。僕は椅子にもたれ、冷めた喉に炭酸を流し込んだ。次のホラーも、きっと怖い。悲鳴も出る。文句も言うだろう。ただ、少なくとも、机の下に潜ったまま十分止まることだけは、もう前ほど簡単には出来なかった。


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