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父の形見は美少女Vtuber  作者: 伊阪証


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理解

相手は結局、警察に引き渡された。


ただし、引き渡されたことと片付いたことは同義ではない。刃物は持っていた。家の中へ入り込み、壁を抜き、盗聴器まで仕掛けていた。そこまで揃っていても、実際に刺してはいない以上、殺意の認定は妙に鈍る。危険物の所持と不法侵入と器物損壊、そこまでは積めても、こちらが欲しい種類の決着にはならない。被害届も出していない。出せば向こうだけが裁かれるほど世の中は親切ではなく、こちらが本棚ごと壁をぶち抜いて複数箇所を折った事実も、同じだけ丁寧に机へ並べられる。裁判に持ち込めば、あれはあれで過剰防衛の臭いを嗅がれる。何より、本気で押したせいで損傷が大きい。折っているどころか、数が多い。顔にも傷が入った。売り物として見れば、そこは分かりやすい減点だ。


それでも斎太は、処分し損ねたとか、やりすぎたとか、そういう方向では考えなかった。むしろ逆だった。元子役だと聞いた時点で、使い道の方が先に立った。外れの要素がない。構造を一度見てしまっている人間で、しかも言語が変わると声の高さも自然に変わる。演技適性としては露骨に当たりだ。危険物であることは変わらないが、危険だから捨てるより、危険だから管理下に置く方が理に適っている、とその程度には平然と考える。


その当の本人はというと、確保されて以降、妙に父のそばから離れない。へばりつくという表現が一番近かった。父も父で、困った顔をしながら満更でもなさそうな位置に収まっているのが余計に腹立たしい。母は一度そこへ張り合って、きっちり負けた。負けた上で姉に泣きつく。母からすれば娘に当たる相手へ、完全に負け犬の顔で寄りかかっている。構図だけ見れば意味が分からないが、佐倉家の中に置くと妙に収まりがいいのがさらに嫌だった。


結局、表面上は問題なく終わったと言っていい。死んでいない。捕まっている。家も残った。最低限の形は保っている。


「……成立しただけだな」


斎太が言うと、アキは横から紙束をめくる手を止めた。


「何が?」


「俺が本命だったら、成立してない」


それだけで十分だった。今回の形で止まったのは、狙いの中心が少しずれていたからだ。真正面から斎太だったなら、壁一枚の位置で静かに粘るようなやり方にはならない。もっと早く、もっと雑に壊れていた。そういう確信だけはある。


「と言いつつ、自室の扉二重にしてるのは?」


「信用はしてない、問題はないだけだからね」


「物件資料は?」


「信用はしてない、問題はないだけだからね」


「物件の話?」


「ああうん、事故物件の話だ」


そこまで言って会話が切れると、部屋の中には妙な静けさが落ちた。軽口で温度だけは少し下がったが、机の上の紙もノートパソコンの画面も、何一つ片付いてはいない。二重扉の向こう側は静かだ。だが、その静けさを信用する気にもなれない。


斎太は椅子に座り直し、画面を開いたまま指先でログを追った。監視カメラの時刻、盗聴器の型番、回収位置、過去の出演番組、雑誌の小さなコラム、番組協力欄に混ざる桜太の名前。資料の形は雑だが、方向だけは揃っている。アキは最初立ったまま覗き込んでいたが、しばらくすると椅子の背に手を置き、そのまま少しだけ身を寄せた。肩に触れるか触れないかの距離で止まる。


「で、ここから?」


「ここからだ」


「何を解くの」


「なんで俺に向いたのか」


アキは迷わなかった。


「妥協でしょ」


斎太もそこは迷わない。


「そうだな」


それで終わらないのも、最初から分かっていた。


「親父に届かない。姉は導線が読みにくい。家の中は動く。その中で俺が一番取りやすかった」


言い方があまりに平板で、アキは黙ったまま袖を引いた。抗議とも慰めともつかない、短い動きだった。


「言い方」


「事実だ」


「だからって、そのまま出すな」


斎太は古い番組映像を開く。海外で活躍した子役、として持ち上げられていた頃の彼女だ。照明は強く、笑い声は多く、字幕は大きい。成功例として並べられた顔つきのまま、過去の中で固定されている。


「妥協って言葉で済ませると、ちょっと人間らしすぎる」


「まだ足りないって?」


「足りない。妥協した、だけなら綺麗すぎる」


斎太は別の画面へ切り替える。海外の子役、その後、引退、再起不能、そんな言葉の散ったまとめだ。まともな伝記ではなく、断片の寄せ集めに近い。


「褒められることでしか価値を測れない環境に長くいた人間は、褒められなくなった瞬間に、自分の基準も一緒に消える」


アキは肩を離さずに、画面だけを見た。


「おだてられ続けたせいで、正常な判断ができなくなったって言いたいの」


「言いたいというか、そういう構造になる」


「子役時代の話?」


「そこからだな。仕事が先にあって、褒められることが価値になる。本人の内側に秤が育たない」


斎太はそこで、番組のスポンサー欄と、当時の短い囲み記事を並べた。桜太の名前は表に出るほど大きくないが、確かにいる。制作でも演者でもない位置に、ずっといる。


「そこへ親父が刺さる」


「支え、だった」


「多分な。で、構造を理解して壊れる」


アキは机に片手をつき、少し前屈みになる。髪が斎太の肩先に触れた。


「親は」


「まともに機能してなかった可能性がある」


「そこ、断定するの」


「しない。だが可能性としては置く。海外だからって雑に決めつけるつもりはないが、親が薬で飛んでてもおかしくないし、そうでなくても、仕事の管理側の方が親より強い環境なら同じことだ。外からの評価でしか立てなくなる」


アキはそこで小さく息を吐いた。否定しない。けれど肯定もしない。ただ肩の位置だけがほんの少し近くなる。


「それで、仕事が切れる。支えも切れる。基準だけ残らない」


「そうすると埋めるしかない」


「依存先で?」


「その言い方でいい」


斎太は資料の一番上に指を置いた。


「だから妥協はしてる。そこは間違いじゃない」


アキは顔を上げる。


「じゃあ、さっきのままでいいじゃない」


「よくない。恋愛の妥協みたいに聞こえるだろ」


言われて、アキは嫌そうな顔をした。図星だったからだ。手近な相手へ流れた、くらいの軽さで済ませるには、向き方が気持ち悪すぎる。


「これはそういう妥協じゃない。依存を維持するための切り替えだ。本命が届かない、だから代用品、じゃなくて、成立する対象へずらす。しかもその判断が速い。未練で濁らない」


「だから家族単位で見てる」


「父にも姉にも、お前にも向けられる。条件が揃えばどこへでも行く」


アキはしばらく黙っていた。袖を引いていた指が、そのまま離れずに布を軽くつまんでいる。


「じゃあ、なんで斎太だったかの答えは」


「近い。拾いやすい。家族単位でアクセスできる。情報も抜ける。防御の崩れる瞬間がある。……つまり一番取りやすかった」


また同じ言い方になる。だが今度は、その前に並んだものがある。ただの自虐でもなければ、妙に英雄気取りでもない。条件の話だ。


「最悪」


アキが言う。


「最悪だな」


斎太も返す。


「でも、それで通る」


アキは少しだけ体重を預ける位置を変え、今度は肩へ触れる形で寄りかかった。慰めるでも抱き締めるでもない。触れているだけだ。


「妥協は見え透いてるのに、そこで止めなかった理由はそれか」


「止めたら浅いからな」


「ほんと、自分本位」


「そうでもしないと解けないだろ」


アキはそこでようやく短く笑った。呆れた時の笑い方だった。


「その言い方をそのままするから嫌なの」


「嫌なら離れろ」


「離れてないでしょ」


その返しに、斎太は一瞬だけ黙った。アキは肩から離れない。そのまま画面を見る。


「じゃあ次は、条件を潰すの?」


「潰すか、偽装するか、別へ流すかだな」


「事故物件みたいに?」


「そうだよ。住めなくすれば出る」


「最低」


「知ってる」


会話は軽いのに、机の上の資料は軽くならない。だが少なくとも、どこを切ればいいかは見えた。可哀想な過去や、歪んだ恋や、そういう人間らしい言葉へ逃げる必要はもうない。なぜ斎太へ向いたのか。その答えは、きれいではないがはっきりした。妥協はしている。けれどそれは、依存を維持するための切り替えとしての妥協だ。

困ったらウチのアスリート共を送り込むか大御所で囲ってメンタルを折るしかない。

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