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父の形見は美少女Vtuber  作者: 伊阪証


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盲目

事故というものは、起きた瞬間に過去になる。重要なのはその後の処理だ。

配信を切断した後の静寂の中で、自分は取り乱すこともなく、ただ淡々と画面に映る数字とログを整理し始めていた。その様子を背後で見ていたアキの視線が、わずかに和らぐ。

彼女は以前から自分に対し、失敗したなら課題の克服を行え、その失敗を最大限有効なものにして初めて改良と言えるのだと、何度も釘を刺してきた。アキにとって最も忌むべき態度は、失敗から目を逸らすこと、あるいは忘れて逃げることだ。今回、自分が即座に現状の分析と立て直しに動いたことは、彼女の厳しい基準に照らせば、合格点に達する動きだったのだろう。


自分はまず、事故の再利用に着手した。

一瞬晒された自分の実像を、完全に隠蔽することは不可能だ。ならば、管理可能な範囲に押し込める。自分はメン限、つまりメンバーシップ限定の場所に、自らの顔の情報を追加することに決めた。全体公開で拡散させるのではなく、対価を払った層だけに限定的に開示する。事故をなかったことにするのではなく、利用可能な資産へと変換し、希少性を管理する方向に舵を切ったのだ。


その流れを維持したまま、自分は現在のメイン企画である「親父の顔予想絵選手権」へと移行した。

これは、自分に形見として厄介な遺産を押し付けた親父への、精一杯の嫌悪を込めた嫌がらせだ。リスナー参加型の合同企画として進む中、アキの投擲するカンペがキラーパスとなって自分の思考を加速させる。だが、そのパスは完璧すぎるがゆえに、受け止める余裕がなければただの顔面へのクリーンヒットになる。企画進行の補助であると同時に、処理しきれない速度で現実を突きつけられる危険な共同作業。自分は、顔出し事故によって高まった視聴者の情報追求の度合いを、この企画を通じて精密に計測していた。


リアル系が嫌いな層はすでに事故の時点で振り落とされている。残ったのは、実在する自分という人間に興味を持つ、あるいはそれを許容した層だ。特に、女性視聴率の微増が今後の運用に大きな意味を持ってくる。

女性の発信率は高い。コメント、感想、拡散といった外部への露出を担うのは、いつの時代も彼女たちだ。しかし、その維持には極めて高い外見的優位が必要となる。有名男性アイドル並みの圧倒的な外見がない限り、上位互換が現れれば瞬時に負ける。外見を使って得た視聴は強力だが、持続性に難があるという厳しい認識を、自分は忘れていない。


自分はここで、かつてコミケで顔出しを行い、その後にVの道へと流れた同人作家たちのチャートを参考にした。

今後の自分は、この先できるだけ外見を封印する方針を固める。一度見せた以上、ゼロには戻れないが、これからは顔を前面に出すのではなく、背後に管理する。それは短期的な防衛策ではない。親父が引退するまでの今後二十年、あるいはそれ以上の長期運用の一部として、あの一瞬の事故を再配置する。一時の消費で終わらせるつもりはなかった。


配信を終え、ようやく一息ついたところで、状況が一変する。

アキがストーキング被害に遭っているらしいという事実が判明したのだ。

自分はまず、感情を排して状況整理に入った。警察の話によれば、すでに警告は行っているという。ならば、考えられるパターンは二つだ。別のストーカーが現れたのか、あるいは既存の個体が警告を無視しているのか。

一般的に、警察の警告があれば九割のストーカーは止まる。だが、残りの一割は逆だ。警告をきっかけに逆上し、殺意を帯びた攻撃体へと変質して突っ込んでくる。事態はもはや単なる迷惑行為ではなく、物理的な暴力リスクを伴う段階に達していた。


「……うちのアスリート共なら、五回くらいは果物ナイフで刺されても耐えてくれそうなんだがな」

自分の口から出たのは、そんな軽口だった。だがそれは、安心感からくる冗談ではない。あまりの現実味のなさに、自分自身の危険認識がズレかけている証左でもあった。

今のところ、自分自身にストーカーはいない。ならば標的はアキ単独、医療現場でのクレーマーの延長か。あるいは、顔が割れた自分を経由して辿り着かれた可能性も否定できない。アキ単独の問題か、医療関係の逆恨みか、自分という導線が生んだ災厄か。どの線も切り捨てられないまま、事態は進行していく。


「アキ、デートをしよう」

自分は、ストーカー同士をぶつける世紀の対決を演出するために、アキにデートの約束を取り付けた。

目的は恋愛ではない。接触の場を意図的に作り、観測と迎撃の準備を整えることだ。ついでに防刃チョッキの購入も検討する。遊びの体裁を取りながら、実際には最も効率的な迎撃態勢を構築する。自分なりの論理に基づいた、暴力への回答だった。


…だが、自分は最後に致命的な余計なことをした。

アキの汗に含まれる体臭、その特異なフェチズムを語り始めてしまったせいで、それまで積み上げた冷静な立て直しも、緻密な状況分析も、すべてが台無しになった。アキの冷たい視線が突き刺さり、高評価は一気にリセットされる。

シリアスなストーカー対策に入りながらも、空気が完全にそちら側へ倒れ切ることを許さない。それが、自分の、そして自分たちの救いようのない構造だった。

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