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父の形見は美少女Vtuber  作者: 伊阪証


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18/51

休息

ドッジボール大会という名の泥仕合を終え、画面の向こう側の熱狂から物理的に切り離された後の帰路。

管理画面に並ぶ数字は、爆発的な大成功とまではいかないが、確実に「少し伸びて」いた。あのクソ親父が仕掛けてきた悪趣味な布陣を、アスリートたちの肉体と伊行の沈黙、そして僕たちの執念でねじ伏せた結果だ。指先にはまだ、マウスを握りしめていた感覚と、親父の襟首を掴んだ時の熱が残っている。

「……結構な死闘だったな」

「そうね。でも、その甲斐はあったんじゃない?」

アキと二人、部屋へ続く階段を上がる。田舎特有の急な勾配。滑りやすい段差。

無意識に手が重なる。絡めた指から伝わる体温が、戦闘モードで硬くなった僕の神経を少しずつ解かしていく。

「階段、気をつけなよ。ここ、よく滑るから」

「田舎はこうして人が強くなるのね。不便さが身体能力を強要するのよ」

アキが小さく笑う。その冗談めかした口調に、僕も少しだけ毒気が抜けた。疲れているはずなのに、繋いだ手は離さなかった。

部屋に入り、一息つく。話題は、一ヶ月にも及んだ伊行の説得へと移った。

「結局、あいつは何にそんなにこだわってたんだ」

「彼はね、自分のせいで親がいなくなったと確信していたの。だから、あの圧倒的な優秀さを抱えたまま、誰にも知られずに朽ちるつもりだった。夢も希望も持たず、ただ自分を罰するために生きる。それが彼の予定だったのよ」

アキの声は冷静だが、その内容は重い。伊行の膠着は、単なるわがままではなく、根深い自罰意識によるものだった。

「……救いには、慣れたんだろうか」

僕は短く呟く。救われたからといって、過去の苦痛が消えるわけではない。僕は救済者になりたいわけじゃないが、あいつの背負ったものの重さだけは、理解していた。

「それにしても、よくあそこまで追い込めたな。お前の説得、横で聞いてて医学のメスを差し込んでるみたいだったよ」

「メスにしたとか言わないでよ。美少女をメスなんて呼ぶお行儀の悪さは、私の解釈とは不一致だわ」

アキが即座に訂正を入れる。言葉の選び方一つにも妥協がない。だが、その後の彼女の語り口は、まさに「逃げ場を塞ぐ外科手術」そのものだった。

アキが伊行に突きつけた説得は、三段階に分かれていた。

第一段階。これ以上苦しむ必要がない状態にあるのに、なぜ今更躊躇うのかという事実の確認。

第二段階。自分で自分を苦しめ続けることに、果たして価値や生産性はあるのかという合理性の追求。

そして第三段階。一度挫折した夢に再挑戦できる機会を目の前にして、なお諦めることを、お前のプライドは許すのかという、魂への問いかけ。

それは慰めではなく、論理による徹底的な追い込みだった。医学的な知見で相手の精神構造を把握し、そこから逃げ道を一つずつ潰していく。

「……昔からそうなんだな、お前は」

アキは中学時代の話を、どこか懐かしそうに、それでいて少しも反省の色なく語った。

作家志望だった教師の作品に対し、「シェイクスピアを用いた高尚な作品など世の中にはありふれている。娯楽性を重視したあなたの作品を、高尚と呼ぶ根拠は何?」とド正論を叩きつけ、結果として教師を休職まで追い込んだエピソード。

彼女は、昔から一切懲りていない。

牧童の言葉よりも鋭いというかせめて…。

「たまには手心とか慈悲ってものをだな…」

「必要なら、処方してあげるわよ」

少し呆れるが、それでも、この切れ味込みで彼女に惚れている自分がいる。その怖さが、今の僕には心地よかった。

「さて、そろそろ反省会だな。タイムスケジュールはセットしてある」

僕たちは、感情の密着だけでは終わらない。二人の間には、明確な「運用ルール」がある。ディベートは彼女の練習用として定期的に行い、時間厳守で進める。恋人であり、同時に互いを高めるための議論相手。それが僕たちの独特な関係性だ。

「ええ。しっかり振り返りましょう、斎太」

階下で、姉がリビングから離れる生活音が聞こえた。枕カバーを外し、風呂場に投げ入れる音。家の日常は止まらない。

僕たちは、戦いの後の甘さを反省会という実務へと切り替え、二人だけの深度へと入り込んでいった。

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